守ってあげたい系彼女
「自分の足で走れる方は外へ向かってください! そのネズミについていけば大丈夫です!」
「動けない奴はそのまま中にいろ! じきに助けが来るはずだ!」
ネズミが鍵を開けた扉から、次々と捕まっていた人たちが出てゆく。僕の【猛獣調教】で操ったネズミが彼らを出口へ案内してくれるだろう。
「クラトス、あんたすげえな!」
「『獣使い』は、これだけが取り柄ですから」
ヨハンさんには謙遜しつつも、実は少し鼻が高い。他の職業にはできない、僕だけの特技が役立ったのだから。
そうしているうちに避難が済んでみれば、牢に残った人と合わせて十人、全員が獣化症候群患者だった。これはおそらく偶然じゃない。
でも、その理由を詮索するのは後だ。
「よし、自力で出られる奴はあれで全部だな」
「ええ。ではヨハンさんも早く脱出を!」
「あんたは来ないのか?」
「仲間が捕まっているはずなんです。置いてはいけません」
これは推測だけど、僕を昏倒させたのはたぶんガスか煙の眠り薬だ。だとすれば、先に入ったレオも、僕と一緒にいたスズも同じように囚われの身だろう。
そんなの、悠長に構えていたら取り返しのつかないことになりかねない。
「そうか、仲間が……」
「ええ、だからヨハンさんは先に外へ出て、ギルドに救援を頼んでください」
「いや、待ってくれ。俺も連れて行ってくれないか」
「え、でも……」
「俺の恋人も捕まってるんだ。無力な彼女を残して俺ひとりだけ逃げられない」
二週間近く捕まっていたとは思えない気力だ。きっと来るなと言っても勝手に来るに違いない。危険はあるけど、一緒に行動した方がいいだろう。
「分かりました。ただ僕も決して強いわけではないので、過信はせず自分の身は自分で守るよう心がけてください」
「ああ! 鉄を打って鍛えた腕力を見せてやる!」
ここは地下牢、ネズミやコウモリはいくらでもいる。手近な数匹に「人間の女がいる場所へ連れて行け」と命令してみると、一匹のネズミが出口とは反対方向へ駆け出した。
「よし、追いかけましょう!」
「待ってろよ、リーナ!」
リーナというのが恋人の名前だろう。ネズミを追う表情から、大切な人だということが伝わってくる。
「ところで、なぜリーナさんが捕まっていることを?」
「……リーナと俺は、秘密の付き合いでな。反対されると思って、ばあちゃんにも隠してたんだ」
「はあ」
言われてみれば、エレナさんに教えてもらったヨハンさんの交友関係にもリーナという名前は無かった。本当に秘密だったのだろう。
「その日も、人目につかないよう夜がふけてから家を抜け出してリーナに会いに行ったんだ。そうしたら、寝間着のままフラフラと家を出て行くリーナを見つけた」
リリィと同じだ。夜のステージをしていたニーコの歌が届いてしまったのだろう。
「それで、後を追ったんですか?」
「ああ。だが、俺が追いつく前に誰かがリーナを連れ去っちまった。慌てて駆けつけようとしたら、俺も後ろから誰かに殴られて……」
「気がついたらここにいた、と」
「くそ、リーナは俺が守ってやらないといけなかったのに! 彼女に何かあったら、俺は自分を許せねえよ……!」
間違いない。リーナさんを拐い、ヨハンさんを襲ったその連中こそ、この行方不明事件のもう一組の犯人だ。やはり敵は地下に潜んでいたのだ。
と、僕らの前を走っていたネズミが立ち止まった。
「見てください! 前!」
「あの牢か!」
僕らを誘導していたネズミが、『008』と刻まれた牢の扉を引っかいている。扉のせいで中は見えないが、あそこが女の人達が捕まっている場所に違いない。
「えっと……これかな?」
幸い、僕らの牢の鍵がついていたのと同じ束に『008』の鍵もついていた。錆びかけた鍵を差し込んで回すと、ガチリと重い音をたてて扉が開いた。
「スズ! レオ!」
勢いそのままに牢の中へ飛び込む。そんな僕の左頬を。
「へ?」
こぶし大の石が掠めて壁にぶつかった。
「来たね悪党。もしボクらに手を出そうっていうのなら、そのカラッポの脳天が真っ赤なお花を咲かすと思ってもらおうか」
中にいたのはふたり。まず、リリィと同い年くらいの女の子。ウサギのような耳が力なく下を向いている。
そしてその子を庇うように立つ、こちらは二十歳くらいだろうか。頭には何かの動物の耳を揺らし、両手には石を握りしめた、実に守り甲斐のありそうな女性がこちらを睨んでいた。
まあ、自分で戦おうとする心意気がある子の方が守り甲斐はありますよね、たぶん




