志す者の矜持
「ねえニーコ、約束、忘れちゃったのかな?」
「ぴぇ?」
山の中腹、木々が生い茂り獣道すらない場所。スズの【蛇の眼】でどうにか居場所を突き止めた僕らに気づくと、ニーコは緑色の羽根をパタパタ羽ばたかせてこちらへ飛んできた。
さっそく歌おうとするニーコを制止し、僕は話を続ける。
「町の近くでは歌わない。僕たちと、そう約束したよね」
「ニーコ歌ってないよ?」
「ウソ言ったってダメッス。また町で二人もいなくなったんスから」
「でもニーコ歌ってないもん」
嘘を言っている様子はないが、どうだろう。気まぐれに歌って、そのことを忘れているのかもしれない。だとしたら相当に厄介だ。
「どうしようか、このままじゃいつまでたっても行方不明者がいなくならない」
「今回に至っては、どこに消えたのかも分からないッスからねぇ。もうどこか遠くへ行ってもらうしか」
「ぴぇ……」
「クラトス殿、あの……」
黙って聞いていたスズが少し遠慮がちに僕の肩を叩いた。
「どうしたの?」
「今回の行方不明者二人まで彼女のせいと決めつけるのは、いささか早計ではないでしょうか?」
「いやいや、昨日あんだけ人を集めてるのを見といてそりゃないッスよ」
「スズ、他に心当たりがあるの?」
「いえ、そういうわけではないのですが……。少し、私にお時間をいただけませんか」
「それはいいけど……」
「ニーコ、降りてきてもらってもいいですか? 私とお話ししましょう」
「ぴぇ……?」
スズが手招きすると、ニーコが羽を畳んで降りてきた。地上に立ったところは昨日も見たけど、やはり小さい。体型の違いもあって身長はリリィより下だろう。そんなニーコに、スズはしゃがみ込んで視線の高さを合わせた。
「ニーコ、私たちのことは覚えていますね?」
「前の前の夜に会ったおにーさんとおねーさん……」
「そうです。そういえば自己紹介がまだでしたね。私はスズといいます」
「スズちゃん」
言い聞かせるように、ゆっくりと。ニーコと目を合わせながら聞いてゆく。
「そうです。では、私たちと約束をしたのを覚えていますか?」
「歌、聞きに来てくれるって言った」
「そうですね。それだけですか?」
「羽根なしさんたちがたいへんになるから、町の近くで歌わない」
「よく覚えていますね。私たち人間の都合なのに、貴方はすぐ約束してくれました。では、貴方はその約束を守ってくれましたか?」
「まもったよ?」
「本当ですね?」
「ホントだよ」
「本当に、本当ですね?」
「ホントにホントだもん! ニーコ、バカだけどウソつかないもん!」
「分かりました、ありがとうございます。それなら、貴方は何も悪くありませんね。疑ってごめんなさい」
「ぴぇー?」
立ち上がったスズを見て、やっと気づいた。僕はこのスズを知っている。
リリィのためにリリィの故郷へ行こうと言った時の、自信なさげで、でも譲れないものがあるスズだ。
「クラトス殿、提案させてください。すぐリンバスに戻り、手がかりを探しましょう」
「いやいやスズさん、何言ってるんスか。どう考えたってその子にもっと聞くことがあるでしょ」
「彼女は、私たちのことも、私たちの約束も覚えていました。私たちの姿を見て寄ってきたことからもそれは明白でしょう。その本人が、こうまで嘘でないと言っているんです。これ以上ここにいても分かることはありません」
「いやいやいや、だってその子は」
「オーレリア」
レオの言葉を、スズはぴしりと遮った。スズが人の話を遮るところなんて初めて見た。
「私は騎士と戦士の家に生まれ、育ちました。職業こそ『斥候』になりましたが、そこで培った騎士の精神は忘れていません。反対に貴方は市井に生まれ、女神からその称号を得ましたが、騎士には変わりないでしょう」
「ま、まあ『聖騎士』も騎士のウチでしょうけど……」
「その騎士が雁首揃えてやることが、嘘でないと訴える子供を問い詰めることだと貴方は仰るのですか。どうかお聞かせ願います」
「い、いやいやいやいや、それとこれとは」
「そもそも、昨日の一件で戻ってきたのは十五人。全行方不明者の半分に過ぎません。残りの十五人までニーコが原因とする根拠は何も無いではありませんか」
「いやいやいやいやいや……」
なんだか不思議な光景だ。言い方は悪いけれど、騎士の家のはみ出し者が騎士の頂点をやりこめている。もうスズは僕にも止められないだろう。
それに。
「く、クラトスさーん、なんとか言ってやって欲しいッス」
「僕も、スズの言う通りにしたほうがいいと思う」
「むぇ!?」
「クラトス殿……!」
今はまだ羊飼い兼駆け出し冒険者だけど。
僕だって、騎士を目指してる。女神から与えられる職業ではなく、力と功績と人格に与えられる最高の称号『神聖騎士』を。そんな男が子供を疑って泣かしていたらお笑い草だ。
「もう一度、今度はきちんとギルドの力を借りて情報を集めよう。十五人をなんの痕跡も無く誘拐して隠すなんて、常識的に考えて不可能だ」
「そりゃそうでしょうけど、たっくさんの人たちが探してダメだったんスよ? そう簡単に見つかるんスか?」
「まだ分かりません。地下室や隠し部屋という可能性もあります」
「それこそ探しようがないッスよそんなの……」
「ねーねースズちゃん? ちかしつ? かくしべや? ってなにー?」
ニーコがスズの名前を呼んで革鎧を引っ張っている。味方と認めたのかもしれない。
それにしても、そうか。空を住処とする有翼人種には地下室、というより密閉した部屋という概念が無いのか。言われるまで気づかなかった。いや、ニーコが忘れているだけという可能性も否定しきれないけども。
「地面を掘って作った、人が入れる穴のことですよ。地面の上からは見えないものを地下室と呼びます」
「ニーコそれしってる! 昨日みた!」
「はい!?」
ニーコに聞いても分かることはないと言ったばかりだが、そんなことはなかったようだ。
「ば、場所は覚えていますか? 案内してもらっても?」
「いいよ! こっち、こっちー!」
「そっちは……」
そう言ってニーコが向かう先は、北東。つまり僕らが来たリンバスのある方角だった。
「昨日の枯池の近くにあるんスかね?」
「分からない。とにかく着いていこう」
そんなレオの予想を裏切り、ニーコは昨日まで歌っていた枯池をかすめてさらにリンバスの方へ歩いてゆく。やがて山の木立が途切れたところで、ニーコは前方を指差した。
「あそこの下に、でっかい穴あるよ!」
「り、リンバスの中ッスか?」
「ニーコ、あの町のどこですか」
「あのでっかい石のやつの下らへん!」
「リンバス城址……?」
城址の町リンバス。その名の由来となった古城・リンバス城がそこにあった。
順番が前後した気がしますが、ニーコの名前の由来について。
ご存知の方も多いかもしれませんが、ハルピュイアは姉妹の怪物です。次女オーキュペテー、三女ケライノー、四女ポダルゲー、そして長女のニーコトエー(アエローとも)の四姉妹です。
ニーコの名前は、この中で『突風、疾風』を意味するニーコトエーからとっています。




