賢者との再会
アリシアさんから、あの地下実験室がフィナの指図で作られた可能性があると聞かされて十日ほど経った。あれからアリシアさんは手紙の話を持ち出さないし、僕もまだ返事をしていない。普通はこんなに返事を引き伸ばしていい問題じゃないけど、今回は事情がある。
今日、勇者様がリンバスを訪れるのだ。
「クラトス殿、こちらです!」
「お兄ちゃん、はやく」
村の外から戻ってみれば、勇者様のパレードが通る目抜き通りはすでに人でごった返していた。スズとリリィが場所をとってくれていなかったら見ることもできないところだった。
「ごめんごめん、ちょっと村の外に用事がね」
「羊の世話ですか?」
「うん、そんなところ」
聞くところによると、道中の勇者様は野盗に襲われた村を助けたり、屍蟲の大群を撃退したり、果ては邪神として封印されていた竜を目覚めさせて倒したりと八面六臂の大活躍をしているそうだ。
その旅には、もちろん『賢者』のフィナも同行している。彼女もリンバスに来るのなら直接会って話を聞けばいいと思い、今日までアリシアさんへの返事は待ってもらっていた……のだけど。
「リリィ、私の手を離さないでくださいね。人混みではぐれてしまいますから」
「……なんにも見えない」
「あはは、この人じゃあね。肩車してあげるからおいで」
周りはどこを見ても人、人、人。近隣の村からも集まっているのだろうけど、うっかりすると身動きもとれなくなりそうだ。リリィを肩車してあげると、大勢が集まっているという光景がすでに珍しいのか目を輝かせている。
「勇者様の人気は思った以上ですね……。これほどとなると、知人だからと言ってオーレリアやフィナ様にお目通りするのも難しいかもしれません」
「そうだね。まあ、こればっかりは仕方ないよ」
口ではそう言ってみるけど、そんなことは微塵も思ってない。
僕は、なんとしてもフィナに会わないといけない。そのための準備はした。
「お兄ちゃんお姉ちゃん、きた……!」
リリィが門の方を指差すと同時、おそらくこの町の歴史上でも五指に入る盛大なファンファーレが鳴り響く。勇者様のご到着だ。
人混みの向こう、一段高い馬車の上から手を振る勇者様の姿は、先日の式典放送で見た凛々しさそのままだった。後ろではフィナ、レオ、それにマチルダ様もそれぞれ手を振っている。やっぱりというべきかレオの人気はひときわ高く、しきりに声援が飛んでいる。
勇者様はこのまま町長と面会し、その後は町の広場で住人と交流を持つことになっている。さらに今夜は歓迎の宴が催されるという告知を聞きながら、僕は用を足しに行くと言ってスズとリリィと別れた。
それから、数時間後。クニーさんの機術工房からほど近い人通りの無い裏路地。
そこでじっと待ち続けた僕のもとに、待ち人はやってきた。
「クラトス!」
「フィナ!!」
十五年間いっしょに過ごした幼馴染が、駆け寄ってきたかと思えばそのまま抱きついてきた。子供の頃はよくやった気がするけど、久しぶりにやるとなんだかこっ恥ずかしい。
でもそれ以上に嬉しい。たった三ヶ月会わなかっただけなのに、すごく懐かしく感じる。
「ごめんなさい、隙を見て抜け出すのに手間取っちゃって」
「いいんだ。来てくれてよかった」
「パレードの最中に、急にクラトスの声が聞こえたのよ。魔法とも違ったみたいだけど、あれは何?」
「うん、ちょっと友達に頼んでね」
僕が今日町の外にいたのは羊の世話のためで間違いないけど、それだけじゃない。風の加護を受けた有翼人種、ニーコに会うのが目的だった。
町外れの山に住む彼女に頼んで、風の力で僕の声をフィナへ届けてもらったわけだ。あまり間を置くと忘れられてしまうからギリギリになったけど、うまくいってよかった。
「でも元気そうでよかったわ。冒険者になったってオーレリアさんから聞いて心配してたの」
「いい仲間に会えたおかげでね。フィナこそ少し痩せたんじゃないか?」
「おいしいものは食べてるんだけど、やっぱり忙しくて……ね」
笑う顔もどこか疲れている。やはり『賢者』の務めというのは大変なのだろう。伝え聞いた武勇伝の他にも、人に知られない仕事がたくさんあるだろうし。
そう、僕ら庶民に知らされていない仕事も、あるはずなんだ。
「そうだ、冒険者といえば、最近すごいことがあったんだ」
「オーレリアさんと冒険したこと? 聞いたわよ、敵の親玉を相手に大立ち回りしたそうじゃない」
「うん、そうなんだ。それでね……」
レオがだいぶ盛って話してくれているようだけど、知っているなら話が早い。本当はもっと話したいことがあるけど、時間だってそう長くはとれない。本来の目的に戻ろう。
でも、これを言ってしまえば、もうフィナと以前のように話すことはできなくなるかもしれない。流れ次第では、今後ずっと勇者の仲間と一介の冒険者の距離になってしまうだろう。
それでも、僕は確かめないといけない。
「それで、どうしたの?」
「それでね、ついにやったんだ」
「なにを?」
「人をね、殺したんだ!!」
精一杯の笑顔で、僕はそう言った。
リンバスはもともと王城だった町なので、パレードとかお祭りには向いた作りになっています。
同時に、内戦で滅んだ後は雑多に家が建てられたために裏通りや裏路地が多くあり、今回のような方法が可能でした。
ちなみに入り組んだ場所での待ち合わせですが、大まかな場所さえ分かれば『賢者』の職能でクラトスの居場所は察知できるので迷うことはありません。羨ましい。




