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束の間の休息

『勇者ジークが、いよいよダンジョン攻略に入るらしい』


 その噂は急速に広まったようで、僕らが腐竜のダンジョンから戻った翌日には街中で耳にするようになっった。リンバスより巨大な街ながらもダンジョンの攻略と観光で成り立つ迷宮都市ヤマトだけに、情報拡散の速度は相当に早いらしい。


 そんな街の市場を、僕はスズと連れだって歩いていた。


「あの、クラトス殿」


「どうしたの?」


「いえ、その、喉は乾きませんか?」


「ああ、ごめん気づかなくて。……いや、ついさっきブドウのジュース飲まなかったっけ?」


「そ、そうでした! あはは……」


「あははは……?」


 なんというか、スズの様子がどうにもおかしい。

 朝、「街の外で待っているニーコに会いに行きませんか」と言い出したかと思えば、お土産を買いたいと言って市場に向かってゆっくりと歩き続けている。会話もどこかぎこちないし、もしかして何か隠し事でもあるんだろうか。

 こんな時クニーさんがいれば雰囲気も違うのかもしれないけど、僕が誘ったら「大事な大事なヤボ用がある」とかで一緒に来なかった。そんなに大事ならヤボ用とは言わない気がするけど、どんな用事なんだろう。


「それにしても、スズとこうしてふたりで出かけるのも久しぶりだね」


「そう、だったでしょうか」


「そうだったと思うよ。スズと出会ってふるさとを出てからはふたりきりだったけど、一週間くらいでリリィと出会って、その後レオと出会って、ニーコやクニーさんとも出会った。パーティの仲間以外にもアリシアさんにオルさんロスさんにヨハンさんに……いつも誰かと一緒だった気がする」


「ええ、言われてみれば随分と賑やかになったものです」


「羊飼いだった頃がずっと昔みたいだ。スズと出会って、まだ二ヶ月も経っていないはずなのに」


「なにせ濃厚な時間でしたから」


 あの日、羊といっしょにホブゴブリンから逃げていた時、もしスズが偶然通りかかっていなかったら。もしスズが獣化症候群にかかっていなかったら。僕が『獣使い』(ビーストテイマー)じゃなかったら。考え出せばキリがない。

 この第五級職業(ジョブ)を好きになれるかと言われればまだ自信を持てないけど、それでも、この職業(ジョブ)じゃなかったら僕の人生はまったく別のものになっていただろう。


「羊飼い、かぁ」


「やはり、別れた羊たちのことは心配ですか」


「ちょっとだけね。でも、アリシアさんなら悪い人には売ったりはしないはずだから」


 そう、今の僕はもう羊飼いじゃない。リリィと別れた日、いっしょに羊たちも手放したから。

 ギルドは動物の売買も請け負っているから任せてきたけど、もう買い手はついたんだろうか。アリシアさんは「君たちの家族を悪いようにはしない。リリアーナ君も、羊たちもな」と言ってくれたから大丈夫だろうが、気にかからないと言えば嘘になる。


「やはり、羊を売りまでせずともよかったのでは? 人に預かっていただけば、全て終わった後にまた……」


「ダンジョン攻略の予算は多くて困ることはないよ。それに、これは僕なりのけじめだから。全てを賭けて挑まないと、いや、全てを投げ打ったって勝てる見込みの薄い相手と競争しようとしてる以上、心残りは少ないほうがいいんだと思う」


「……クラトス殿は、本当に不思議な方ですね」


「そう?」


「風貌は十五歳相応、英雄好きという趣味も危険に挑む無鉄砲さも、失礼ながら少年そのもの。それなのに、落ち着きと深い思慮も兼ね備えていらっしゃる。話していると私の方が年下なのではないかとすら思えるほどに」


 たぶん褒めてくれているのだろうけど、それについてはなんとなく理由に想像がつく。


「羊と暮らしてたから、かなぁ」


「……と、言いますと?」

幕間の休息は1話でまとめるつもりでしたが、ちょっと次話に続きます。

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