お抱え職人の実力
「な、なぜ? 腕前はよく分かったろう?」
「ええ、高い技術をお持ちなんだと思います。でも貴方には任せられない。贋作職人、それも王侯貴族に関わるものを偽造しているような人に関われば、僕らにとばっちりが来るかも分かりませんから」
自由気ままだけど、法の世界では立場が弱いのが僕ら冒険者だ。うっかり何か疑いがかかれば、首のひとつやふたつ簡単に飛ぶ。君子危うきに近寄らずの心を忘れるわけにはいかない。
黒曜石を抱え、スズの手を引いて早足に出ていこうとする僕の服の裾を、しかしクニーさんがとっさに掴んできた。
「ちょっと、ちょっとだけ待ってくれ」
「……放してくれませんか」
小さな手なのに思いのほか力が強く、振りほどこうとしてもびくともしない。僕だって冒険者として活動しているのだから少しはレベルが上がっているはずなのに。
そういえば、ここのところレベルを確認していなかったっけ。あとでアリシアさんに頼んでみよう。
「うん、今のはボクが悪かった。キミに盛大な勘違いをさせてしまった」
「勘違い?」
「たしかにあの店にあったのはボクの作った贋作だ。けどボクは贋作職人じゃない」
「言ってる意味が分からないんですが……」
「単純明快、王都にあの髪飾りを納品してる工房も、この機術工房パンゴなのさ」
「真作の職人が、贋作も作っているってことですか? そんなことをすれば、それこそ命が危ないんじゃ」
「いいや、贋作作りも含めた契約なのさ。そして、それが出来る者しか王侯貴族お抱えの職人にはなれない」
わざわざ贋作を作らせる契約。なぜそんなものが必要なのか。
「なんでそんなものがいるのか、って顔だね。簡単なことだよ。あの髪飾りがただの銀細工じゃないことは知っているかい?」
それはスズが言っていた。種々の術式が埋め込まれていて、武器や身分証明になるとか。
「そう、つまり、これがあれば貴族のお屋敷に入って泥棒でも誘拐でもできる。となれば当然、贋作を作ろうとする輩が現れるわけだけど、さてここで問題だ。優れた贋作の条件とは、なに?」
「それは……。真作よりも安く簡単に手に入って、見た目でも性能でも真作と区別がつかないもの、じゃないんですか?」
「うん、正解。では第二問。そんな優れた贋作が欲しい悪党にとって一番邪魔なものは、なに?」
優れた贋作を欲しがる人間にとって邪魔なもの。それは、優れた贋作と見分けがつかず、でも真作として使えないものだろうか。
「……なるほど」
「分かったかな。ボクの作る贋作は、見た目では決して真作と区別できない。同じ職人が作ってるんだから当然だ。あとは術式だけど、そっちはもちろん屋敷に入れないよう微妙に変えてあって、それを確かめるには実際に屋敷に入ろうとしてみるしかない。そんな危険を犯そうとする人間、そうそういるわけがないだろう?」
「いわば、贋作の贋作ですか」
「うまいこと言うじゃないか。ちなみに、術式を照合する術機巧も同じ対策がされてるから、侵入したい悪党は両方の真作を手に入れないといけない。まあ現実的にはほぼ不可能だね」
あえて使えない贋作を裏に流すことで、裏市場を混乱させ安全性を高める。下手に神経を使って門外不出にするよりも信頼できる方法だ。
そしてそれを実現するには、信用が篤く高い技術を持つ職人が求められる。クニーさんはそれをクリアしたのだ。
「……契約書とペン、いただけますか?」
「毎度」
ようやく手を離してくれたクニーさんが、テーブルに戻り契約書をぺしぺしと叩いている。気が変わる前に今度こそサインしてくれという催促のつもりだろう。
促されるまま黒々とした契約書にサインすると、よほど嬉しいのか契約書とダンスを始めた。器用な人だ。
「さてお客さん、石を加工するにしても用途はいろいろあるけど、何が欲しい? やっぱり防具かい?」
テーブルに座り直したクニーさんが、今度は『仕様書』と書かれた板を手に尋ねてきた。なんだかどっと疲れた気がするけど、話はようやくここからだ。
「防具以外も作れるの?」
