兎は年中発情期なんていうけれど
「クラトス・メイヴ。冒険者たるもの秘密のひとつやふたつはあろうが、【鑑定】までごまかせると思わないほうがいいぞ」
「……分かりますか」
「甘く見ないでもらいたいな。スズ君は私と同じく獣化症候群だろう? だから君の職能の効果を受けたと見た。耳と尾はフードとマントで隠していたが、希少な魔導具でも使わない限り私の目からは逃れられんよ」
「流石ですね」
スズは今、黒狐の獣人だ。獣の成長を早める僕の職能【導く言霊】の影響を受けてレベルが早く上がってもおかしくない。
それを、アリシアさんはひと目で見抜いていた。
「やはりそうか。いやはや、『獣使い』の職能が人間にも効くようになるとはな。君にとってはまさしく天の恵みか」
「ここまでの効果があるとは僕も思っていませんでしたけどね。隠していてすみません」
獣や魔物には、経験値やレベルという概念がない。鍛えれば強くなるが、その種族の限界を超えることはできないのだ。ネズミをいくら成長させたところで、ネズミは所詮ネズミのままだ。
だが人間は違う。女神の託宣を受け、経験値を積み、レベルを上げることでどこまでも強くなる。その違いがこんな形で現れたのは僕にとっても予想外だった。
「いや、これほどの効果となれば隠すのも無理はない。こうして呼び止めたのは、隠すならもっと徹底して隠せと忠告するためだ」
「そう、ですね。アリシアさんほどの『司祭』はめったにいないでしょうが、人間を鑑定できる『追跡者』や『薬剤師』には見破られるかもしれませんし」
「そういうことだ。低レベルで優秀な職能を持つと、厄介事に巻き込まれやすい。気をつけるんだぞ」
そう語るアリシアさんの目はどこか遠い。過去に、このギルドでそういう事件があったのかもしれない。
「分かりました。ご忠告ありがとうございます。でも、その話ならスズを外に出す必要はあったんですか?」
「君は、女の子が隠しているものを男の前で暴くのかい?」
おみそれしました。
「では、スズが待っているのでそろそろ行きます」
「ならば最後にひとつ。これから色々あるだろうが、くれぐれもスズ君を泣かしてやるなよ。君は罪な男になるはずだからな」
「……え?」
「なんだ、気づいていなかったのか」
僕が罪な男になる。
その意味が分からず固まった僕に、アリシアさんは妙に楽しそうに教えてくれた。
「『獣使い』は獣を使役できる。そうだな?」
「え、ええ」
「だがひと口に獣と言ってもいろいろいる。強さを重んじるもの、美しさを重んじるもの、巣作りの上手さを重んじるものなど、上に立つために求められる資質は千差万別だ。ではクラトス君、それらをひと言で表すと何になると思う?」
「ひと言で……?」
「『魅力』だよ」
「魅力……」
どんな獣も人間も、魅力ある者についてゆく。言われてみれば当たり前だ。
「『獣使い』の職能【猛獣調教】はな、クラトス君。あらゆる獣から見て、自分を魅力的に見せることがその本質なのだと私は考える」
ここまで聞かされてようやく、僕にもアリシアさんの言わんとするところが分かってきた。
「つまり、獣化症候群にかかった人にとっては僕は……」
「限りなく魅力的な男に見える。全てを賭けてついてゆきたくなるほどに」
まるで淫魔だ。
だが、待ってくれ。獣化症候群にかかった人から見て僕が魅力的だとすれば……。
「えっと、アリシアさん?」
「どうしたクラトス君」
「えっと、顔が近いかなーって」
「何か問題かな?」
碧い瞳が迫ってくる。茶色い兎の耳が、興味深げに小刻みに動く。
目をそらせない。ギルドの喧騒が遠のき、彼女が息を吐く音しか聞こえない。
「いや、待って、心を強く持って!」
「男と女、それでいいじゃないか。それとも、年上はお嫌い?」
兎は年中発情期なんていうけれど、こんなところに影響が出るものなのか。
「いやいやいや、そういうことじゃなくて、ほら、女神様からもらった職能をこんなことに使っちゃいけないんじゃないでしょうか!」
「なるほど言われてみればその通りだ。ここまでにしよう」
迫っていた唇が、スッと引き下がった。
「へ?」
「なかなか初い反応をするな、クラトス君。さて、この状況をひと言で表すと何になると思う?」
「……遊ばれましたか」
「はっはっは。残念だが、『司祭』はガードが硬いのさ」
兎耳を揺らしながら心底愉快そうに笑うアリシアさんを見て、僕は思う。
この人、やっぱり微塵も司祭らしくない。
兎は年中発情期。なので性欲の強いものの代表みたいに言われますが……
人間の方が発情してる時間は長いんですよね、実際のところは。
次回、猫幼女、出ます。




