新たな仲間と新たな力
今回からダンジョン攻略編に入っていきます。
新装備なんかの説明は今回も含めて少しずつ。
「【疾風怒濤】!」
速度を高める職能を乗せたスズの斬撃が、僕の背後に迫っていた骸骨型の魔物を打ち砕いた。半透明の刃が煌めくのを横目に見ながら、延々と続く薄暗い通路を走る足は緩めず、僕は精一杯に声を張り上げる。
「ありがとうスズ! まだ装備は大丈夫!?」
「刀は問題ありませんが、煙幕はあとひとつで終わりです!」
「クニーさんは!?」
「ボクはまだ残弾に余裕がある。でも時間を稼いでもらわないと撃てない」
「分かった!」
リンバスでフィナを見送ってから二週間後、僕らはリンバスより大きく南東の街にいた。そこで小さなダンジョンの攻略を試みたところ中層でスケルトンファイターの群れに遭遇し、どうにか包囲を突破して今は必死に地上を目指しているところだ。
一緒に走るメンバーは僕とスズ、作業着から銀白色の胴体鎧へ着替えたクニーさん、そして。
「ぴぇぇぇ! ホネが、ホネが走ってくるーー!!」
有翼人種のニーコも、涙目になりながら緑色の羽根を羽ばたかせていた。
「落ち着いてニーコ! 僕が合図したら、後ろの奴らに向かって突風を吹かせて! クニーさんはその風に乗せて連射、先頭のスケルトンファイターの、特に足を狙って!」
「分かった」
「こわいから早くー!!」
狙うは、なるべくまっすぐな通路の後の、曲がり角を折れてすぐの地点。
「ニーコ、お願い!」
「ぴぇーー!」
「クニーさん、撃って!」
「了解。【概念付与】を散弾式に設定、発射」
僕らを追って角を曲がってきたスケルトンファイターたちは突風に押し返され、止まった足をクニーさんが発射した鉛玉に砕かれる。倒れ込んだ骨の兵士たちに後続が積み重なると、曲がり角の地形も相まって後ろは大混乱に陥った。
「クラトス殿、追撃ですか、撤退ですか!?」
「撤退だ! クニーさんとスズは敵密集地帯に遠距離攻撃を続け、混乱を助長しながら後退! ニーコ、前に出て、僕らが出口まで安全に下がれるように敵を吹き飛ばして! 僕は真ん中で進行速度を調整しながら進むから、バラバラになりすぎないように僕をよく見て速さを合わせるよう気をつけてね!」
「はい!」
「了解」
「わかったー!」
「よし、行くよ!」
前からは風音、後ろからは爆音と骨が砕ける音を聞きながら、上層への階段を見据えてじりじりと進む。
新たな仲間、新たな装備を加えて強化されたかと思った僕らパーティだったけど、初のダンジョン攻略はこうして最奥までの攻略を為せずに終わった。
遡ること十日ほど前、場所はリンバスで僕らが滞在していた宿の一室。クニーさんの実力を見せつけられた僕らの話題は、もうひとつの用件へと移っていた。
「さてと、この武器たちはついさっき筋肉男さんが届けてくれたばかりで正真正銘のできたてだ。彼に代わってボクが説明するけど、うっかり触れば大怪我になる鋭さだから十分に気をつけるように」
クニーさんは抱えてきた大きな袋を膝の上に載せると、いかにもという口調で切り出した。あの袋の中に、魔力と『獣の力』の込められたグランドガーゴイルの破片と、鋭さの概念を持つアントクイーンの顎から作った武器が収められている。
「うん、リリィも手を出さないでね?」
「わかった」
「そういえば、そこまでしてくださったヨハン殿は来られなかったのですか?」
「本当は来たがってたんだけど、急用でね」
なんでも恋人のリーナさん――最近聞いた話では八歳らしい――が熱を出してしまったので彼女の看病を優先したのだそうだ。といってもふたりが付き合っているのは秘密なので、物陰からこっそり家を見つめる一風変わった看病だという。リーナさんの快復と、ヨハンさんが衛兵に捕まらないことを女神様にお祈りしてあげようと思う。
「注意事項と諸事情を分かってもらえたら、いよいよ新武器とのご対面だ。初めて扱う素材だけに少し手間取ったけど、本当に貴重な経験だったよ。改めてお礼を言わせてくれ」
大きな袋の口を開きながら淡々とした口調で話すクニーさんだけど、その動きはどことなく楽しそうだ。職人として充実した時間を過ごしてくれたのだろう。
「クラトス殿、いよいよ貴方の武器が手に入りますね。標準的な長剣ですから、鍛錬次第で貴方の好きな英雄を模した剣術も可能でしょう」
「そのことなんだけどね。スズの気持ちは嬉しいけど、僕はやっぱり君のためにあの素材を使いたいと思ったんだ」
「そ、それはどういう……?」
まるで自分の武器ができたように喜んでくれるスズを見て、僕の行動は正解だったと改めて思う。そう、ふたりでクニーさんの店を訪れた後、僕はスズには内緒で注文の内容を変更していた。
「スズは自分が傷つくのも構わず、いつも前線に立って戦ってくれたよね。アントクイーンの討伐も、地下実験室での勝利も、いいや、僕がこうして冒険者になることすら、そんな君がいなければ叶わなかった。まだまだ駆け出しだから高価なものはあげられないけど、今の僕から贈れる最高のものを、感謝の印として君に渡したい」
「そんな、希少な力の宿った剣といえば、英雄譚好きのクラトス殿にとっては憧れの品のはず」
「もちろん。かつての『聖騎士』が使っていたものと同じ素材ならなおさらね」
「それを、私などのために……」
「など、じゃない。スズは僕にとって最高のパートナーなんだから」
驚きか、喜びか。潤んだ目で口を抑えるスズに、クニーさんも小さく微笑んでいる。
「男が見栄を張った贈り物なら笑顔で受け取る。それが女の嗜みだよ、スズちゃん」
「ですが、こんな傷跡だらけの無骨な女に贈り物など……」
「スズの傷は僕の誇りだ。血を流しながら戦う君の姿は、英雄譚に語られるどんな騎士よりも美しいって僕が保証する。だから、そんなに自分を卑下しないで受け取って欲しい」
「クラトス殿……」
「観念しなよ、スズちゃん。さあ、これがそんなキミたちの事を考えながら作ったボクの自信作」
僕がクニーさんに頼んだのは、軽く鋭い双剣。自らを加速して戦うスズの戦闘術に合わせて、騎士が騎上で使うような反りのある片刃剣を選んだ。きっと、黒曜石の輝きを放つ流麗な剣に仕上がっていることだろう。
「『獣の鞭』だ」
「……うん?」
あまりに予想と違う物体の登場に、僕の喉から変な声が出た。
クニーさんが机に置いたのは、先端に半透明の石片が埋め込まれた長い鞭だった。




