名もなきダンジョン攻略戦-5
「うん、だからごめん。この壁、魔物だ」
クニーさんがそう言い終わるやいなや、四方を囲む石の壁が一斉に脈動した。
「壁型の魔物!?」
石の魔物なら以前戦ったグランドガーゴイルがいるけど、これは明らかに性質が違う。壁に擬態し、冒険者を迷わせて食らう待ち伏せ型の魔物だ。
「なるほどね、瘴気を浴びた壁が変質してこんな化物になったのか。ボクの『モノ』限定の【鑑定】が効く魔物だなんて興味深い」
「鑑定結果を分析している状況ですか!」
「状況だと思うよ。そういう性質を知ることで、見えてくるものがある。例えば進路とかね」
クニーさんが指差す先には、ぽっかりと口を明けた黒い穴。間違いない、第三層へ向かう階段だ。
「ニーコ! 風で僕らの背中を押して!」
「思いっきり?」
「半分くらいで! みんな、風に乗って魔物を駆け上がれ!」
思いっきりやられたら、今度はどこまで飛ばされるか分からない。半分でもつんのめりそうになる強烈な風に背中を押されながら、覆いかぶさろうとする壁の魔物を踏み越えて階段を目指す。
「クニーさん! 遅れないで!」
「大丈夫だけど少し待ってくれ。【概念付与】、『破砕』」
モノを砕け散らせる、普段は彼女が『散弾』と呼ぶ弾丸を撃つ時に使っている概念を壁の魔物に流し込む。白石の身体がわずかに欠け、破片が宙を待った。
「うーん、【鑑定】が効くからもしやと思ったけどこんなものか……」
「いいから早く!」
「はいよ」
このままだと本当に押しつぶされる。落盤で生き埋めになりかけたのだって記憶に新しいのに、今度は壁の下敷きになっていたんじゃそのうち地獄まで叩き落されそうだ。
「全員階段へ! 階段通路内で体勢を立て直す!」
「しかしそれでは閉じ込められる危険が!」
「どこまでの壁が魔物なのか分からない以上、第二層を動き回るわけにはいかない! 下手に走り回って袋小路に追い込まれるよりは階段通路の方が安全だ!」
「わ、分かりました!」
ダンジョン内の魔物は、基本的には階層を跨ぐ階段には入ってこない。なんでも過去の実験で、魔物を捕まえてきて階段から別の層に放り込んでみたところ、とたんに悶え苦しんで死んでしまったという。どういう原理かはよく分からないけどそういう呪いみたいなものがあるらしい。
そういえば、その実験では『獣使い』の使役獣のことには触れられていなかった。ダンジョン内で使役獣を捕まえることも不可能ではないと思うけど、それを別の階層に連れて行ったらどうなるのだろう。いくらなんでもそれで死ぬとは考えづらいし、もしかしたら何かの加護が働いて助かるんだろうか。機会があったら試してみよう。
「……助かった、かな」
「ぴぇぇぇ……」
「全員無事、と。よかったね」
「ええ、しかし……」
階段に飛び込み、息を整えながら後ろを振り返る。幸いけが人は無く、壁の魔物もここまで追ってはこないようだ。
でも再び壁に戻った魔物たちは階段入口を取り囲み、第二層へ戻る道は完全に塞がれていた。
「これは、ここで待っていてもどいてはくれないだろうね」
「クニー殿の術機巧で破壊できませんか?」
「できることはできるよ。鎧対策に鋼板を貫ける機材をひとつ持ってきているから、石壁でも一枚や二枚は抜けるとは思う。でも、半端に進んだところで手詰まりになっても困るだろう?」
クニーさんの言うとおり、迂闊に進んで敵の真ん中で動けなくなれば破滅だ。世にも珍しい、獣耳の生えたスケルトンファイターが誕生するだろう。
となれば、進む道はひとつしかない。
「第三層へ進もう。さっきまでの様子を見る限り、壁の魔物たちは少しずつだけど動き続けてるみたいだ。僕らがここを離れて時間がたてば出られるようになるかもしれないし、別の階段がある可能性だってゼロじゃない」
「クラトス殿の決定に従います。ここで座していても何も変わらないのは確かですし。ニーコ、少し強い敵のいる場所に行かなくてはなりませんが、大丈夫ですか?」
「が、がんばる」
「決まりかな」
第三層はこのダンジョンでは最深部。複雑な迷宮と、相応の強さの魔物が待っているだろう。それでも他に選択肢は無いと覚悟を決め、僕らは第三層へと続く階段を連れ立って下りてゆく。
そうして階段を降りきった瞬間、突然視界が開けた。
「……クラトス殿」
「……判断を誤ったかもしれない」
広々とした平坦な石床。
高い天井。
ほのかに光る円形の壁。
そして、鼻をつく強烈な腐敗臭。
その中心には、半ば腐り落ちた不死竜が鎮座していた。
チュートリアル的な意味で一層ずつ攻略してみたら、ものっそい字数がかさんでしまった……。ダンジョンものを書いてる方々ってすごいんだなと実感。
ところで壁の魔物といえば、魔物というか妖怪ですが「ぬりかべ」が有名ですよね。姿が見えず破壊もできず、横にも上にも隙間のない壁とか魔王の部下になったら普通に手強いと思う。
この「ぬりかべ」、元々は私の地元・九州生まれのマイナー妖怪でしたが、某ゲゲゲなアニメで全国的にメジャーになったとかなんとか。原典との相違はともかく、あのハンペンみたいなビジュアルは割と好きです。




