和解と約束、そして
「クラトス殿、草にこんな紙が混じっていました」
束の中から、スズが一枚の紙片を取り出した。草の染みがついているがそれほど古くはなく、両面に何か描かれている。
「表は、薬草の絵だね」
「裏面は手紙のようです。ええと……」
『ニーコと出会った方へ。私はベント。行商人をしています。スギノ山脈を移動中、崖から滑落したところを、そこにいるであろうニーコに助けられた者です。もしかしたら彼女がご迷惑をおかけしたかもしれませんが、決して悪い子ではないので許してあげてください。何か金銭的な損害がありましたら、お金になる薬草を集めるよう教えてありますので、そちらを換金して充ててください』
スギノ山脈という地名は聞いたことがない。どこから来たのかニーコ本人も覚えていないが、かなり遠くから飛んできたのだろう。
「……よい縁に恵まれたようですね」
「待って、まだ続きがある」
『たぶんこの手紙が読まれている頃には、彼女は私のことも薬草集めのことも忘れていると思います。むしろ薬草を持っていることすら忘れているかもしれません。親切な方、どうかもう一度同じことを教えてあげてください。 行商人 ベント・アルベント』
「……ニーコ、ベント・アルベントって人のこと、知ってる?」
「おべんとー?」
「そっか、ありがとう」
「彼女のことをよく理解されていた方だったようですね」
「とりあえず、お金関係はこれで解決かな」
さっきからアリシアさんが【鑑定】で薬草を値踏みしているが、脇で見ている冒険者たちから時折どよめきが上がっている。相当な額になっているらしく誰もニーコのことを気にしていない。
「みたいッスねー。ギルドが悪巧みしてるんじゃーって疑ったりしたけど、ぜんぜん関係なかったッスね」
「うん、ごめんね。スズの言うとおりにすぐギルドへ相談すればよかったかも」
「い、いえ! 慎重で思慮深いことはクラトス殿の美徳ですから!」
「え、あ、うん。ありがとう」
そう面と向かって言われるとなんだか面映い。
ともあれ、大方の問題は片付いた。行方不明者の家族への連絡や薬草の換金なんかは、ギルドに任せておけばいいだろう。ならば、あと残るは。
「リリィを拐った落とし前つけさせようって言ってたけど、どうしようか……?」
「……とりあえず、貸しにしておきましょう」
お金で済ませていい話ではないし不問というのは筋が通らないので、無期限の貸しということにする。そういうことだろう。
「スズさん、難儀な性格してるッスね」
「大きなお世話です」
「ねーねーお兄さーん」
「どうしたの?」
「歌、きいてくれるんじゃないのー?」
うずうずした表情で僕の顔を見上げてくる。そういえば、そんな命令で捕まえたんだった。
「やっぱり、また今度でいいかな?」
「ぴぇ?」
「ご、ごめん」
「ぴぇー……」
だいぶがっかりしている。悪いことをした気分になるが、ここで妙な歌を歌われたらもっと大事になるかもしれないし仕方ない。
「じゃあ、また今度山の方まで聞きに行くから。それでいい?」
「いい!」
「だから、それまで町の近くで歌っちゃダメ。わかった?」
「わかった!」
返事はすごく良い。返事は。
「大丈夫でしょうか……」
スズは不安そうだが、亜人を縛る法律はリンバスには、というか大抵の町にはない。つまり扱いは希少動物の類と同じになるわけで、留置場に入れて裁判にかけるわけにもいかず、ここでしっかり言い聞かせるしかない。下手に人里に連れて行くと見世物になりかねないのはアリシアさんだって分かっているだろうし。
元気に手を振って森へと帰ってゆくニーコを見送り、僕らはリンバスへの帰途についた。
……去り際、ニーコの鼻唄が聞こえた気がするけど気のせいだろう。
そんなことも気にしつつ山を下り、町に着いた頃には空が白み始めていた。まっすぐ宿に戻ってすやすやと眠るリリィを見たところでどっと疲れが出てしまい、僕らはすぐベッドに潜り込み、次に目が覚めた時にはすでに日が傾きかけていた。
慌ててギルドに行って確認したところ、リリィ以外の山で保護した人たちもみな無事に家族や仲間のもとへ帰ったらしい。
その日はさすがに冒険に出ることもできないので、身体を休める日にあてて、迎えた翌朝。レオと出会って六日目の朝。
新たに、二人が行方不明になっていた。
ベント・アルベントの弁当ベトベト
ベント・アルベントの弁当ベトベト
ベント・アルベントの弁当ベトベト
これすごい速く言える




