山穿つ甲の乙女
「来たね悪党。もしボクらに手を出そうっていうのなら、そのカラッポの脳天が真っ赤なお花を咲かすと思ってもらおうか」
中にいたのはふたり。まず、リリィと同い年くらいの女の子。ウサギのような耳が力なく下を向いている。
そしてその子を庇うように立つ、こちらは二十歳くらいだろうか。頭には何かの動物の耳を揺らし、両手には石を握りしめた、実に守り甲斐のありそうな女性がこちらを睨んでいた。
「い、いや、僕はあなた達を助けに来た冒険者で……」
「近寄るな」
「ですから僕らは味方で」
「最後通牒だ。これ以上寄るなら的をキミの粗末なナニに変更する」
「ひっ」
思わず内股になった。まだ使う予定は無いけど流石に困る。
なんだろう、ヨハンさんから聞いていたリーナさん像とだいぶイメージが違うんだけど。ここは面識のあるヨハンさんに頼もう。
「どうしたクラトス。入らないのか」
「すみません、リーナさんに信用されなくて。ヨハンさんが説得してもらえませんか」
「よし、任せろ。リーナ、俺だ。入るぞ?」
これでもう大丈夫。ヨハンさんが顔を見せればリーナさんたちも安心するだろう。
「もうひとりいたのか。だが群れようと同じ。脂で揚げたソーセージになる前に消え失せろ」
……あれ?
ヨハンさんの顔を見ても、リーナさんが警戒を解かない。何故だろうと思っていたら、リーナさんの後ろにいた女の子が不意にこちらへ飛び出した。
「ヨハン! 来てくれたのねヨハン!!」
「リーナ! おお、おお、リーナ!! 俺はいつだってお前の元へ駆けつけるぞ!」
「愛してるわヨハン!!」
「俺も愛してるぞリーナ!!」
「…………あれ??」
二十代半ばのヨハンさんが、リリィと同じか少し年下くらいの女の子と熱い抱擁を交わしながら愛の言葉を囁きあっている。
僕はてっきり、二十歳くらいの女性の方がリーナさんだと思ったのだけど、大きな勘違いをしていたようだ。
「リーナさんって、そっちだったんだ……」
通りで世間から隠れて付き合っていたわけだ。まあ愛の形は人それぞれだし、そういうカップルがいてもいいだろう。
でも、リリィを紹介するのはやめておこうと思う。
「あの幼女趣味の筋肉男は?」
反応しきれずにいたリーナさん改め投石の上手い女性の方も、ようやく口を開いた。しかし状況は飲み込めないようで怪訝な顔をしている。
「どうも、リーナさんの恋人だそうで」
「ふーん。じゃあキミは?」
「僕はクラトス。救助に来た冒険者です」
「ボクはクニーだ。なんだ、それならそうと言ってくれればよかったのに」
言ったんだけどなぁ。
彼女の投石が掠めた頬から流れる血を拭いながら、僕はなにも言えなかった。
「出口までの経路も案内できます。すぐにここを出てください」
「じゃあ、ボクらはもう助かるんだね?」
「ええ、もう大丈夫です。これから……」
出口まで誘導するネズミを見繕う。
そう言おうとしたところで、女性の膝が折れて埃だらけの床に倒れ込んだ。鱗のようなものに覆われた太い尻尾も力なく垂れている。
「ちょ、ちょっと! どうしたんですか!?」
「すまない。少し気が抜けた」
「クニーお姉さん、もう何日もロクに寝ても食べてもいないから……」
慌てて助け起こしてみて気づく。目の下にはものすごいクマができ、薄汚れた頬もひどくこけている。きっと、リーナさんを守るために何日も神経をすり減らしていたのだろう。
「ヨハンさん、彼女のことをお願いできますか」
「ああ、リーナの恩人だからな。俺が責任を持って外まで連れて行く」
「ちょっと待ってくれ。クラトスといったか、もしかしてだけどキミに女の仲間はいるかい? 黒髪と赤髪の、ふたりとも十代の娘だ」
「い、います! ご存知なんですか!?」
間違いない、スズとレオだ。おそらくついさっきまで、彼女たちもここにいたのだ。
「そうか。なら、そこの丁字路を右に曲がった先へ急いだ方がいい。奴らの趣味なのか何か理由があるのか分からないが、奴らは女性から優先に連れて行くみたいなんだ」
「連れて行くって、どこに?」
「実験室さ」
実験室。
予想もしなかった言葉が、彼女の口から飛び出した。
クニーの獣化モデルは『センザンコウ』という動物です。全身を鱗に覆われた哺乳類で、同じく鱗に覆われた長い尾が特徴。防御を固めた外見ですが、その尾を振り回して肉食獣を撃退する攻撃的な面も併せ持っています。
ちなみに『クニー』とは、センザンコウの革で作る楽器の名前です。猫にシャミセンって名付けるようなものですが、まあ異世界ですし許されるでしょう。少なくとも小学生と付き合うよりは罪は軽いはず。




