名もなきダンジョン攻略戦-6
退路を断たれ第三層へと踏み込んだ僕ら四人。複雑怪奇な大迷宮かと思われた最深部は、ただ平坦な広間があるばかり。
その円形の石床の中心で、腐肉の竜が口を開いた。
「ニーコ!!」
咄嗟に反応してくれたニーコの風で全員が吹き飛ばされる。直後、僕らのいた入口が異臭を放って溶け落ちた。ただの穴になった入口からはどろりとした液体が流れ出し、ジュウジュウと煙を上げている。
「酸の吐息!?」
「石がバターのように……!」
「ぴぇぇ……」
ニーコがいなければ全員骨も残っていなかっただろう。とても正面からぶつかってどうにかなる威力じゃない。
「おっかないのは攻撃だけじゃないよ、リーダー。鱗が剥がれてるから防御は甘いかと期待したんだけどね」
そう言いながらクニーさんが放った弾丸は、腐った肉を容易く貫通して石の壁に突き刺さった。
「あの通りさ。逆に骨の部分は弾が通らない。ボクの武器じゃどうしようもない」
「肉は柔らかすぎて骨は硬すぎる、ってことか。だったら……ニーコ、風であいつの肉を骨からひっぺがして!」
「ねばっこくてむりーーー!」
懸命に風で殴りつけているが、小さな肉片や汁が飛び散るだけで効果は薄い。腐ってスライム状になった肉を何かしらの力で制御し固定しているのだろう。そんな相手に、スズも完全に攻めあぐねている。
「刃が応えるとは思えません、強酸を含んだ身体には鉄の投剣も効かないでしょう。私の装備では手詰まりです!」
「何か策を考えないとダメか……! なんでこんな小さなダンジョンにあんな大物がいるんだ」
後退して逃げようにも、唯一の出入口はまだ強酸の海だ。そこをどうにか超えたとしても上は壁の魔物に塞がれている。目の前の腐竜を倒す他に道はないのは明らかだけど、具体的にどうすれば。
考えあぐねている僕に、クニーさんが声をかけてきた。
「ひとつ気になることがあるんだけど、いいかい?」
「気になること?」
「腐竜、ボクらを見た途端に攻撃してきたろう? それだけ攻撃的なのに、ひと息吹いたあとは追撃してくる様子がない。もっといえば、あの場所から一歩も動こうとしていないように見える」
「……!」
「どうだい。これ、何か攻略の手がかりが隠れているんじゃないか?」
僕らの中では一番戦闘経験が豊富であろうクニーさんの観察眼は流石だった。
ニーコの風で飛ばされた僕らは散り散りだ。そのせいで的を絞れないからブレスを撃たない、というのはまだ分かるとしても、誰のところにも全く攻撃してこないのは確かにおかしい。
「……スズ、ちょっとお願いできるかな?」
「ええ、なんなりと」
「ちょっと変なことをお願いするけど、その通りに動いて欲しい」
短く指示を伝えると、スズは小さく頷いてすぐに駆け出した。この動き出しの速さがとても心強い。
「【疾風怒濤】!」
加速の職能で一気に肉薄し、腐竜の鼻先へと短刀を突き刺す。黒曜石の刃は強酸性の肉にも深く食い込み、腐竜の意識がそこに集中したのがひと目でわかった。ダメージはほとんど無いだろうけど、これで十分。
「反撃が来る! 退避!」
「はい!」
黒ずんだ爪の一撃を後退して回避。腐竜の標的がスズに定まったのを確認したところで、次の一手へ。
「その距離を保ったまま、竜の周りを時計回りに全力疾走!!」
「はい!!」
腐竜は爪や尾での攻撃を諦めていないが、スズの速度に全く追いつけていない。隙を見ては斬りつける小さな敵に焦れたか、それまで地面に張り付いたままだった足を上げた。いや、上げようとした。
「よし!」
「あの竜を転ばせるか。やるね、リーダー」
強引にスズの動きを追おうとした腐りかけの巨体は、ベシャリと粘着質な音を立てて石の床へ崩れ落ちた。幾つかの関節が外れ、本体からこぼれ落ちた腐肉が石を溶かし煙を上げている。
「スズは離れて! ニーコ、バラバラになったやつの部品を吹き飛ばすんだ!」
「バラバラになったのをふきとばす!!」
さっきはひとつの塊だった肉も、今はもう半分崩れかけだ。制御を外れた肉と骨は突然の強風に抗いきれず吹き飛ばされ、次々に石壁へと叩きつけられてゆく。巨大な頭といくつかの大きな骨は流石に飛ばないが、それ以外はもはやただの屍だ。
風が止む頃には、腐竜の身体は原型を留めないほど散り散りになって広間に転がっていた。
勝ったと思ってからが本番。
予定のない土日を使って色々加筆していたら、大きく文字数が増えてしまいました。もう少しだけ名もなきダンジョン攻略戦が続きます。




