叡智を司る者
「クラトス、お願い。助けて……!!」
「助けてって……どういうこと?」
フィナは第一級職業の『賢者』だ。倒せない敵なんてそうはいないし、ともすれば国王だって動かす発言力がある。そんな彼女が僕に助けを求める、そんな状況なんて全く想像していなかった。
「ジークは自分の功績を増すために国も仲間も利用してる。ううん、人の命だってなんとも思ってない。今はまだ野盗を自作自演するくらいだけど、次は何をやらされるかと思うと怖くて仕方ないの……!」
「村を襲った野盗もでっち上げ、だって?」
「お願いクラトス、私を……」
「クラトス殿! どこにおられますか!?」
フィナの言葉を遮るように、聞き馴染んだ声がした。
「スズ!?」
「スズさんって……クラトスとパーティを組んだっていう?」
「う、うん」
どうしてスズがここに。フィナと待ち合わせたことは僕らとニーコしか知らないはずなのに。
返事をしたものか考えあぐねていると、続けてスズの声が聞こえた。
「魔物が町を襲っています! おられませんか、クラトス殿!!」
フィナと無言で頷き合う。僕らの話も大事なことだけど、僕はリンバスの冒険者で彼女は勇者の仲間だ。為すべきことは為さねばならない。
「スズ、こっちだ!」
「こちらでしたかクラトス殿! ……と、フィナ様!?」
「初めましてスズさん、あなたのことはオーレリアさんから聞いています。こちらの事情は後でクラトスが説明しますから、今はまず状況に対応しましょう」
「わ、分かりました」
「【魔力察知】……。ホブゴブリン、オーガ、ヒポクリフほか小型魔物の複数種混合で数は……百を越える大群ね。話は現場に向かいながらにして、とにかく急ぎましょう」
すべての魔物は大なり小なり魔力を持つ。『賢者』の職能でそれを読み取ったらしいフィナは言うなり西へ駆け出した。目の前を走る小さな背中は、住民でも迷うような雑然とした裏通りを迷うことなく進んでゆく。さっきまでのすすり泣く少女とはまるで別人だった。
「スズ、魔物が出たのはいつごろ?」
「二十分ほど前です。町長との面会を終えた勇者様が広場に出てきたところで、町外を警備していた兵士が血相を変えてそう報告を」
「となると、そろそろ町からも見える頃か……。そうだ、そういえばリリィは!?」
「避難所まで私が連れてゆきました。その後は私も迎撃の戦線に加わろうとしたのですが、低レベルの『斥候』に用などないと追い返され、ならばクラトス殿と合流しようと思いここまで探しに来た次第です」
心当たりのある場所を順に探して、クニーの店を目指す途上でようやく見つけたということらしい。フィナとの話は中断してしまったけど、異常を知れたのは不幸中の幸いだった。
「クラトス、そろそろ表通りに出るわ! かなり混乱してる様子だから気をつけて!」
「分かった!」
返事すると同時に路地から飛び出すと、目抜き通りはフィナの言葉通りの惨状だった。普段は小型の魔物しか出ない上、城壁に守られているこの町の住民には魔物に慣れていない人も多い。悲鳴、怒号、親とはぐれた子供の泣く声で会話もままならない。
その光景に圧倒されて足を止めた僕とスズの方を振り向きもせず、フィナは懐から小ぶりの杖を取り出し空に掲げた。
「『民よ聞け、其の恐怖はただ無知が故。ここに賢者たる我が智慧の欠片を授け、迷い子の傷歎より解き放たん。届け、安らかなる歌!』」
杖から光が迸り、通りを包み込む。暖かく優しさに満ちたそれはレオの【光の一閃】とは対照的で、それを目にした人たちはたちまちに落ち着きを取り戻してゆく。数呼吸もする頃には、騒然としていた目抜き通りは教会の中と見紛うばかりに静まり返っていた。
この詠唱なら僕も知っている。『賢者』に与えられた力として英雄譚にもたびたび語られる、高ぶった心を鎮め恐怖を取り除く魔法だ。
「決して簡単な魔法じゃないはずなのに……」
『賢者』として、フィナは肉体的にも精神的にも確実に成長している。いったいこの三ヶ月でどれだけの経験を積み、どれほどの知識を蓄えたのだろう。いったいどんな日々を送ればこれだけの力を身につけられるのだろう。
「皆さん、恐れることはありません! 勇者様と私たちがいる限り、誰ひとりとして傷つけさせはしません!」
静寂の中をフィナの声が駆け抜ける。勇者の仲間たる第一級職業、『賢者』がそこにいると気づいた住民たちの間に喜びと希望が満ちてゆく。ただ強力な火炎を出せるだけではない、ただ多くのことを知っているだけではない、これが『賢者』の力か。
「クラトス、貴方はスズさんといっしょに住民の避難を手伝って。魔法の効果があるうちに彼らを安全な場所へ誘導するの」
「……分かった。フィナは?」
いっしょに行くとは言えなかった。これだけの力の持ち主が四人いる場所で、僕にできることなんてありはしない。
「私はこのまま戦線の方へ。ジークひとりがいれば戦力は足りるはずだけど、嫌な予感が……ッ!!」
フィナが弾かれるように顔を上げた。見上げたのは、戦線があるであろう方角。つられて視線を向けた僕は、その光景をすぐには理解できなかった。
「光の、柱?」
白く眩い光が、雲さえ貫いて天へと立ち上っていた。
勇者パーティにおいて、『賢者』に求められるもの。それは魔物の大軍勢を吹き飛ばす範囲魔法でも、死者をもよみがえらせる回復魔法でもありません。極限状態の戦いで、または守るべき民を背にした戦いで、誰よりも冷静に状況を見極め最小の犠牲で最大の成果を得られる策を見出し実行する力こそ『賢き者』が持つべき才なのです。




