きっと、またいつか
「死んだ!?」
「正確には死んでいた、だ」
瓦礫の山から救助された僕は、そのまま丸一日寝込んでいたらしい。ようやく目が覚めるとギルドから呼び出しがかかっており、そこで待っていたアリシアさんから例の『薬剤師』が死んだことを告げられた。
「そんな、ちゃんとガーゴイルの下に引っ張り込んだはずなのに」
「ああ、だが不運にも小さい石片が頭に飛んできたようでな。当たりどころが悪く息絶えてしまったらしい」
「不運にも、って……」
思えば、名前すら聞いていない。奴らが何者だったのか、『雇い主』が誰だったのか、これで全ては地中に葬られてしまった。あんな非道な実験をさせた人間が裁かれないなんて許されていいはずがないのに。
天の気まぐれに唇を噛む僕の肩に、アリシアさんは手を置いた。
「クラトス君の気持ちは分かるが、それでも君の働きは十二分なものだった。胸を張っていい」
「アリシアさん……」
「近々ギルドから正式な報奨が出るだろうが、すでに決まっているだけでもすごいぞ。もともとの依頼だった行方不明者の発見に加え、亜人との和睦や人体実験の摘発にも特別報奨が出る。それだけじゃない。事の次第では、国から勲章すら届くかもしれん。これを大金星と言わずしてなんという」
この事件で失われたものは多い。五人の人命に、町の名前の由来であるリンバス城も一部を残して崩落してしまった。でも、行方不明になっていた残りの十四人――僕らが把握していた十五人の他に、身寄りのない冒険者が四人いたそうだ――は全員、僕らに感謝しながら元の生活へ帰っていったという。僕が目覚めた時、枕元に山と積まれていた花束とお見舞いの品々がその証だ。
「……はい! ありがとうございます!」
「うむ、それでいい。不足を悔いるより武勲を誇る、それが冒険者だからな。もう君を一人前の冒険者と認めない者はこの町にはいないだろう」
「いやそんな、一人前なんてまだまだ……」
「というわけで、一人前の冒険者である君に最初の仕事を与える。ついてこい」
「はい?」
そのまま説明もなく、ギルドの外に連れて行かれた。そこには、田舎町には不釣り合いな上品な馬車と。
「何を言われたってぜったいに動かないッス!」
小柄な赤髪の『聖騎士』、レオが居座っていた。そばにはスズとリリィもいるが……何やら揉めているようだ。
「で、でも貴方の王都到着にも期日がありまして、もう出発しないと本当に間に合わなくなってしまいます。一分一秒を争うのです」
どうやら、あの上品な馬車は王都からの使者らしい。
そういえば、レオと出会った日から一週間で迎えの馬車が来るって言ってたっけ。でも、僕らが地下に入ったのがレオと出会って六日目。あれから二日たったから今日で八日目だ。もうその日は過ぎている。
……なら、レオがまだここにいるということは。
「お世話になった人にはきちんとありがとうを言え、ってじーちゃんにも口酸っぱく言われてるッス。クラトスさんに会うまで、ぜっっっったいにここを動かないッスからね!!」
つまり、待たせているのだ。王都からの迎えを。王室からの呼び出しを。なんてこった。
「えーっと?」
「君の任務は、彼女にさっさと別れを告げて王都に向かわせることだ。いや、君が早めに目覚めてくれて本当に助かった」
ハハハと苦笑いするアリシアさん。いや、割と笑い事じゃない。
本当に笑えない事態になる前に収拾をつけるべく、僕は慌ててその場に駆け寄った。
「レオ!」
「おお、クラトスさん! 出発の前にお会いできてよかったッス!」
僕に会うまで出発しないつもりだったくせに。嬉しいけど。
「もうお別れなんだね」
「そうみたいッスね。ホント、クラトスさんには何もかもお世話になったッス。ありがとうございます!」
「僕の方こそありがとう。短い間だったけど、一緒に冒険できて本当によかった」
勢い良く頭を下げたレオに、僕も頭を下げ返す。感謝する時は礼をするのが彼女の村の風習なのだろう。
思い返してみても、この型破りな第一級冒険者との一週間は語り尽くせないほど濃厚だった。それを振り返りたいのは山々だけど……そろそろ切り上げないと後ろで冷や汗をかいている使者さんたちが可哀想だ。
「じゃあレオ、またいつか」
「ええ、きっと! スズさんもリリィちゃんも、あとニーコさんもお元気で!」
目立つのを避けてかニーコはこの場にいないが、たぶん風に乗って声は届いているだろう。
「ばいばい」
「お達者で。縁があればまた会うこともあるでしょう」
「絶対に会えるッスよ。会うべき人とは星の巡り合せで何度でも会う、ってじーちゃんも言ってましたし。それに、星がなんと言おうと会いたくなったら歩いて会いに来ればいいッス!」
レオはこれから王都へ行き、勇者の登場を待って魔王討伐の旅に出る。そうなったら自由に動き回れなくなるのが普通かもしれないけど、レオならきっと会いに来てくれるだろう。もちろん、僕らだってそうしたくなったらそうする。それが冒険者だ。
「でも今度はちゃんと地図を見ようね?」
僕の声が届いたかどうか、馬車の扉が閉まる。慌ただしく走り出した馬車が東の丘の向こうに消えるまで、僕らと町の人たちは手を振り続けた。
「行っちゃったね」
「ええ」
頬を撫でる風が心地よい、晴れた日のことだった。
これにて『獣使い、本物に遭う』完結です。
ここまでで約9万2000字、薄めのラノベ1冊ぶんの文字数となりました。お読み下さった方、ブクマや評価を下さった方、そして感想を下さったリーフさんに名無しさん、本当にありがとうございます。
本章はクラトスが本物の亜人ニーコに加え、第一級『聖騎士』という本物の英雄候補にも出会う内容でした。いろいろと後始末が残っていますが、それはまた改めて。
次章『獣使い、狸に怒る』
スズ、ニーコ、そしてもうひとりの仲間を得たクラトスがいよいよダンジョンに挑みます。姿を隠していた勇者も動き出し、ひとつの山場となる章です。
お付き合いいただけると幸いです。




