思わぬ援軍
「クラトス殿は、ジークが魔導具を悪用することを恐れているようですが、私の見立てでは魔導具が彼の手に渡った時点でこの国は彼の手中に収まります」
「それ、どういうこと?」
「そもそも、先日の式典で王女リーリエ殿下が民の前に現れたこと自体が異様なのです。私の身分ではっきりと口に出すのははばかられますが、殿下はいずれどこかの国へ嫁ぐはずの身。獣化症候群に冒されていた事実は、その妨げになりこそすれ何ひとつ良いようには働きません」
「それなのにわざわざ公開したのには理由がある、ってこと?」
「おそらく、他国にリーリエ殿下の病状を漏らした者がいます。それも決定的な証拠をつけて。すでに隠しきれないと分かっているからこそ、陛下と殿下も民衆の前に出ることを選んだのでしょう」
「その内通者がジークだとして、なんでわざわざそんなことを……」
「自らをリーリエ殿下の婿候補とするためかと。価値が下がって嫁ぎ先を妥協したとあっては王家の体裁が保てませんが、勇者が相手なら申し分はありませんから。賊に拐われた姫とそれを助けた英雄が結ばれるという英雄譚はいくらもありますが、あれの一部も、その、クラトス殿に言うのは気が引けるのですが……。賊に傷物にされて他国には出せなくなった姫を、美談にしつつ処分したというのが実態なのです」
「そ、そうなんだ」
あまり知りたくなかった英雄譚の現実だった。
「しかしリーリエ殿下の状態が公知のものとなった今、殿下の夫候補として筆頭にあるのは誰か。すなわち、この国の次期国王争いに新たに加わる男は誰か。クラトス殿ならお分かりでしょう」
「……そういうことか。ジークは権力を欲しがっているのか」
ジークは勇者といえど市井の生まれ。そのままでは政治の世界に手を出すにも限界がある。でも、リーリエ殿下を娶ることができれば、後はいくらでも権謀術数を巡らして王座につくことができるだろう。何しろ、自身を筆頭に国の最高戦力である『賢者』、『聖騎士』、『司教』という駒が全て手元にあるのだから。
「ええ。そして彼が王の権威を手にすれば、その影響はこの国に留まりません。その頃には紛うことなき人類最高戦力となっているであろう自らを旗印に、世界を手中に収めようとするに違いありません」
「なんだそれ……。そんなのまるで」
魔王だ。
ジークは、勇者でありながら魔王になろうとしている。
「クラトス殿が獣を操る以上に、人を操る術に長けている。それが当代勇者ジーク・ミュラーであると私は考えます」
「でも、勇者が初めから権力を握るなんて聞いたことがない。そんなことになったら、魔王の討伐だってどんなことになるか」
「少なくとも、いずれ現れた魔王が勇者と刺し違えてくれる、などとは期待できないかと。魔王もまた常識の外にいる強さとは聞きますが、これほどの準備期間があっては勇者が優位と言わざるを得ません」
勇者は本来、魔王の力に苦しむ人々を救うために生まれる存在だ。だから過去の例を見ても、魔王より後に現れた勇者の方がずっと多い。勇者と分かった時には人類滅亡寸前、慌てて赴いた最終防衛線は跡形もありませんでしたなんて勇者もいる。そこまででなくとも、悠長に政治に手を出していられるような勇者なんてそうそういなかったはずだ。
なのに、ジークは勇者になって三ヶ月以上も経つのに魔王が現れる様子がない。たぶん、それこそが現状を生み出した最大の原因なのだろう。
「思ってたより大事だったんだ……」
「ええ、ですのでそれを踏まえてお尋ねします。この危機に、田舎町で茶でも啜りながら座して待つのがクゼハラ家の人間のすべきことなのか、お答えいただけますかクラトス殿!」
「そのクゼハラ家が問題なんだってば! 下手を打てば勇者とクゼハラ家の全面戦争になりかねないことぐらいスズなら分かるだろ!?」
クゼハラ家と勇者、軍事力でいえばこの国の二大巨塔ともいえる者同士の激突だ。そんなことをして国が内戦状態になれば、他国や近く現れる魔王にとってこの国は格好の餌食になる。ジークに国が乗っ取られるのとどっちがマシか、なんて考えたくもない。
「だからと言って他にどんな手があると言うのですか!」
「最後の手段をいきなり使うのはおかしいって言ってるんだよ!」
「よもや、悠長に他の方法を模索している時間があるなどとお考えなのですか!?」
「焦って行動して取り返しのつかないことになったら元も子もないじゃ……いや、ごめん、熱くなりすぎた」
「あ……。いえ、私こそ……」
怒鳴り合う僕らの間で震えるリリィを見て、頭から一気に熱が抜けた。状況に呑まれて平静を失ってる場合じゃないのに、何をしているんだ僕は。
「いったん落ち着こう。僕としてもスズが来てくれるのは頼もしいけど、それをしたら収拾がつかなくなるかもしれない。それは分かってくれるよね?」
「ええ。しかし、座して待つなど私にはできません」
「そんなこと言われても……」
スズの言い分だって分からないわけじゃない。僕ひとりで出かけてどうにかできる問題でもないのは確かだから。
行き詰まって黙り込んだ僕らは、それを見計らったようにドアがノックされた音に驚いて思わず立ち上がった。
「今の話、聞かれた?」
失敗した。ジークにどう対抗するかで頭が一杯で、聞き耳を立てられているなんて考えていなかった。勇者を陥れる算段を立てているなんて、もし衛兵に知られればたちまちにお尋ね者だ。
「迂闊でした。相手次第では、黙って帰すわけには」
「早とちりで首を刈られても困るから言うけど、ボクだよ」
ドアの向こうから、聞き覚えのある声がした。
「クニーさん? どうしてここに……」
「やあ、夜分に悪いね。ふたつほど用件があって来たんだけど、お取り込み中だったとは」
「さっきまでの話は? 聞かれましたか?」
「立ち聞きするつもりはなかったんだけど、ごめんよ。でも心配しなくていい。用件がふたつあると言ったろう?」
「それが?」
「用件のひとつは、注文の品の納品。早く見せたくて出来立てホヤホヤを持ってきた」
黒曜石の加工の件だ。そろそろ様子を伺いに行こうかと思っていたけど、わざわざ向こうから届けにきてくれたらしい。
「もうひとつは?」
「もうひとつは少しばっかり事情が複雑なんだけど、まあ結論から言おうか。第二級職業『機術士』、クニー・パンゴ。義によってキミたちの対勇者戦線に助太刀させてもらうよ」
それは、あまりに予想外な援軍だった。
>「拐われた姫とそれを助けた英雄が結ばれるという英雄譚はいくらでもありますが、(中略)賊に傷物にされて他国には出せなくなった姫を、美談にしつつ処分したというのが実態なのです」
これ現実でもそうみたいですね。そんでもし取り返せなかったら、人知を超えた竜とか鬼とかに拐われたことにしてみたりとか。
王侯貴族ってのは勢いのあるうちは金と軍事力で押し通せますが、周りとの差が縮まるにつれて体裁を気にしないとやっていけなくなるんだから怖い。