「もちろん。この特性なら、武器防具の類ならだいたい作れる。多少の向き不向きはあるけどね」
「うーん……」
どうやらクニーさんとしては、ご先祖様と同じように防具を作りたいらしいけど、さてどうするか。なんでも作れると言われるとは思っていなかっただけに悩んでしまう。
そんな僕の代わりに、スズが小さく手を挙げた。
「剣、ではいかがでしょうか。クラトス殿もご自分の武器を作ってよい頃合いかと思いますし、剣でしたら私から扱いをお教えできます」
「いや、僕が使うと決まったわけじゃ」
「この石を手に入れた戦いで、私は何もできませんでした。クラトス殿が使うのが適当です」
「でも……」
「いいですから」
真剣な目。これは、僕が言っても折れないだろう。
「……ありがとう、スズ。そういうわけなんですがクニーさん、できますか?」
「剣……剣ね。できるよ。できるけど……」
「クニー殿? 何やら歯切れが良くないようですが」
「できるにはできるけど、剣を作るならもう一味足した方がいいと思う」
「もっと別の力を加えたほうがよいと?」
「そうだね。今この黒曜石に篭められているのは魔力と謎の力、君らの言葉を借りれば『獣の力』か。そのふたつでも強力だけど、この石にはまだ力を篭める余地がある」
「力を篭める、そんなことができるんですか?」
「ボクら『機術士』の目には、だいたいの素材が穴だらけに見えるんだ。素材に魔力を注ぎ込むと強化されるのはその穴が埋まるからなわけだけど、この黒曜石にはまだ空いている穴がある。だから、そこに別の力を篭めることができる」
『機術士』は武器に術式を付与する職業だとヨハンさんは言っていた。珍しい職業なので僕もよく知らなかったけど、そういうこともできるらしい。
となると、問題はどんな力を篭めるか、だ。
「望ましくは、どのような力を?」
「おそらく、強度はもう十分。可能なら、切れ味を高められるような概念を追加で篭めたい」
「切れ味……」
「切れ味ならそうだな、虫型の魔物から採れる鎌とか牙とかだとあつらえ向きだ。力っていう観点で見れば、あれは切れ味を練って固めたような素材だから」
虫の鎌や牙。それもたぶん、なるべく強力な力を持つものがいいのだろう。
なんだろう、何かあった気がする。
「……あ」
「クラトス殿、あれ、まだ宿屋にありましたよね」
「売ろうとしたところで留置所に呼び出されて、そのままになってたんだっけ」
アントクイーンの頭。
僕とスズが初めて請けた依頼で、綺麗にとれたからと持って帰ってきたひと抱えもある虫の顔だ。当然、大顎もそのままついている。切れ味としては十分のはずだ。
「あるようだね」
「はい。後で持ってくればいいですか?」
「ああ、それを受け取り次第、仕事に着手するよ」
そこで一度宿に戻り、僕はアントクイーンの頭が入ったズダ袋を手にふたたび機術工房パンゴへ。リリィがそろそろ馬子の仕事から帰ってくる時間だから、スズには留守番を任せさせてもらった。
クニーさんは受け取った頭をまじまじと見つめると、満足げに頷いた。
「うん、これなら使える。よくこんなものを持っていたね」
「まあ、運が良かったとしか。それでですね」
「うん?」
「ちょっとだけ、仕様を変更していただきたいんですが、まだ間に合いますか?」
「……聞こうじゃないか」
ひと通り話し終わって宿に戻ると、スズがリリィに読み書きを教えていた。農家生まれのリリィがほとんど文字を知らないと分かって以来、スズはこうして暇を見つけて授業をしてくれている。やっぱり、彼女は将来いいお母さんになると思う。
うん、喜んでもらえるといいな。
貴族の屋敷だけあってセキュリティは堅いわけですが、
「予め本物の鍵がふたつ揃っていれば簡単に通過できるけど、無数にある候補の中から正しい組み合わせを探そうと思うと尋常でない手間がかかる」
というのは、現在でも使われる暗号方式のひとつ「RSA暗号」に近い考え方ですね。RSA暗号をファンタジーでアナログにやろうとしたらこんな感じかなと思って考えてみました。
今回、ちょっと詰め込みすぎましたかね?




