聖なる赤獅子
「クラトス・メイヴはいるか! 留置所より、大至急の呼び出しがかかっている! ここにいれば名乗り出られよ!」
僕の名前が、留置所に呼ばれていた。
同姓同名の人違いであることを願ったけれど、他の人たちの視線は、クラトス・メイヴという冒険者がひとりしかいないことを教えてくれていた。
いや、さすがに衛兵にしょっぴかれないといけないようなことをした覚えはまったく無い。無いけど、抵抗すればそれこそ立場が悪くなることくらいは僕でも分かる。
スズと、騒ぎを聞きつけたリリィにも付き添われ、僕は生まれて初めて留置所という場所に向かった。まな板の上のキラーフィッシュとはこういう気分かと思いながらくぐったドアの先には……見知った顔がいた。
「来たか、クラトス君」
「アリシアさん?」
金髪碧眼の整った顔に、茶色の兎耳。ギルドの事務主任で『司祭』でもあるアリシアさんが座っていた。
まさか、何かしでかしたのはアリシアさんなのか。出会った時から『司祭』らしくない人だとは思っていたけど、ついに法を犯してしまったのか。でも、だとしたら僕を呼んだ理由はなんだろう。もし裁判の証人になってほしいとかなら、お世話になっている身として有利な証言をしてあげなくては。
「君が何を考えているかはあえて問わないが、私には後ろ暗いことなどないぞ」
「では、なぜこんな場所に?」
「先日の宿屋破壊事件を覚えているだろう。あれの犯人の取り調べだ。【鑑定】にはそういう需要もある」
アリシアさんの職能【鑑定】は、目を合わせた人の情報を読み取ることができる。たしかに、自白しない犯人から情報を抜き出すにはうってつけだろう。
でも、それなら僕が呼ばれた理由がますます分からない。
「しかしアリシア殿、取り調べならなぜクラトス殿を呼び出す必要が?」
「ふむ。実は、見えないのだ。相手の情報が何一つ」
僕の疑問を代わりにぶつけてくれたスズへの回答は、予想外のものだった。
「犯人が目を見返してくれないってことですか?」
アリシアさんの【鑑定】は、人間の情報を見る時には相手からも凝視されないといけない縛りがある。凶暴極まりない凶悪犯ならたしかに難しいかもしれない。
「いいや、容疑者は至って協力的だ。訊かれたことには全て答えるし、目を見ろと言えばその通りにしてくれる」
「なら、なぜ……」
「分からない。まるで濃霧の中で道を探しているような感覚に陥ってしまい、そこから先はどうにもならなかった」
「そういう効果の職能か、魔道具みたいなものを持っているんじゃ?」
魔道具とは、古い時代に作られた術機巧のことだ。主に遺跡やダンジョンで見つかり、現在作られているものよりも強力だが尖っている性能を持つものが多い。そういうアイテムでなら【鑑定】も防げそうだが、アリシアさんは首を横に振った。
「それも考えたが、私の【鑑定】はAランクだ。それを無効化するほどの防御系職能などそうそうには有りえないし、もちろん特殊な魔道具などを持っていないことも確認済み。加えて供述の方も荒唐無稽でどこまで本当か分かったものじゃないし、正直言ってもうお手上げなんだ」
Aランクといえば、国宝の真贋判定を任されるくらいの最上位ランクだ。そんな人がこの町にいることにも驚きだけど、それを防ぐ悪党って一体何者なのだろう。そして、そんな相手に僕に何ができるのだろうか。
「あの、とても僕が役に立てるとは思えないんですが」
「そうでもないのさ。とにかく来てくれ。容疑者のもとに案内しよう」
牢屋へは関係者以外立入禁止とのことで、僕とアリシアさんだけで薄暗い廊下を進む。また何かからかわれるんじゃないかと心配したけど、アリシアさんの表情は至って真剣だった。それほどに難解な犯人ということか。
「あれが、今回の件の犯人だ」
「女の子……?」
酒場で酔っ払い、大暴れして店を瓦礫に変えた。
そんな前情報から想像していた屈強な荒くれ者とは程遠い、赤髪の女の子が牢に入れられていた。……なぜか、逆立ちをしながら。いろいろ見えていて目のやり場に困る。
「おっ、アリシアさんじゃないッスか! さっきぶりー!」
「そうだな」
「そっちのお兄さんは初めましてッスよね? どもども、あたしオーレリア! よろしく!」
逆立ちをやめ、元気に挨拶してくれた。いろいろおかしいけど、悪い子には見えない。
そして正面で向き合ってみて分かったことがふたつある。
ひとつ、大きい。何がとは言わないけど大きい。僕よりひと回り小柄なスズよりさらに小さい身長に、アリシアさんより大きなものが盛られている。
