城址の町リンバス
「そこを、どいてはいただけないでしょうか」
僕がスズとパーティを組んで、一週間が経った。
と言っても、まだ正式なパーティではない。羊飼いには必要ないからと、僕がギルドへ冒険者登録をしていなかったからだ。パーティというシステムを管理しているのは冒険者ギルドなので、そこに登録していない者はパーティメンバーとして認められない。
ギルドに登録すれば、冒険者としての仕事を斡旋してもらえたり、魔物から得た戦利品を手軽に換金してもらえたり、他にも色々なメリットがある。そこでまずはギルドのある街へ行こうということになり、旅に出たのが五日前のことだ。
そうして生まれ育った村を出て、野を越え河を渡り、目的の地方都市リンバスにたどり着いた。羊を預かってくれる場所もすぐ見つかって、そこまでは良かった。
問題は、いざギルドに登録しようという時に起こった。
「おっと、勘違いするなよ嬢ちゃん。俺たちは親切心で引き止めてやってるんだぜ?」
ギルドに入った僕らは、大柄な男ふたりに足止めされていた。相手はチェインメイルにブレストガードを着込んだ、見るからに冒険者といった出で立ちをしている。おそらく戦士系の職業だろう。
「左様でしたか。それは失礼を致しました。では、浅学な私にどうか教えていただきたい。『帰ってクソして寝た方が身のためだ』というお言葉の、いったい何が親切心なのかを」
そう、ギルドに入るなり、僕らは男たちに行く手を阻まれてそう言われたのだ。
口調こそ丁寧だが、スズが怒っているのが声色で分かる。男の言葉を復唱しただけと分かっていても、スズの口から汚い言葉が出ているとものすごい違和感だ。
「言葉通りの意味さ。いいか? 冒険者ってのはそれはそれは過酷な仕事だ。ダンジョンに潜れば魔物だらけ、野山に入れば毒虫や毒蛇だらけ。そんな場所で仕事して命からがら帰ってきても、報酬は薬代や装備代に消えて手元にゃほとんど残らない」
「いいや兄弟、そこは包み隠さず教えてやった方がこいつらのためってもんだぜ。ダンジョンでしくじった奴が、どんな目に遭うかってところをよ」
「おいおい兄弟、そんな話を聞かせた日にゃ、嬢ちゃんが今夜便所にいけなくなっちまうぞ」
好き勝手なことを言って、男たちはまた下品に笑う。スズの顔がいよいよ険しくなってきた。騎士の家の生まれだけあって、この手合いには慣れていないのだろう。いや、僕だって特別慣れているわけではないけれど。
それでもスズよりは冷静なつもりだ。おかげで、男たちの狙いもなんとなく分かってきた。ここは早いところ切り上げた方がよさそうだ。
「わざわざご忠告ありがとうございます。でも、僕らは冒険者にならないといけない事情があるので帰れません。行こう、スズ」
「しかしクラトス殿」
「いいから」
スズとしては、このまま言われっぱなしではいられないのだろう。不満げな顔をするスズの手を引き、ギルドの奥へ向かおうとするが、やはり通してもらえない。
諦めるつもりは無いらしい。相手が諦めるつもりがないとなると……。
「まあ待て待て。俺たちは未来あるお前らの力になりたいんだ」
「新米なお前らに指導をしてやろうとそういうわけだ。分かるな?」
こうなる。
「結構です」
断る。
「いいから」
引いてくれない。
「よくないです」
さらに断る。
「おうテメェ! 先輩に対する礼儀ってもんがなってねえんじゃねえか!?」
「貴方こそ初対面の人間に対する礼儀をご存知ないようで!!」
相手とスズの堪忍袋が、同時に中身をぶちまけた。
礼儀は大事です。
相手がどんな無礼者でもしっかりと頭を下げ、そのままアゴにヘッドバットを食らわせましょう。