『機術士《エンチャンタ》』
「用件のひとつは、注文の品の納品。早く見せたくて出来立てホヤホヤを持ってきた」
黒曜石の加工の件だ。そろそろ様子を伺いに行こうかと思っていたけど、わざわざ向こうから届けにきてくれたらしい。
「もうひとつは?」
「もうひとつは少しばっかり事情が複雑なんだけど、まあ結論から言おうか。第二級職業ジョブ『機術士』エンチャンタ、クニー・パンゴ。義によってキミたちの対勇者戦線に助太刀させてもらうよ」
それは、あまりに予想外な援軍だった。
「助太刀? クニーさんが?」
「それで、ボクはいつ部屋に入れてもらえるんだい? いや、男女が密室にいたわけだし、入って不味い状態になってるなら出直すけど」
「く、クラトス殿と私に見せられないものなどありません! 断じて!」
「ありがたい。宿の主人から、三人で部屋に篭ってると聞いたものだからもしやと思って足を止めたけど、杞憂だったかな」
ノックもせずドアの前にいたのはそのせいか。
「いや、リリィもいっしょなんですからそんなわけ……」
「と、ボクも最近まで思ってたんだけどね」
「あー……」
ヨハンさんとリーナさんを思い出すと、何も言い返せない。
ともかくドアを開けると、大きな袋を抱えたクニーさんが汗を拭きながら入ってきた。スズもなんだかドギマギしてるのでまずは飲み物を出し、落ち着いたところで話を戻す。
「未だ話が見えないのですが、まずクニー殿の事情というのは?」
「さる方から、遠回しにお願いされてね。キミたちを手伝いに来た」
「さる方?」
「サネツグ・クゼハラ氏って知ってるかい?」
クゼハラ。スズの実家で騎士と戦士の家。
「サネツグといえば、現頭領補佐役ですが」
「その人から、『どうやらリンバスで助けを必要としている冒険者がいるらしい』みたいな話がこれみよがしに伝えられてね。そういう回りくどいやり方は好みじゃないけど、キミらには恩もあるからこうして馳せ参じたわけだ」
「それはありがたいけど……。つまり、この戦いはクゼハラ家も支援してくれる、ってこと?」
だとしたら、さっきまでの懸念は全て解決する。クゼハラ家を巻き込んでしまうどころか、クゼハラ家の方から戦場へ出てきてくれるというのだから。
「頭領補佐には戦闘やダンジョン攻略を開始する権限が与えられていますので、そう考えてよろしいかと。しかし、そのような方が何故……」
「キミ、例の地下実験室のこと実家に伝えただろう?」
「スズ、そうだったの?」
「え、ええ。事が事ですので一応報告を、と。とはいえ妾の子で半ば勘当状態にある私の手紙など、顧みられることはないと思っていたのですが」
「実際はそうでもなかったようだね。クゼハラ家としては結構重要な話だってことで、情報網を駆使して調べてみたら勇者様に行き当たったと、そういうことだって聞いたよ」
王家と近しいクゼハラ家だけに、ジークの本性にも薄々勘づいていたのかもしれない。国を守護する彼らとしても、見過ごせない事態だと判断したのだろう。
ともかく、おかげでスズを連れてゆくことに障害が無くなった。もちろん先回りに成功して勇者には存在も知られないのが理想だけど、万一素性が割れた場合の備えができたわけだ。さらにクニーさんという新たな戦力も加わるとなれば、行き詰まっていた道にも光明が見えてくる。
「でも、なんで職人のクニーさんが? クゼハラ家なら専門の戦士がたくさんいるはずなのに」
「理由は大きくみっつかな。ひとつは、クゼハラ家の戦力をあまり派手に動かすとキミが危惧したような戦争になるかもしれないから、お抱え職人として信用がありキミらとも面識のあるボクの方が適任だったこと。ふたつめは単に、探しに行くのが魔導具ならそれを扱える職人がいた方が都合がいいということ」
まあ、スズちゃんが勇者に捕まったりすれば大問題になりかねないのは同じだから気をつけないとだけどね。
そこまで言うと、クニーさんはコップを持ったまま席を立って窓を開けた。吹き込んでくる夜風には、酒場の熱気と喧騒がかすかに混じっている。
「みっつめは?」
「【概念付与】発動。『加速』『直進』『質量増加』。ふっ!」
僕の質問に答えず、クニーさんはいきなりコップを窓の外へ放り投げた。
手を離れたコップは、ありえない速度で夜空を飛び闇に消える。そしてその数秒後、町は高らかな鐘の音に包まれた。
「これは教会の鐘、でしょうか?」
「そうみたいだけど、こんな時間に鳴らすはずがないよ。……まさか、さっきのコップが鐘に当たって?」
「教会までは弩も届かない距離です。あんなコップが届くわけが……」
「でも、それ以外に考えられない」
『機術士』は、物に力や術式を付け加えて強化することを得意とする職業だ。
今のがもし、さっきのコップを強化して、飛距離と威力、命中精度を高めたのだとしたら。同じことを、コップよりはるかに威力と精度に優れる弓や投剣で行えるとしたら。
「みっつめの理由はもっと単純。ボクの戦闘力が並の戦士なんかよりよほど高いから、だ」
本当に、予想外な援軍だった。
偉い人はいっつもそうだ……
「あー誰かこんなことしてくんないかなー(チラッチラッ)」
で下の人間を動かして、上手くいけば手柄は俺のもの、失敗したら責任はお前のものなんだ……
そういう流れなんだろうなと思いつつクラトスたちのために来てくれたのがクニーさんなんですけどね