そしてもうひとつ。
この子、獣化症候群患者だ。耳としっぽの形からして、たぶんライオンの獣人だろう。
「クラトスです。……なんで逆立ちを?」
「ヒマだからー」
「ああうん、なんにもないもんね。牢屋の中だし」
「安全なのはいいんスけどね。久々にゆっくり寝かしてもらったし」
「久々に、ってことは旅人? どこから来たの?」
「えっとですねー、あたしの故郷はずーっと西の方にあるんスけど」
たぶん取り調べで飽き飽きするほど言わされたことだろうと訊いてから思ったが、オーレリアは快く答えてくれた。
「まず、村の教会で職業ってのをもらったんスよ。そんで、儀式が長いもんで半分寝ちゃっててよく覚えてないんスけど、なんか王都ってとこに行かないといけないって言われたんス」
「王都に?」
職業を授かってそのまま王都へ。なんだかフィナを思いだす話だ。そういえばしばらく連絡もとっていないけど、元気にしているだろうか。
「そうそう。まあ行かなきゃいけないなら行こうと思って、まず竜の谷を越えてー」
「うん?」
竜の谷。地には火竜、空には翼竜が棲み、生きては返さぬで有名な人外魔境だ。
「夢魔の森を通ってー」
夢魔の森。生えている植物のほとんどが猛毒を持ち、その毒気を孕んだ空気を吸えば歩きながら悪夢にうなされて死に至ると噂の死の森だ。
「蛇の穴ぐらを抜けてー」
蛇の穴ぐら。妖蛇ラミアの縄張りで、一歩踏み込めば幻覚に囚われ丸呑みにされると言われる地獄の入り口だ。
「そこで下着の替えを忘れたのに気づいて取りに帰ってー」
まさかの二往復。
「そこからあっちこっち歩いてるうちに、この町に着いたんス」
「あっちこっちって……」
蛇の穴ぐらからリンバスまでは相当な距離がある。というか、西から来たと言ってるけど蛇の穴ぐらはここから南だ。
「どう思う、クラトス君?」
「僕、外国語には疎くて……」
「安心しろ、我々と同じ言葉だ。何を言っているか分からないだけでな」
アリシアさんも事前に同じ話を聞いていたのだろう。頭痛を堪えるようにこめかみを抑えている。
「むー、やっぱ信じてくれないんスねー」
「当たり前だ。とまあ、ここまでなら酔っ払いか気狂いの世迷い言で済むんだが、どうやら職業を持っているようだから一応確認しようということになってな。私が呼ばれたんだ」
ちなみに、本人は儀式中寝ぼけていたので自分の職業を覚えていないそうだ。
「でも、何も見えなかった?」
「その通り。おかげでいよいよどこまで本当を言っているのか分からなくなってしまってな」
アリシアさんがやれやれと肩をすくめる。
やっと事情が飲み込めてきた。この状況で僕ができることはひとつしかない。
「だから、僕が呼ばれたんですね。アリシアさんを強化しつつ、オーレリアの耐性を無効化させるために」
ふたりとも獣化症候群の患者なら、僕の職能でそういうことも可能だろう。
だが、効くといってもどの程度だろうか。アリシアさんに僕の強化が乗ったところで、焼け石に水としか思えない。
「私の【鑑定】は最上位Aランクだ。それを防ぐということはオーレリアの持つ何かしらの職能も同等Aランクだろう。ならばわずかでも増減があれば天秤は傾くに違いない」
そういうものだろうか。
かといって、ここまで来たならやってみるほかない。僕が頷くと、アリシアさんはオーレリアに向き合った。
「オーレリア、何度も同じことをさせて悪いが、私の目をじっと見てくれ」
「またッスか? まあクラトスさんがいるってことは何か作戦があるんでしょうけど」
「そういうことだ。クラトス君、頼む」
「【教練の賜物】!」
アリシアさんの能力を強化。筋力、知覚、そして職能の効果が向上する。
「そして【猛獣調教】を以って命じる。オーレリア、アリシアさんの力を拒まず受け入れろ!」
「別に抵抗してるつもりとかないんスけどね……」
そのまま数秒。
やはり無理かと思った矢先、アリシアさんの手が動き出した。ボードの紙に素早く何かを書き込んでゆく。
「見えたぞ。名前はオーレリア・クロウ。Lv.11。受託職業は……何?」
アリシアさんの手が止まった。何か信じられないものでも見たかのように固まっている。
気になってアリシアさんの手元を覗き込んだ僕は、思わずそこに書かれていたことを口走った。
「……第一級 『聖騎士』」
フィナと同じ、勇者の仲間たる第一級職業の名前がそこにあった。




