有翼人種《ハルピュイア》
僕らよりずっと高い位置でひとしきり匂いを嗅いだマタローは、明らかに何かを目指して走り出した。
「おお、走り出したッス!」
「後を追おう! 見逃したら手立てがなくなる!」
馬としては速くないといっても、人間の僕らには着いていくのがやっとだ。息を切らした僕らが、ワラを積んだ荷馬車にたどり着くのはその十分後のことだった。
と、そんな寄り道をしながらも、マタローは少しずつ歩を進め、やがて町の外へと出た。
「犯人は、拐った人を町の外に連れ出していたってこと?」
「たしかに見つかりにくくはあるでしょうし、容易に逃げ出せなくする意味でも賢い選択なのかもしれません。危険も多いですが……」
小型が多いながらも魔物が出る野原を、マタローは迷わず南西へと走ってゆく。草の生い茂る道はわずかに登り坂になっており、前回の依頼で向かった西の森が、右手の地平線上にうっすらと見えた。
「山の方に向かってるッスね!」
「完全に道を外れております! 先導する者が無ければ、おそらく歩くのも困難な土地になるかと!」
「つまり、魔物の多い場所だ! 町の近くだから強いのはいないはずだけど、周囲をよく見て警戒を!」
「はい!」
「了解ッス!」
そうして走ること数十分。女神の託宣を受けた冒険者でも、さすがに足が前に出なくなってきた。登り坂がだんだんときつくなっているのが原因だろう。特に自分を強化する職能を一切持たない『獣使い』の僕は少しずつ遅れ始めた。
「クラトス殿! 大丈夫ですか!?」
「顔、真っ青ッスよ!?」
「僕は、いいから……! 必ず、追いつくから、先に、行って……!」
そう言いながら、マタローに必死に食い下がる。マタローに乗ればいいのかもしれないけど、リリィの匂いがついている僕が乗ったせいで匂いを取り違えたりしたらそれこそ本末転倒だ。何より、一分一秒でも早くリリィを見つけなくてはならない今、マタローには身軽でいてもらわないといけない。
少しでも、とにかく少しでも前へ。疲労に霞む目を前に向けると、さっきまでずっと前にあったマタローの黒い尾が、なぜかすぐ目と鼻の先にあった。
「止まっ、た……?」
「クラトス殿! あれを!」
「うお、いっぱいいるッス!」
マタローが止まったのは、窪地に下りる直前の場所だった。
そこから見下ろせる、おそらく枯池であろう場所では、十人を越える人たちが何やら虚ろな目でうろうろと歩き回っていた。
「クラトス殿! リリィがいます!」
そしてその中に、リリィも混じっていた。寝間着姿のまま、いつも以上にぼーっとした顔で空を見上げている。
「お手柄ッスよマタローくん! 迎えに行きましょう!」
「待って」
窪地へ下りていこうとするレオを、僕は引き止めた。
「どうしたんスか?」
「あの人たちの様子は普通じゃない。リリィも怪我はないようだし、少しだけ観察しよう」
もし悪意ある魔道士が人々を洗脳して集めたのだったりしたら、迂闊に近寄れば僕らまで危ない。自分の心を護る『聖騎士』の職能【篤き信仰】を持つレオはともかく、僕やスズは洗脳や催眠術に対しては無防備なのだから。
そうして待つこと二時間。太陽が昇りきり、一番高くなった時。
集まっていた十五人が、一斉に同じ方向を見た。それまでの呆けた表情が嘘のように歓声を上げて、腕を振り上げている。それだけの人数とは思えない大歓声に包まれて、『それ』は『上』から現れた。
「みーんなー! こんニーコ! お昼のステージの時間だよー!」
幼い少女の風貌。
軽く小さな体躯。
そして、見た目としてはオウムの羽根に似ているだろうか。腰から生えた緑色の巨大な翼と、オレンジの混じった髪。鋭い爪の生えた鳥そっくりの足。
「有翼人種……!?」
スズが、驚きも隠さず伝説の亜人種の名を呟く。
僕らの目の前で空を舞っているのは、獣化症候群で耳としっぽが生えた『後付け』の獣人ではない。翼を持ち空を舞う、正真正銘の亜人種だった。
有翼人種の羽根は、腰から生えているのが至高という派閥に属しています。




