志す者の意地
依頼者:
リンバス役場 流通課課長 マルコス・アンバー
依頼内容:
三十以上のソルジャーアントを引き連れたアントクイーンが森に出没。西からの羊毛商人が迂回を余儀なくされ、羊毛価格の上昇につながっている。十日以内に全て討伐されたし。
報酬:
アントクイーン :五万ミルカ
ソルジャーアント:千ミルカ/体
殲滅時追加報酬:二万ミルカ
これが、オル、ロスに絡まれ、アリシアさんに玩具にされながら請けた依頼の概要だ。
明朝早くに城址の町リンバスを出立し、目的の森へと向かって今日で二日め。順調に歩を進めていた僕らは今。
「クラトス殿、見えました! リンバスの城壁です!」
大雨が降りしきる中、リンバスへと全速力で駆け戻っていた。
「よし、あとちょっとだ!」
前を走るスズが前方を指差すが、その先に見えるのは雨煙ばかり。
彼女の持つ『斥候』の職能【蛇の眼】で視力を強化しているのだろう。偵察向きの職業がこんな場面で役立つとは思わなかった。激しい雨で視界が効かない今、彼女の目はとても頼もしい。
「クラトス殿、女の子の様子はどうですか!?」
そして、そんなスズの後ろを走る僕は、背中に小さな女の子を背負っていた。
「かなり熱が高いし息も弱々しい! 急がないと危ないかもしれない……!」
「くっ、せめて雨がやんでくれれば……! とにかく急ぎましょう!」
泥水に足を取られながら、僕らは雨の向こうへと歩を早めた。
話は、今日の午前中に遡る。僕らは、雨の山道で倒れている女の子を見つけた。
白猫のような耳としっぽが生えた、おそらく九歳か十歳くらいの小さな子。間違いなく、スズやアリシアさんと同じ獣化症候群の患者だった。
「おそらく、捨て子でしょう」
都市では猛威を振るっている獣化症候群だが、農村部ではまだ珍しい病気だ。
そんな未知の病を恐れた人々が、罹患した子供を村から追い出したり、酷い時は殺してしまったりといった例があるのだという。
この子も、そうして捨てられ、今まさに息絶えようとしているひとりでしょう。スズは険しい顔でそう付け加えた。
「なんてことを……!」
「このまま放置すれば、おそらく明日の日の出を見ることはないでしょう。クラトス殿、いかがしますか」
「もちろん、放ってはおけない」
五級職業でも、レベルが低くても、僕は神聖騎士を目指している男だ。ここで見て見ぬふりをするわけにはいかない。
即答した僕に、スズも微笑んで頷いてくれた。
「貴方なら、きっとそう言ってくださると思いました」
「リンバスにつれて帰ろう。全力で急げば、今日中に街まで着けるかもしれない。城門が閉まる前に街に入って、すぐギルドに駆け込めば助けられるはずだ」
リンバス・ギルドには『司祭』のアリシアさんがいる。彼女に回復魔法をかけてもらえば、それで急場を凌げるだろう。
正直ちょっと苦手な人だけど、そんなことを言っていられる場合じゃない。
「承知しました。では、その子は私が背負いましょう。クラトス殿に強化していただければ、子供ひとり背負っていても馬より早く走れます」
「いや、それじゃ戦力が足りない。途中で魔物に襲われて、三人そろってやられたら元も子もないんだ。この子は僕が背負うから、スズは先行して魔物を警戒しながら道を探ってほしい」
「しかし自身を強化する職能を持たない貴方では……」
「田舎者を甘く見ないでよ。畑仕事や牛の世話まで、力仕事は子供の頃から慣れっこだ」
「……分かりました。クラトス殿が憂いなく走れるよう、このスズ・クゼハラが道を示しましょう」
「頼んだよ、スズ!」
そうして走り続けて数時間。僕らはようやく、街が見えるところまで戻って来た。時刻なんてわからないから、城門がまだ開いているかも分からない。それでも、疲れきった足を必死に前に出して進み続ける。
見ず知らずの子だけれど、こんな小さな子が、理不尽すぎる理由で死のうとしているのだ。それを黙って見捨てる男が神聖騎士になんてなれるものか。
だが、どうやら世界はとことん僕らの邪魔をしたいらしい。
「く、クラトス殿、前を!」
「ブラックボアの群れ……!」
イノシシの魔物、ブラックボア。
鋭い牙にさえ気をつければ、新米冒険者でも狩ることのできる魔物だ。それでも今この状況で相手どりたくはないし、何より数が多すぎる。ギュルルルと不快な鳴き声を上げる黒いイノシシは、少なくとも十五匹はいるだろう。
黒塗りの群れが、リンバスへ向かう道を塞いでいた。
子供をかついで走った疲れからか、黒塗りの魔物の群れに追突してしまう
あのネタには詳しくありませんが、Twitterのbotは秀逸なのが多くて好きです




