『祝福されし呪針《パドジナミア》』
インフルでした
式典に出席し、正式に勇者を支える『賢者』としての任を受け、一夜が明けました。昨夜は祝賀会であちこち引っ張りまわされてろくに寝ていませんが、今日も今日とて貴族様方とのご挨拶です。あらゆる知識を理解する【万象理解】が、礼儀作法とか社交辞令にも有効だったのが不幸中の幸いでした。
そんな行事も午後になって少し落ち着いたかと思えば、今度はもっと面倒なお方とのお話が待っていました。
「『賢者』、少しお話をよろしいですか?」
「……なんでしょうか、勇者様」
ふたりきりの時は高圧的な物言いの彼も、さすがに貴族様とそのご令息、ご令嬢たちの前では紳士を装っています。というより、私と『司教』のマチルダさんの前以外では気高く礼儀正しく紳士的なのが勇者ジーク・ミュラーです。公にはそのイメージを広めていくつもりなのでしょう。
「魔物に関するお話です。ここではお嬢様がたを震えさせてしまいますから、あちらの個室で」
「分かりました。伺います」
何がいいのか分からないけど、世間的にはああいうのがカッコイイ台詞らしいです。魔導書をひと目で読み解く【万象理解】をもってしてもそれだけは理解できません。
嗚呼、そんな彼とふたりっきりになる私に嫉妬するご令嬢たちの視線が痛いです。代われるなら代わってあげたいですよ私だって。
ほら、個室に入ればもう勇者様の態度が違う。
「まったく、貴族というのはどいつもこいつも話が長い」
「それで、お話というのは?」
「相槌のひとつも打てんのか。あれだけ貴族の娘を見たのだから会話術も身につけたらどうだ」
「……申し訳ありません」
「用件だが、『祝福されし呪針』の眠る迷宮へ出立する日取りと道筋が決まった。明後日の朝にはここを発つから用意しておけ」
「明後日って、そんな急な」
「聞き返すな、異を唱えるな、返事を遅らせるな。俺と話す時の規則を忘れたか」
「……申し訳ありません」
『祝福されし呪針』。獣化症候群の治療に使えるであろう魔導具の名です。
数日前、私はジークから一週間以内に獣化症候群の治療法を見つけ出せと命じられました。それも、故郷と幼馴染のクラトスを人質にとられてです。そんなこと無理だと思った私は、せめて危険を知らせようとクラトスに宛てて手紙を書きました。ジークに見つからぬようこっそりと、でも万一見つかっても真意を悟られないように私たちふたりの間でしか通じない、筆跡を変えるというやり方で。
それがクラトスに無事届いたのか、届いたとして私の意図は伝わったのか、それはまだ分かりません。故郷の住所に宛ててしまったので、リンバスのクラトスまで転送されるのに少し時間もかかるでしょう。
しかしその手紙を書いている最中、子供の頃にクラトスが熱っぽく語っていたある英雄の話を思い出しました。魔導具を使って自身に炎や氷、風といった様々な力を付け替えながら戦い、『千の才、万の能を持つ騎士』と讃えられた英雄シプラスの物語です。
医学的・薬学的な観点からしか治療法を探していなかった私の頭に電撃が走りました。この病は魔導具が原因なのではないか。そうでなくても、魔導具で治療できるのではないか、と。
それから私は実験を全て中断し、王城の書架に篭って本を読み漁りました。難解な言葉、見知らぬ言語の並ぶ本を【万象理解】で強引に読破し、ついに見つけ出したのが英雄シプラスの愛用した魔導具、『祝福されし呪針』。それを使えば獣化症候群という概念を人体から取り外すことができるはず、そうジークに報告できたのは、ジークが演説する予定日の前日のことでした。
「それで旅程だが、まずは西へ向かう。そして、リンバスという田舎町で南に折れる予定だ」
リンバス。
彼の口から出たのは、故郷の次に聞きたくなかった町の名前でした。
次回もフィナ視点回です。
ただのカゼにしては胃腸が疾風怒濤してるなーとは思ったんですが、検査してみたらインフルエンザでした。実に小学校以来です。
ちなみにインフルエンザウイルスはリヒャルト・プファイファーという方が発見したといわれています。3回言ってみましょう。
リヒャルト・プファイファー
リヒャルト・プファイファー
リヒャルト・プファイファー
行商人のベント・アルベントさんを見習って欲しくなる言いにくさですが、医学史上重要な人なので覚えておきましょう。




