酒は飲んでも飲まれるな
依頼者:
リンバス町民 『孫自慢の名手』 エレナ・スチュアート
依頼内容:
孫が一週間前から家に帰らない。ギルドや警備所に依頼は出したが見つからず、心配で心配で夜も眠れないので早く見つけてほしい。
報酬:
無事な状態の発見で百万ミルカ → 一万ミルカ
生きて帰ってくれば五十万ミルカ → 一万ミルカ
とにかく発見すれば十万ミルカ → 一万ミルカ
「旦那さんに先立たれ、息子さん夫婦も早くに失って、ひとりで育ててきたお孫さんが行方不明、か」
「そりゃ心配ッスよ。あたしだってじーちゃんがいなくなったらどうしたらいいか……」
「しかし、報酬まで断らなくてもよいでしょう。全財産を差し出してきたときはさすがに驚きましたが」
そう、無事なお孫さんを発見し連れ帰れば、なんと報酬は百万ミルカ。すでにあらゆる手段を尽くしてかなりの金額を使っており、残った全額をレオに賭けたらしい。エレナおばあさんの本気が見える。
それを、レオは一万ミルカまでまけていた。
「お年寄りには親切にするものッスよ、スズさん。さ、探しましょ」
「……そうですね」
スズも普段なら同意しそうなものだけど、どうもレオとは相容れないらしく肩を組んできたレオを押し返してそっぽを向いている。胸を顔に押し付けられた時の目には『斥候』独特の暗い光すら宿っていたように思う。
よくよく考えてみれば、スズの生まれたクゼハラ家は騎士の家系だ。今も王の近衛に血縁者が多くいると聞いている。そんな彼女にとって『聖騎士』は憧れの職業なわけで、奔放なレオにその役が与えられたのを納得しきれないのかもしれない。
でもそういう事情なら、時間をかければ自然と仲良くなってくれるだろう。それまでは僕が緩衝材だ。……胃が痛いけど。
「それでレオ、どうやって探すの?」
「まずは聞き込みッスね。人相書きはもらいましたし」
胸元から紙を取り出して広げる。
描かれているのは二十代の男性、ヨハン・スチュアートさん。職業は鍛冶師。一週間前の朝、いつの間にか寝床から姿を消していたという。そのほか、普段よく行く場所や交友関係について事細かに記されている。
「これなら、町を歩けば目に止まるでしょう。常にフードでもかぶっていない限り」
フードを手放せないスズが、実感のこもった声でいう。
人相書きのヨハンさんには、熊かなにかの耳がついていた。つまり獣化症候群患者だ。リンバスにはアリシアさんやスズをはじめいくらかの患者がいるが、まだまだ珍しいといえる数には変わりない。人目につけば間違いなく記憶に残るだろう。
「じゃあ、頭に熊の耳が生えた若い男性を見ていないか、手分けして聞き込もう。夕方に宿屋に集合。レオには場所を教えるから、まずは僕と行動しよう」
「はーい」
「お待ち下さい。オーレリア殿は私が宿屋まで案内します」
「え、なんで?」
「それは、その……。クラトス殿の身を守るためです!」
「むー、何もしないッスよスズさん」
「うーん……」
こんな状態ではあるけど、スズだって無意味にトラブルを起こしたりする人ではないだろう。親睦を深めるためにも、女性どうしで行動させるのはいいかもしれない。
「じゃあスズ、お願いしていいかな。レオも、部屋に置きたい荷物とかあったら置いてくれていいから」
「はい、すぐに案内して私も聞き込みに入りますので」
「じゃ、スズさんよろしくッス」
さっさと歩き出したスズの後ろを、レオが慌てて追いかける。何やら会話しているようだが聞き取れない。
「大丈夫?」
「……たぶん」
彼女なりに心配しているらしいリリィに答えながら、スズとレオの後ろ姿を見比べてみる。
黒髪と赤髪。
隠密と騎士。
スレンダーで清楚なスズと、グラマラスで野性味あふれるレオ。
身長が低め、以外の共通点が一切ない。
「まあ、きっとふたりなりに上手くやってくれるよ。……たぶん」
「たぶん」
ふたりの背中が雑踏の向こうに消えるまで見送り、僕はリリィの手を引いて聞き込みへ向かった。
「方針を転換します!」
その日の夜。
宿屋に併設の酒場で、僕はそう言い切った。
「賛成します……」
「てんかん……」
スズとリリィが疲れきった顔で頷いてくれる。ふたりにとってもハードな一日だったようだ。
リンバスだって小さな町ではない。もっと言えば、僕らだってこの町に来てせいぜい二週間なのだ。歩いて聞き込みするにも限界がある。
「んぐ、んぐ、やり方を変えるってことッスか? あ、おっちゃんワインと岩塩ちょうだいー」
「ちょ、ダメ! 待って!」
「さすがに二軒目は洒落になりません!」
「おじさん、だめ。それはだめ」
ひとりだけ体力の桁が違うレオが芋のスープをぐいぐいと飲み干し、流れるようにお酒を頼んだのを僕とスズで慌てて阻止した。リリィが店員のおじさんを押しとどめている。
「ちょ、ウチの村じゃ十五からお酒飲めるッスよ!?」
「それで宿屋一軒破壊した人が何いってんの!」
「そうです! いくら第一級でも許される限度というものがあります!」
「むー、アリシアさんも留置所のお兄さんたちも、どうしてあたしが酔って暴れたことにしたがるんスかー」
ワインの代わりに届いたビール――麦を発酵したものだが、お酒としては水のように薄い――を飲み干しながら、レオは不満げな顔をしている。
「したがるって、違うの?」
「お酒の頼み方が酒乱のそれでしたが。しかしなぜ我が家に伝わる飲み方を貴方が……」
スズの家には、ご先祖様が遠国から持ち込んだ『お酒のつまみは塩』という伝統があるらしい。
「むーーー、あたしがお酒で失敗したのは、村の教会の鐘をシチュー鍋にしたのが最初で最後ッスよ!」
「似たようなことやってるじゃないか……」
「女神様も、『聖騎士』に教会を破壊されるとは思わなかったでしょうな……」
「むー、でも今回のは違うッス……。あの時、あたしの隣で男四人のパーティが飲んでたんスよ」
ビール作りは麦からアルコールを作り出す技術ですが、麦から水を生み出す技術でもあります。
真水が貴重な地域では、そうやって麦から飲み物を得ていたわけで、かなり度数の低いものも作られていました。今もドイツなどでは飲めるようです。
ちなみにワインに塩は割といけます。ソースは私。藻塩がオススメ。




