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賢者《セージ》からの手紙

「しかしどうした、今日はどうも浮かない顔だなクラトス君」


「そ、そうですか?」


「喜んでいるようで、何をしていても心ここにあらずなのが【鑑定】を使わずとも分かる。報酬は入り、レベルは大きく上がり、隣にはいつも美女がいるのだからもっと浮かれてもよさそうなものだろうに」


「び、美女とは私ですか!? いえいえそんな私など……」


「スズ君はもう少し自信を持っていい。秘密を持つ女は美しいのだ」


 常にフードを被っていることを言っているのだろう。秘密というほどでもない気もするけど、顔を半分隠している美少女というのは物語でも定番だ。もちろん、それを抜きにしても美人さんだと思う。


「ご冗談を……。クラトス殿が上の空なのはその、やはり今朝の手紙が気にかかるのですか?」


「うん、まあ、ちょっとだけね」


「ご家族に不幸でもあったのか。君はだいぶ稼いでいるし、事の次第では帰ることを勧めるが……」


「ああいえ、そんなんじゃありません。王都にいる幼馴染のフィナから手紙が来たんですけど、どうにも腑に落ちないところがありまして」


「フィナ? 『賢者』(セージ)と同じ名だが、まさかあのフィナ・バーンズか?」


「あれ、お話ししませんでしたっけ? 彼女とは同じ村の出身なんです」


 それはつい今朝のこと、宿屋に届いた郵便物の中に、フィナからの手紙が混ざっていたのだ。故郷に一度送ってくれて以来の音信だったし昨日の今日でもあったから慌てて開封し、文面からどうやら元気にやっているらしいと分かってひとまずは安心した。


 式典のことも何か書いてあるかなと期待したけど、昨日より前に書かれたもののためか勇者の存在を匂わせるような文章はどこにも無く、ただ王都での生活のことが書いてあるばかりだった。


「……聞く限りでは不審な点は見当たらないが、腑に落ちないというのは?」


「大したことではないんですが……。フィナって几帳面で神経質なやつで、字もすごく丁寧に綺麗に書くんです。以前に故郷に届いた手紙も、やっぱり綺麗な字で折り目正しく書いてあって。でも今朝届いた手紙は、確かにフィナの字なのに殴り書きみたいな雑な字が並んでたんです」


「単に忙しく時が惜しかったか、気心知れた相手故に気が緩んだかではないかと、私は申し上げたのですが……」


「僕もそうかなとは思ったんですけど、どんなに忙しくてもフィナがあんな字を書くかなぁって考えると気になってしまって」


「ふむ、まあ女というのは移り気な生き物だ。環境の変化にあてられて服や食べ物の趣味がガラリと変わることも珍しくない。ここは深く追求せず、身体を労る返事でも書き送ってあげればいいだろう」


「そう、ですかね。分かりました、そうすることにします」


 女性のアリシアさんが言うのだし、たぶんそういうものなのだろう。宿屋に帰る道すがら便箋を買っておくことにしよう。


「ではクラトス殿、あまり長居しても迷惑でしょうし、そろそろ」


「うん、行こうか」


「ああ、待ってくれクラトス君」


 納得し、席を立とうとした僕を、またしてもアリシアさんが呼び止めた。


「どうかしました?」


「大事な用を忘れていた。実は先日の地下実験室の件で、瓦礫の下から奇妙な術機巧(パターンド)が発掘されてな。だが何に使うものなのかまるで分からないのだ。操作したところを見たかもしれないクラトス君の助けを借りたい」


「……あ、はい。いいですよ」


「捜査に関することなら、私は同席できないでしょう。リリィの様子でも見に行ってきますので、クラトス殿は用件をお済ませください」


 さっさと部屋を出るスズを見送り、イスにかけなおす。このパターンを僕は知っている。


「これ、スズに隠し事してるみたいで心苦しいんですが……」


「男女の仲というものはな、クラトス君。互いに隠し事のひとつやふたつあったほうが上手く行くものだよ」


「はぁ」


 三週間ほど前、初めてこのギルドに来た時を思い出す。あの時も、アリシアさんは何か理由をつけて僕だけを残して色々と指摘してきた。今回も同じ流れみたいだけど、何を言われるのだろう。


「そんなに身構えてくれるな。それに、今回はあながち嘘というわけでもない」


「あの実験室絡みの話ってことですか?」


「うむ。君はマルコス・アンバーという名の男に覚えはあるか?」


 マルコス・アンバー。少なくとも知人にはいないし、有名な貴族や軍人でもない気がする。過去の英雄かと思って記憶を辿ってみても、過去に読んだ物語に心当たりはない。

 でも、なぜか聞き覚えはある。たしか、スズと出会った少し後くらいの……。


「すみません、ちょっと思い出せません」


「君とスズ君がリンバスにやってきて、初めに請けた依頼があったろう?」


「アントクイーンの討伐ですか?」


「あれの依頼主だ」


「あ!」


 思い出した。リンバス町役場の流通課課長、マルコス・アンバー。確かに依頼板にはそんな名前が書かれていた。


「思い出したか」


「はい、でもその人がどうかしたんですか?」


 思うままに尋ねると、アリシアさんは声を落とした。茶色いロップイヤーが、周りを警戒するようにぴくぴく動いている。


「死んだ。昨夜の祭りの途中から行方が分からなくなり、今朝他殺体で見つかった。毒殺だろうとのことだ」


「……穏やかじゃない話ですね」


「ああ。この町も物騒になったものだ」


 ため息をつくアリシアさんだけど、それは僕だって同じだ。平和な田舎町だと思っていたのに、こうも頻繁に人死にがあるようじゃ落ち着いて暮らせない。もしかして悪霊にでも呪われていたりしないだろうか。


「でも、その人が死んだことと例の実験室、何か関係があるんですか? そうだとしても何も知らない僕に何故……」


「うむ、マルコスの遺品からいろいろときな臭いものが出てきたのだが……そうだな。まずはこれを君に話す理由が分かるよう、結論を先に言おうか」


「結論?」


 アリシアさんはさらに声を落とし、僕に耳打ちするように、言った。


「当代『賢者』(セージ)、フィナ・バーンズ。例の人体実験は、彼女の指示で行われた疑いがある」


「……はい?」


 自分と向かい合っている金髪の女性が何を言っているのか、僕には理解できなかった。

(追記)

まーたあとがき忘れてました。


フィナは字が綺麗と語るクラトスですが、彼自身はただただ英雄譚を読みたいがために字を覚えた人間。なので書く方については読めればオーケーという考え方です。

その他ですと、スズは達筆、リリィは勉強中、アリシアさんは上手いけど走り書き、オル・ロスは悪筆、レオは解読不能です。

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