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『司教《ビショップ》』

「それで旅程だが、まずは西へ向かい、リンバスという田舎町で南に折れる道筋になる。宿の手配は役人たちに命じたが、道中で討伐する魔物の情報も必要だ。その調査はお前がやれ」


「あの、リンバ……はい、分かりました」


 ジークに睨まれ、聞き返そうとした言葉を飲み込みました。

 城址の町リンバス。私の幼馴染、クラトスのいる町です。つい一昨日会ったばかりのオーレリアさんの口からクラトスの名前が出た時は本当に驚きました。しかもリンバスで冒険者になっていたと聞いて二度驚きましたが、私以外の女の子とロクに話したこともないクラトスがスズさんという美人を捕まえていたことが一番びっくりでした。騙されているんじゃないかって心配になるくらいです。


 でも問題なのは、オーレリアさんがそれを話した場にジークもいたことです。彼もクラトスがリンバスにいると知っているのに、そこをわざわざ訪問する、しかも事前に私にそれを教える。そんなの、何か企んでいるのではと思わずにはいられません。


「あと、魔物の討伐には『支援者』から戦力を割かせることも可能だ。二級職業(ジョブ)の高レベル冒険者を二十人は出させるから、それも計算に入れて魔物を選定しろ。封印されたものや眠っているものも含めて名のある大物は全て候補だ」


 私たちの旅の目的はある迷宮の奥にある『祝福されし呪針(パドジナミア)』を手に入れることです。しかしただ行って帰ってくるだけでは人民の助けにならぬということで、道中にいる危険な魔物を狩りながら行くということになっています。

 まあ、実際はただ歩いても格好がつかないというだけの理由なんでしょうけど。伝説の英雄って、どういうわけか道を歩くだけで強敵と当たるものみたいですし。


 そんなことをしようとすれば相当な資金や人手がかかりますが、それはジークが『支援者』と呼ぶ所から出ているようです。それが何者なのか、聞いても答えてくれないし調べても分かりませんでした。これ以上は追求するだけ無駄と分かっているので、必要な質問だけしてさっさと進めることにします。


「分かりました。薬や武器も際限なしとみていいんですね?」


「分かりきったことを聞くな。全て『支援者』が出す」


「……申し訳ありません。あと、私たちの戦力はどれほどと見積もれば?」


「全体の戦力把握は『司教』(ビショップ)がやっている。奴も呼んだのだが……また命令無視か。『賢者(セージ)』、探してこい」


「……分かりました」


 今度は小間使いです。いえ、田舎娘の私には『賢者(セージ)』よりこっちのほうが相応な気もしますが、釈然としません。


「探せって言われてもなぁ……」


 部屋を出て歩き回りますが、探す宛もありません。

『司教』(ビショップ)のマチルダさんはオーレリアさんとはまた違った意味で自由な人で、勇者様の指示もほどほどにしか聞きません。それでも勇者様があまり咎めないのは、彼女が勇者様の意思を理解し、それを踏まえて動いているからでしょう。私と違って世渡りの上手い人です。

 そんな人ですから普段は居場所を探すのも大変なのですが……。幸い今日は分かりやすいところにいました。


「マチルダさん、勇者様がお呼びです」


「あら、フィナさん。もうそんなお時間でしたか」


 マチルダさんは聖堂にいました。王城に併設の聖堂だけあって建物も調度品も一流のものが揃っていて、純白の祭服を纏うマチルダさんが立つと本当に絵になります。そんな彼女の周囲には貴族様から侍女まで信心深い方々が集まり、その姿はまるで迷える子羊を導く羊飼いのよう。光の戦士である私たち勇者パーティの中でも、救済を司る『司教』(ビショップ)の威光は格別ということでしょう。


「大事なお話ですので急いで欲しいと」


「しかし、こんなにも救いを求める方々が集まっていらっしゃるのに……」


「よいのです、マチルダ様。勇者様の助けとなることこそ、貴方が女神様より与えられし使命なのですから」


 集まっていた人たちの中で一番年長らしい男性が進み出ました。他の人たちも神妙な顔で頷いています。

 私としては、ジークに怒られるのでお言葉に甘えて早く戻りたいのですが、マチルダさんは動こうとしません。


「そうは言いましても、今祝詞を与えねば貴方のひ孫さんが生まれてしまいます」


「心に留めていただけただけで十分です。さあフィナ様、マチルダ様をお連れください」


「皆さんもああ言われていますし、こちらへ」


「皆様申し訳ありません。この続きは、いつか必ず」


 まるで私が悪者みたいな空気になってきたので、マチルダさんの手を引いて急ぎ足でジークの待つ部屋へ向かいます。聖堂を後にするその時まで信徒に振り向く姿は、本当に聖女そのものです。


 ええ、姿は。姿だけは。


「もうフィナさん、ひどいじゃないですか」


「私の身にもなってください。勇者様に怒られるのは私なんですよ」


「だってさっきの方、三人の大領主のご尊父にあたる方なんですよ? ここで祝福の言葉を与えるだけで、将来どれだけの見返りがあるか……」


「働かざる者食うべからずです。お金が欲しいなら地道に稼ぎましょう」


「もう……」


 中身はこれです。要するに、ジークと同類です。だからジークも彼女に対して本性を隠さないし、彼女の行動を咎めないのでしょう。

 それで振り回されるのはいつも私です。ほら、部屋についたらやっぱり勇者様の機嫌が悪い。


「遅い」


「……申し訳ありませんでした」


 こんな状態で旅に出て、いったいどうなるのか。今から不安ですが、私にはどうしようもありません。


 嗚呼、夕日が綺麗です。

ファンタジー世界の宗教はキリスト教がベースになっている作品が多いですが、本作もその例に漏れずカトリックが基です。

カトリックとの違いはいくつかありますが、その一つは信仰の対象が女神なので指導者にも女性が多いという点。マチルダは職業(ジョブ)が第一級の『司教』(ビショップ)でしかも女性なので、順当にいけば全教会のトップに立つであろう人物になります。彼女に集る信徒もそれを分かっているので、まあ同じ穴のなんとやらです。

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