「飼い狐として扱っていただいて大いに結構!」
「……すみません、取り乱しました」
「いや、うん、気持ちは分かるから大丈夫」
呆然とした顔で天を見上げていた自分が恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしている。これはこれで可愛いし、凛とした雰囲気の中にも親しみやすさを感じられていい。が、それも口に出さないほうがお互いのためだろう。
「そ、それで、先ほどの件ですが」
そんな空気を切り替えるように、スズは真剣な面持ちに戻って話題を戻した。しっぽが所在悪そうにパタパタと動いていたが、スズの小さい手がそれも抑えつけた。
「えっと、僕とパーティを組みたいんだっけ。なんでまた急に?」
「ええ、こちらは請い願う身。全てお話しするのが筋でしょう」
そう言って、草原に腰を下ろす。そこそこに長い話のようだ。幸いもう魔物の気配も無いし、羊たちもすっかり落ち着いて草を食べている。付き合ってもいいだろう。
僕も適当な石に座ると、スズは順を追って話しだした。
「まず私の本名はスズ・クゼハラと申します。異国伝来の剣術を受け継ぐ我がクゼハラ家は、剣士や騎士を多く輩出してきた家系。全七十二層から成る難攻不落のダンジョン『暁光の迷宮』を攻略した一族、と言えば伝わるでしょうか」
それは、冒険者に憧れる少年なら誰もが知っている逸話だ。一介の冒険者から身を立て、最高の名誉称号である神聖騎士へと昇りつめた大剣豪ヤマト・クゼハラの武勇譚。二百年以上は昔の話だけど、僕も何度読んだか分からない。
「あれ、でも君は戦士系じゃなくて隠密系の『斥候』だよね?」
「はい、私の母は市井出身の側妻なのですが、そちらの血が濃く出てしまったようで……。風貌も、髪こそクゼハラ家の者らしく黒髪ですが、瞳はこの通り金色です」
言われてみれば、スズの瞳は薄い琥珀色、金色と呼べる色あいだった。なるほど、本の挿絵で見たヤマト・クゼハラの力強い黒目黒髪とはまったく違っている。
たしか髪と瞳、それに肌の色は互いに関わり合っていると聞いたことがある。スズのように黒髪で金色の瞳、肌は色白というのは珍しい組み合わせかもしれない。
「うん、それで?」
「卑賤の側妻の子、さらに職業は戦士系でない『斥候』。そんな私の立場は、クゼハラ家の中では非常に危ういものでした。それでも密偵としての利用価値は認められ、家に身を置くことを許されていたのですが……」
「獣化症候群にかかってしまった?」
「仰る通りです。このような耳と尾があっては、密偵なのに目立って目立って仕方ありません。治るまで貴様の居場所は無いものと思えと言われた私は、治療法を探すべく家を出ました」
「でも、見つからなかったんだ」
「探せど探せど、耳に入るのはどんな名医にもお手上げという情報ばかり。ならば秘宝・秘薬の眠るダンジョンへ足を伸ばそうと、そう考えました。そこでパーティを組もうとしたのですが、低レベルの下級職ではどうも貰い手がおらず……」
せめてレベルを上げようとひとりで旅して回っていたら、僕と出会った。そういうことらしい。
僕は生まれも育ちもただの村人だったから、ハズレ職業でもそれなりに上手いこと生きてこられた。でも世の中には、そういうわけにはいかない事情の人もいるらしい。スズもかなりの苦労をしてきたのだろう。
「じゃあ、僕とパーティを組みたいって言うのは……」
「ほかでもありません。ともにダンジョンを攻略し、この病を治す方法を探していただきたいのです。先ほどホブゴブリンを屠った力があれば、けして夢物語ではありません!」
これは、チャンスだ。
『獣使い』なんて、ギルドに行っても誰もパーティに入れてくれないだろう。それが、相性のいいらしい冒険者とパーティを組むことができる。しかも目的が薬探しとなれば、「難病の秘薬を持ち帰り神聖騎士になる」という僕の夢にも近いじゃないか。
「でも、いいの? 僕と組んでしまったら、それこそ獣として戦うようなものだけど……」
「う……」
僕の指摘に、スズも思わず後ずさる。さっきまであれほどショックを受けていたのだ、この反応も当然だろう。
だが、スズにとっても背に腹は代えられないらしい。
「……構いません。クラトス殿さえよろしいのなら、私はあなたの犬、いえ狐になりましょう。もとよりこちらから申し入れたこと、飼い狐として扱っていただいて大いに結構!」
「そこまでは言ってないよ!?」
一瞬、首輪をつけたスズが庭に繋がれているのを想像してしまった。正直言ってけっこう嫌いじゃない。
女神様、罪深い僕をお許し下さい。
ともあれこうして、羊飼いだった僕にパーティメンバーができた。
僕のパーティ、現在二名と羊が十頭。
<獣使い、狐耳の美少女を手懐ける・完>
普通の狐は、人に懐きにくいのでペットには向かないそうです。残念。
次章『獣使い、捨て猫幼女をひろう』