地の底からの帰還
「これで……!」
「ひっ」
「終わりだ!!」
振り抜いた拳が顎に入り、『薬剤師』の男は後頭部から地面に倒れ動かなくなった。使役職のパンチじゃ威力もたかが知れてるけど、当分起きてはこないだろう。
「クラトス殿、お怪我はありませんか……?」
「うん、レオとニーコが頑張ってくれたから。スズもありがとう」
力が抜けて座り込んでしまった僕の横に、スズが寄り添ってくれた。自分もフラフラなのに。
でも、おかげで実感が湧いてくる。この事件に関わってからここまで予想外の連続だったけど、どうにか勝てたんだ。
「い、いえ。詳しい経緯は分かりませんが、どうやら皆の一大事に眠りこけていたようで……。面目ありません」
「けど、土壇場で助けてくれたじゃないか。どんな職業だろうと、やっぱりスズは最高の騎士だよ」
「……ありがとうございます」
耳まで赤くしたスズを見て、やっぱり褒められ慣れてないんだなと実感する。家では本当に厳しく冷たく育てられていたのだろう。
そんなスズも納得してくれたところで、今後のことを考えないといけない。
「さて、と。牢に残ってる人も合わせれば六、七人は動けない人がいるのかな」
「特に一人は拘束し見張らねばなりませんし、我々ふたりで運ぶには少々無理があるかと」
「うん、でもヨハンさんが助けを呼びに行ってくれてるから、待っていればそのうちギルドの人たちが来ると思う」
「ヨハンというと、エレナ殿のご令孫の?」
「うん、ここに捕まってたみたい」
「依頼も達成できたのですね。それは良かった……」
思えば、孫を探してほしいっていうおばあさんの依頼から始まったんだった。それがまさかこんな大事になるなんて誰が想像しただろう。
と、苦笑いした瞬間、身体が小さく持ち上がった。
「……うん?」
座り込んだ地面の下からの、突き上げるような衝撃だった。たとえばそう、何かが爆発したような。
「クラトス殿、今……」
「気のせい、じゃないよね」
そういえば奴らが言っていた。この地下には、爆薬が仕掛けてある、って。
それを思い出すや否や、地下室が大きく揺らいだ。
「く、クラトス殿、これは!」
「奴らの仕業だ! 地下室が崩れる!」
なんて置き土産だ。このままじゃ生き埋めにされてしまう。
「クラトス殿、ここはとにかく脱出を!」
「でも、動けない人たちが!」
「ど、どうすれば……!」
つべこべ言っている時間はない。今すぐ動かないと誰も助からなくなる。
考えろ。ひとりでも多く、いや、全員を活かす方法を。何が使える。何を知ってる。何ができる。必死に周囲を見回して、ひとつだけわずかな可能性を見つけた。
「……スズ、手伝って! 僕ひとりじゃ無理だ!」
「は、はい! しかし如何するのですか!?」
「癪だけど、奴らの技術を信じるしかない!」
グランドガーゴイルに破られた天井がさらに崩れだす中、重い身体に叱りつけて僕らは立ち上がった。
………………。
…………。
……。
「……!」
声?
「……い!」
真っ暗だ。何も見えない。手足も動かない。なぜだろう、僕はどうしてこんなところにいるんだろう。
「……こだー!」
そうだ、僕は行方不明の人たちを探して地下に潜って、魔物と戦って、それで……。
「返事しろ、トッシー!」
「こ、こ……!」
声が出ない。精一杯叫んでいるつもりなのに、かすれたような音が出るだけだ。
「くそ、この辺じゃないのか?」
「ここ、で、す……!」
届け。届け届け。すぐ近くで僕らを探している。届けば助かる。
「も、【猛獣調教】で、命ずる……! 『こっちへ来い』……!」
力を振り絞って職能で呼びかける。が、返事はない。
「どうする兄弟」
「仕方ねえ、いったんアリシアさんと合流するか」
ダメか。届かないのか。
そう諦めかけた瞬間、遠くから小さな地響きが聞こえてきた。
この足音、この数、この声は。
「メエエエエエエエエ!」
「うお!?」
「オルトリス、ここ、ここ掘って」
「な、なんだこいつら」
「はやく……!」
石をどかす音が、次第に近づいてくる。メエメエという鳴き声に混ざる人の声も増えてゆく。
やがて、僕の視界に光が差した。
「い、いた! いたぞおおおおおおお!!」
「おい、アリシアさん呼んでこい!」
「もう来ている。まったく、大した連中だな。よもや咄嗟に魔物の下へ逃げ込むとは」
狭い空間から引っ張り出される感覚。光に眩む目を細めて見れば、リンバス城だった瓦礫の下から次々に人が運び出されていた。スズ、続いてレオ、ニーコ、そして地下牢に残っていた人たちに、あの『薬剤師』の姿も見える。
その上には、僕らを崩落から守った黒曜石の獅子像が、ところどころ欠けながらもしっかりと立っていた。
助かった。助かったんだ。助けられたんだ。
左手にリリィの掌、右手に羊たちの舌を感じながら、僕は気を失った。
黒曜石は硬いけど脆い石ですので、本来は落盤に耐えられるような素材ではありません。グランドガーゴイルとして魔力と獣の力を注ぎ込まれていたからこそ、作中のようにクラトスたちを守ることができたのです。
ですので、みなさんは実験台として地下牢に捕まった挙句に生き埋めにされそうになったとしても、決して黒曜石で身を守ろうとはしないようにしましょう。
次話で、2章『獣使い、本物に遭う』は完結です。もう少しだけお付き合いください。
(……1章『獣使い、捨て猫幼女を拾う』のアントクイーン戦は獣使いとしての能力を活かした戦いだったので、対する本章では少し捻ってみました。が、初めてブクマがゴリッと減りました。小説って難しい)




