不安、拭えぬまま
そっけない態度のリリアーナだけど、やはりお腹は空いていたらしく。一心不乱にスープを飲む姿は年相応でなんだか安心させられる。
でもたまにベッドにこぼしそうになるのは不安で仕方ない。宿から追加料金とかとられないだろうか。
「クラトス殿、ちょっとよろしいですか」
リリアーナが落ち着いたのを見はからってか、スズは僕を部屋の外に呼び出した。宿の一階は酒場になっており、午前中はそれほど人もおらず相談事には向いている。
手頃な席についたスズは、先日町で購入した地図を広げた。
「依頼のこと?」
「ええ。ここがリンバスで、こちらが目的地だった森です。そしてリリアーナが倒れていたのがこの辺りでしょう」
スズが指差しているのは、もう森も間近な地点だった。僕らは目的地を目の前にして引き返したことになる。人命には代えられないけれど、惜しいことをしてしまった。
「そこまで一日とちょっとかかったから、目的の森までは一日半くらいってことになるね。事前に町で聞いていた情報通りだ」
「そうです。つまり、往復で三日。期限は十日なので、我々は準備に一日、討伐に六日をあてる予定でしたが……」
「リリアーナを助けたから、もう時間がないんだね」
「今日ですでに依頼を受けてから四日目です。今すぐに出発しても、森に到着して三日でアントクイーンを狩ってしまわねばなりません」
「うん。でも、今すぐに出発なんてできない」
なにせリリアーナがいる。二、三日ならまだしも、子供を宿に残して一週間も出かけられるはずがない。彼女が大人びているといっても無理があるだろう。
「預かってくださる方がいればよいのですが……」
「僕ら、アリシアさんくらいしか知り合いいないもんね……」
アリシアさんだって、ほんの三日前に会ったばかりの人だ。出張も多いようだし、いきなり一週間も子供を預かってもらうわけにはいかない。
万事休すか。アリシアさんは「無理だと思ったら下りていい」とは言ってくれたけど、森に入ることすらなく初仕事を諦めなくてはならないのか。
そんな不安が頭をよぎった時、スズがふと地図の一点を指差した。
「それで、あの、クラトス殿」
「どうしたの?」
「リリアーナの住んでいた村とは、ここではないでしょうか?」
スズの指の先には、たしかに小さな字で『カシア村』と書かれている。
リリアーナが倒れていた地点から山を三つ越えた場所だ。近場には他に村もないし、雨の日に子供を捨てるなら適当な距離だろう。リンバスからなら、そう遠くない。
「たしかに、そう考えられる位置だけど……。そうだったとして、どうするの?」
「リリアーナの両親に、会えないでしょうか」
スズは真剣な面持ちで続ける。
「捨て子でしょうと言ったのは私ですが、そうと決めつけるのは早いと思うのです。捨てたという証拠はありませんし、何か抜き差しならない事情があったのかもしれません。それならば、何か解決策があるのではないでしょうか」
「それは……」
それは、期待しすぎじゃないか。そう言いかけて、僕はそれを飲み込んだ。
スズもまた、家を追われた身なのだ。リリアーナと険悪そうに見えても放ってはおけないのだろう。子を愛さない親などいないと、そう信じたいのだと目が訴えている。
そんな僕が何も言わないせいだろうか、スズは我に帰ったように慌てて身を引いた。
「あ、も、申し訳ありません。つい感情に任せていい加減なことを……」
本当に、まっすぐな子だ。家では冷遇されていたと言っていたけど、それでも他人を疑うことをしない。神聖騎士だったご先祖様への憧れがそうさせているのかもしれない。
そしてそんな子の言葉を無下にできるほど、僕だって達観しちゃいない。
「いや、行こう。リリアーナの村に」
「よいのですか? しかし、依頼は」
「どうせ、リリアーナのことが片付くまでは仕事に行けないんだ。できることからやってみようよ」
「クラトス殿……!」
「アリシアさんの治癒術も効いているし、リリアーナの体力は今夜にも回復すると思う。だから明日の早朝に出発して、リリアーナの村を訪ねて、夜までには戻ってくる。これでどうかな?」
「はい! ぜひそうしましょう!」
不安を拭えないまま、僕はスズと手を取り合った。
依頼の期限の決め方には、大きく二通りがあります。
ひとつは、『何月何日まで』と日付で区切る方法。
そしてもうひとつが、『受託から何日以内』と区切る方法です。今回クラトスたちが請けたのはこちらになります。




