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「助けて」

「……え?」


「だから、あの事件で僕も人を殺したんだよ! いやぁ、初めてやったけど案外あっけないもんだね。でもこれで僕も英雄への第一歩を踏み出したのかな!」


「クラトス、何言ってるの……?」


 僕だって言ってて吐き気がする。口の中が乾くのだって裏路地の埃だらけな空気のせいじゃないだろう。

 でも、やるからにはとことんだ。確かめるまで退くわけにはいかない。


「だってほら、英雄ってつまるところはたくさん殺した人のことでしょ? そういえばフィナたちも野盗を撃退したんだっけ。何人殺したの? 十人? 二十人? それとも」


 その続きは言えなかった。言葉を遮るように甲高い音がして頬が熱くなり、鈍い痛みが襲ってくる。

 すぐに分かった。目の前で涙を浮かべるフィナに叩かれたのだと。


「最低……!」


「あ……!!」


 答えは、出た。


 もしフィナが変わってしまっていたのなら、直接「あの実験は君がやったのか」と聞いたところで信用できる答えは返ってこない。だから敢えて実験室のことには触れず、ただただ倫理観を問うた。尊敬する英雄たちを貶してでも彼女の心の奥底にあるものを確かめ、そして確信した。


 フィナじゃない。地下実験室を作ったのは、絶対にフィナじゃない。人の命を冒涜した僕をこんなに真っ直ぐな目で叱れる幼馴染に、あんなことができるものか。

 ならあとは事情を説明して誤解を解かないと、本当にここでお別れになってしまう。そう思って口を開くけど、熱くなった頭が働かない。言葉が出ない。伝わらない。


「ちょ、ちょっとクラトス……?」


 気づけば、僕はただ泣いていた。


「そ、そんなに痛かったの? でもあんなこと冗談で言っていいようなことじゃ」


「ちがう……」


「そういえばクラトスって昔は泣き虫だったわね……。全然治ってないじゃない」


「だって、フィナが変わっちゃったんじゃないかって……。勇者様の仲間になって、王都に行って、別人になっちゃったんじゃないかって思ったら、確かめずにはいられなくて……」


「そんなわけないでしょうが。ああもう、ほら大の男が泣かない泣かない。よしよしよしよし」


 フィナは小さい頃のように頭を撫でようとしてくれているのだろうが、身長差がついてしまったせいで抱きつくような体勢になっている。でもそんな仕草のひとつひとつも、僕の知っているフィナだった。


「試すようなことをしてごめん。でも、フィナが変わってなくて本当によかった」


「人間、そう簡単に変わりはしないって。そりゃ忙しいけど、私だって毎日楽しく……」


「フィナ?」


「私だって……毎日……。毎日……」


 フィナの動きが止まった。抱きつくような、ではなく、小さく震える身体で僕に抱きついてきている。


「……どうしたの?」


「……どうもしてない」


 顔は見えないし言葉は否定しているけれど、声色で分かった。

 やっぱり、何かあったんだ。彼女自身が変わったわけではなくても、彼女の周りで確実に何かが起こっている。


「どうもしてないわけない。話して」


「どうもしてないってば……」


「ここには僕とフィナしかいない。隠さなくてもいいんだ」


 踏み込むべき領域か分からないけど、こんなフィナをそのまま帰したら絶対に後悔する。

 ほんの数秒、逡巡するようにフィナの動きが止まった。何呼吸か、手の震えが収まるのを待って、フィナは僕の目を見た。


「クラトス、私……」


「うん」


「私、帰りたい……! 綺麗な服もおいしいご飯もいらない。村に帰って、ただの村娘に戻ってクラトスと暮らしたい! なんで、なんで私が『賢者(セージ)』なのよ……。あんなになりたがってたクラトスが、すぐ隣にいたのに!」


「……何があったの?」


 ちょっとホームシックになっているだとか疲れているだとか、明らかにそんなものじゃない。押し込めていた何かが溢れ出すような、張り詰めた声は切実に何かを訴えている。


「もう、もう無理なの。あんなに広いお城で、あんなにたくさんの人がいて、それなのに私はずっと一人なんて、もう耐えられない!」


「フィナには勇者様やレオ……オーレリアや、マチルダ様がいるじゃないか。パーティメンバーとうまくいってないの?」 


 勇者様も仲間たちも、みんないい人そうだった。あの人達とならフィナもやっていけるだろうと思っていたけど、フィナは首を何度も横に振る。


「ジークも、マチルダも、世間が言うような人じゃない。私だけが彼らの本当の顔を知っていて、そのせいで周りとの温度差がどんどん広がっていくの。人に囲まれているのに、私以外の全員が夢に酔ってる怖さ、クラトスに分かる!?」


「そんな、あの勇者様が……?」


 信じられない。

 優しい微笑みで人々を癒やし、魔物に怯える民のために剣を振るう光の戦士。僕が、いや、全ての国民が知っているそんな勇者様は幻想だと、フィナはそう言った。


「クラトス、お願い……」


 目に涙を浮かべて、フィナが僕のシャツを握りしめる。


「助けて……!!」 

勇者の仲間三人のうち、マチルダとフィナはジークの本性を知っていますが、レオはジーク様は超いい人だと思わされています。洗脳を防ぐ職能(スキル)【篤き信仰】も、単なる誤解や勘違いには無効です。

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