『グレイプニル』と『双月』
「ボクの自信作である『獣の鞭』、名付けるなら『獣鞭グレイプニル』だ。強化した革鞭の先端に、例の黒曜石の破片を埋め込んで攻撃力を高めてある。叩かれたら痛いでは済まないよ」
出てきたものが予想外すぎて何も言えない。なんで鞭なんだ。双剣を頼んで、なぜ鞭になった。
「えーっと、スズ、これはね」
「……正直に申し上げますと、疑問はあったのです」
「ス、スズ?」
鞭の、特に鋭い石片が埋め込まれた先端をじっと見つめたまま、スズは硬い表情で何か呟いている。
「私がクラトス殿のパーティに入れていただいてしばらく経ちます。その間、ふたりきりで野営したことも幾度かありました。となれば、いくら紳士のクラトス殿といえど、その、そういったこともあるだろうと、私なりに覚悟はしていたのです」
「な、何言ってるのかな、スズ?」
「いえ、クラトス殿は尊敬できる方ですし、私は面倒をみていただいている立場。求められれば拒むまいと心に決めたものの、しかし一向にその気配が無い」
「待って、スズ、待って」
リリィがキョトンとした顔でスズを見てる。よくない。これは教育によくない流れだ。
「私に魅力が足りないだけか、もしや殿方の方がお好きなのかと、色々に思いを巡らせたことはありました。しかし考えてみれば、傷だらけの身体が美しいというのはそういうことですよね。そちらのご趣味でしたとは……」
「スズ? スズー?」
「大丈夫です。少し驚きましたが大丈夫です。クラトス殿が私のためにと誂えてくださったもの、受け入れないなどとは言いません。しかし、その、どうかひとつだけよろしいでしょうか。この先端の石だけは外していただけないでしょうか。鞭だけならどうにか耐えますが、石はまだ無理です。お願いします、お願いします……」
ダメだ、止まらない。スズってたまに思い込んだら動かないところがあるけど、何も今そうならなくても。
「ふーむ、キミたちって思っていたよりもふわふわした関係だったんだね」
「クニーさん、これはどういうことなのかな」
「怖い顔をしないでくれ。いや、注文の武器を作ったら少し素材が余ってね。『獣使い』に似合う武器って何かなと思って作ってみたんだけど、こんなにおもしろいことになるとは思わなかったんだ。悪いね」
なんだろう、『獣使い』の武器が鞭というのは分からなくもないけど、肝心の謝罪が全く謝られている感じがしない。だいたい、そのおまけの方を先に出した時点で確信犯だ。
「まあ、そっちも性能は保証するから納めておいてもらえると嬉しいかな。冗談はこの辺りにして、こっちが本当の注文の品だ。クゼハラ家の人間が好むカタナという片刃剣に似せた様式で、名付けるなら『双月』いったところかな」
赤塗りの鞘に収められた二振りの剣。抜き放てば、黒曜石の剣と聞いて想像する石器のような歪さは全く無く、僅かに光を透かす漆黒の刀身が冷たい光を放つ。スズの黒髪と相まって、まさしく夜狐の斥候に相応しい刃だ。
「ああ、ちゃんと作ってたんだね……」
「契約通りの仕事はするさ。魔力と獣の力で大きく強度を増した黒曜石を土台に、アントクイーンの大顎から抽出した『尖鋭』『鋭利』の概念を付与してある。そうしてできた素材をヨハンが何日もかけて磨き上げ、出来上がったのがその『双月』だ。強度、切れ味ともに英雄の武器に勝るとも劣らない品だよ」
「それが私のための武器、なのですか? 鞭ではなく?」
「うん、もちろんそうなんだ。ちょっと行き違いはあった気がするけど、受け取ってくれる……よね?」
「あ、はい、喜んで……」
安心したようながっかりしたような、なんともいえない表情でスズは双剣を受け取ってくれた。本当なら、もっとこう感動的な場面になると思ってたのに、どうしてこうなってしまったのだろう。
「じゃあ、ふたりともの武器が揃ったところで出発の日取りを決めようか」
「その前に、すこし休憩させてください……」
獣化症候群の治療法が眠るダンジョンへ出発する、三日前の出来事だった。
『グレイプニル』とは、北欧神話に登場する大狼フェンリルを拘束するために使われた魔法の紐の名前です。獣使いが使う鞭としては妥当な名前かと思います。登場のタイミングが妥当だったかは分かりません。




