そして、全てが動き出す(後)
昨日はちょっとミスもあって更新出来ませんでした。申し訳ありません。
今日からも毎日更新は続けます。
『私がこの病に冒されたのは、三月ほど前のこと。今でこそ獣化症候群と呼ばれ、無害であろうと知られておりますが、当時の私はただただ怯える日々を過ごしておりました。この姿を見られぬよう、誰に移すことも無きよう、奥部屋に篭り女神様に祈りを捧げることしかできなかった私の元に、彼は現れました』
リンバスが例外なだけで、王都では不気味な病として恐怖の対象になっているという話は本当らしい。
そして、それに一石を投じる『彼』と呼ばれる人物に、やはりそうかと周りがざわつきだした。
『彼は私だけでなく、多くの国民がこの病に不安を覚えていることに心を痛めています。そこで彼は国王陛下に申し出ました。本来の役目を負うまでの間、この病と戦いたい、と。国民を愛する国王陛下もまた、それを快諾されました。本日この時をもって、この病は終わりへと向かい始めるでしょう』
右手の杓を差し延べると、眼下に控えていた兵士と楽隊が左右に避ける。そうして出来た道を上るのは、四人の若者たち。
『賢者』、フィナ・バーンズ。
『聖騎士』、オーレリア・クロウ。
『司教』、マチルダ・フェリスは初めて見る銀髪の女性だった。
そして。
『当代『勇者』、ジーク・ミュラー。前へ』
その姿は、恵まれた体格に輝くような金髪の好青年。威厳と優しさを併せ持つ、人の導き手たる光の戦士そのものだった。国王陛下から剣を授かる姿も、王女殿下の手にキスする姿も、全てが宗教画と見紛うばかりに美しい。
「あれが、勇者……」
「ミュラーという姓は聞いたことがありません。おそらく貴族でなく市井の生まれなのでしょうが、それであれほどの美青年とは……」
ほんの三ヶ月前まで、自分がああなることも夢見ていた存在。その本物を目にして、世界には選ばれるべく生まれた人間がいるのだということを思い知らされた。
演台に移った勇者ジークが手を振ると、観衆からの歓声が上がりそして静まる。画面越しに聞く声もまた、力強くも穏やかなテノールだった。
『女神に愛されし全ての方々、私が当代『勇者』、ジーク・ミュラーです。私の本分は魔王の討伐ですが、彼奴が現れるまでの間、獣化症候群を打ち倒すべく旅に出ることとなります。その旅立ちに際し、私は女神様よりふたつの神託を受けたのです。獣化症候群の予防法、そして治療法も、すでに我が手の中にあります』
画面の向こうでもこちらでもどよめきが起こる。国王陛下たちの反応を見るに、おそらく彼らも聞かされていなかったのだろう。
『まず予防法ですが、「羊は聖なる獣である。その毛で織った着物は邪の病を払う」との仰せです。羊毛の服を着ることで、獣化症候群を防ぐことができるのです』
「……スズ」
「……よいのです」
そんな簡単な予防法があると分かっていたなら、スズだって家を追い出されずに済んだだろう。仕方のないこととはいえ酷な話だ。
『続いて治療法なのですが、こちらは容易には叶いません。とある迷宮の最奥にて、病の根源である魔導具が駆動しており、それを手に入れるしか治療の術はないというのです。その迷宮は深く厳しく、毒と魔物に満ちた魔窟。いかなる人間も生きて帰ることは不可能でしょう』
しかし、と拳を振り上げる。
『落胆する必要はありません。私たちがその迷宮を攻略し、必ずや魔導具を持ち帰りましょう。我らが姫殿下と全ての人々のために!』
画面の向こうから上がる歓声を聞きながら、隣を見てふと思う。
ジーク・ミュラーは女神の祝福を受けた勇者だ。きっと、どんな困難も退けて治療法を手に入れることだろう。
でもそうして獣化症候群が治るようになったら、それがスズとのお別れの時なのかな。
「クラトス殿、どうかされましたか?」
「ううん、なんでもないよ」
出会って数週間の仲間の横顔が、少しだけ遠く見えた気がした。
この日、町は、いや国中は祝賀ムードに包まれ、朝まで灯が絶えることは無かった。
そんな喧騒の中、役所の職人がひとり命を落としたというニュースに注目する人は少なく。僕もまた、その事件の参考人として呼び出されて初めて知ることとなったのだった。
ヨーロッパでは(日本でもそうですが)平民は姓を持たないとい時代も長かったですが、この世界では普通にみんな姓があります。
今までの登場人物で例外はニーコだけです。有翼人は家族のつながりが希薄なこともあって、基本的に姓を持ちません。
本当は前話と合わせて1話の予定だったので、あとで統合するかも。




