『突風』
「丁字路を右へ、その後を直進、三つ目の角を左に折れて突き当りの赤いドア……あれか!」
クニーから教わった『実験室』に至るまでの道を、警戒のためネズミとコウモリに先導させて走る。罠はともかく、人間に全く会わないのが不気味だが気にしている余裕はない。
赤いドアに体当たりすると、鍵が壊れたのかかかっていなかったのか簡単に開き、僕は中へ転がり込んだ。
「これは」
元は拷問部屋か何かだったのだろうか。かなり広く、そして陰気な部屋だ。
その壁には、薬草や液体の詰まったビンの並ぶ棚。
隅にはガラスの器具が並ぶ机。
中央には拘束具のついたベッド。
そんな、物語でしか見たことのなかったような光景の中に、二十人近い人間がバタバタと倒れていた。
「お前は、さっき罠にかかったガキ!」
「どうやって出てきた!?」
無事な人間も数人いるようで、研究者然とした男たちが突然飛び込んできた僕に驚いている。だが、僕の目に入ったのは、彼らの足元に転がるふたりの少女の姿だった。
「スズ! レオ! 大丈夫!?」
「クラトス、さん……」
レオはかろうじて意識があるが、スズは完全に気を失っている。そんなスズを、男たちのひとりが抱え上げた。首筋にナイフが突きつけられ、細い血の筋が首を伝う。
「スズに触るな!」
「おっと、余計なことは考えるなよ小僧。月並みな台詞だが、おとなしくしないとこの女がどうなるか分かるな?」
「それはこっちの台詞だ! この施設の場所はもう外にも伝わっている! 少しでも処罰を軽くしたいのなら、スズを解放しておとなしく投降するんだ!」
「おやおやそれは恐ろしい。なら、我々は秘密の抜け穴から脱出するとしよう。この施設を爆破して、な」
「なっ……!」
「こちらは『薬剤師』を含む薬品のエキスパート集団だ。毒から魔法薬から爆薬まで、薬と名のつくものなら自在に扱えるのだよ。設備や薬品を全て持ち出せないのは残念だが、一定の成果は出たし問題ない」
「二級職業の『薬剤師』まで……? お前らの目的は何だ!?」
「そう聞いて悪役が答えてくれるのはお遊戯会の演劇くらいだ」
「くっ」
動けない。レオは立ち上がることもできないし、僕にも複数人を相手に戦ってスズを奪い返す力なんて無い。さっきまでネズミを操っていい気になっていたのが馬鹿みたいだ。
「こっちの赤髪の女はどうします?」
「薬が効いて朦朧とした状態で十七人を殴り倒した女だからな……。うかつに連れ歩けば手を噛まれる。惜しいが置いていけ」
レオを放置し、男たちは書類を携えて次々と背後のドアへと向かう。
どうする。どうするどうする。
時間を稼いで、ヨハンさんたちがギルドに知らせてくれるのを待つか? ダメだ。そんな悠長なことをしている間に相手はどこかへ行ってしまう。
なら玉砕覚悟で戦うか? そんなの何の意味もない。
僕が何も思いつけないまま、スズにナイフを突きつけた男もジリジリと後退し、他の男たちが消えていったドアの前まで移動した。そのドアは大きく重く、さっきのように僕の体当たりで開くようなものではない。あの向こうに逃げられたら終わりだ。
「では、ごきげんよう。落盤に巻き込まれないように女神様に祈るのだな」
もう止められない。ここはレオを連れて落盤を逃れ、奴らの足取りは改めて追うしかないのか。果たしてそんなことができるのか。できたとして、その時スズは無事なのか。でも、それ以外の選択肢があるのか。
僕の思考が完全に行き詰った、その時。
「スズちゃんにひどいことしないで」
風向きが、変わった。
この流れで言うのもなんですが、地下実験室っていいですよね。何がとは言いませんが、いいですよね。




