犬馬の心
ギルドを通さず、アリシアさんのツテで情報を集めてもらえることになった。
さすがアリシアさんは仕事が早く、翌日には分かっている行方不明者の数が六人増えて二十八人に。
そして。
「クラトス殿! リリィがどこにもいません!」
「あ、朝起きたらいなくなってたッス!!」
「なっ……!?」
その六人のうちの一人は、リリアーナだった。
「ど、どうしましょうクラトス殿!」
「落ち着くッス! えっとこういう時は、えー……走る! 走ればいいんスよ!」
「レオも落ち着いて。いなくなったって、夜の間に?」
「え、ええ。私たちと一緒に就寝し、そのときは確かにいたのですが……」
「でもおかしいッスよ! あたしだってスズさんだって、夜に誰か忍び込んでくれば気づけるッス!」
ギルドの計らいで『聖騎士』のレオには個室が与えられており、今はスズとリリィもそこに泊めてもらっている。なので僕は一番安い部屋をひとりで使っている状態だ。僕は雑魚寝宿でもいいと言ったんだけど、僕ひとりに雑魚寝させるくらいなら自分も、とスズが言い出したのでそうなった。さすがにスズが男ばかりの雑魚寝部屋に寝るのはまずい。
そんな事情だから、リリィは宿の一等室で密偵と野生児の間に挟まれて寝ていたことになる。それをこっそり連れ出すなんて、そこらの誘拐犯には無理だろう。
「それにおかしい。リリィは普段、昼間でもひとりでいる時間が長いんだ。誘拐したいならそこを狙えばいい」
「たしかに……」
「言われてみればそうッスよね……」
馬子は交代で食事をとるため、昼食もひとりが多いと昨日も言っていた。
「まさか、リリィが自分から出ていった?」
「そんなはずは……。いえ、お手洗いに行くくらいは我々も気にしませんので、その隙を狙われた可能性も」
「どっちにしても、とにかく探さないとマズいッスよ!」
「探すって言っても、他の行方不明事件と同じなら普通に探しても見つからない。何か方法を考えないと」
「犬を使うとかどうッスかね? あたしの実家の犬は、どこに隠したトリニクも五分で見つけられるッス」
レオの言うとおり、犬は人探しに役立つ動物だ。騎士団の中にも、犬を飼っているところはあると聞いたことがある。
「でも、そう都合よく訓練された犬なんてここには……」
「……いえ、います。リリィであれば探せます」
「スズさん、ホントッスか!?」
「すぐに出ましょう。一刻も早く探し出さねば、保護者として失格です!」
「それで、その犬はどこにいるの?」
「犬ではありません。馬です」
「馬……ッスか?」
「そうか!」
レオは知らないが、僕は知っている。
リリィの匂いを、誰よりも覚えている馬がいる。リリィのためにと、苦しい生活の中からリリィの両親が贈ってくれた馬が。
「ええ、マタローなら、リリィの匂いを辿って探すことができます」
「行こう!」
慌てて寝間着から着替え、僕らは宿から駆け出した。
ギルドの馬になったマタローだが、普段は馬小屋で出番を待っている。血相を変えて飛び込んできた僕らにぎょっとした馬子さんに事情を説明し、僕らはマタローを連れ出して宿の前まで戻った。
「犬には劣れど、馬の嗅覚は人間の千倍以上鋭敏とされています。まだそれほど遠くへ行っていないはずの今ならきっと……」
祈るように手綱を外したスズに応えてか、マタローは歯を剥いて空を仰いでいる。あれはフレーメンといって、馬が匂いを嗅ごうとする時にする仕草だ。
当然だけど、農家で使われていたマタローは駄馬だ。ダメな馬という意味ではなく、農作業や馬車を引くための馬をそう呼ぶ。走るのは競走馬ほど速くはないけれど、頑丈で力が強く、そして背が高い。
僕らよりずっと高い位置でひとしきり匂いを嗅いだマタローは、明らかに何かを目指して走り出した。
「おお、走り出したッス!」
「後を追おう! 見逃したら手立てがなくなる!」
馬としては速くないといっても、人間の僕らには着いていくのがやっとだ。息を切らした僕らが、ワラを積んだ荷馬車にたどり着くのはその十分後のことだった。
と、そんな寄り道をしながらも、マタローは少しずつ歩を進め、やがて門を抜けて町の外へと出た。
今夜にもう一回更新します。
章タイトルにある、『本物』が出ます。
ちなみにサブタイトルの『犬馬の心』とは、忠節を尽くし、御恩に報いる心という意味の慣用句です。「先生には犬馬の心でついていきます」と言えば単位をくれるかもしれないので使ってみましょう。
結果について当方は責任を負いません。




