「めったに現れないのは神の慈悲」とまで言われる職業
「病に苦しむ王女様のためにダンジョンから秘薬を持ち帰り、『神聖騎士』の称号を賜る」
そんな夢を見始めたのはいつからだったろう。女神から職業と職能を与えられる年齢、つまり十五歳になるまで、毎日そんなことを考えていた気がする。
そして十五歳の誕生日の朝、僕は幼馴染のフィナといっしょに村の教会に向かった。身を清め、女神への忠誠を誓い、神官様の祈りが済むと、聖水を満たした水鏡に文字が浮かび上がる。そこに僕が一生涯付き合うことになる職業と職能が映し出される仕組みだ。
魔道士か剣闘士か。もしや魔王復活と時を同じくして現れる伝説の職業、『勇者』だろうか。
期待と不安でいっぱいになりながら水鏡を覗くと、ほんの数行の情報がゆらゆらと水面に揺れていた。
<受託者>
クラトス・メイヴ Lv.1
<受託職業>
第五級 『獣使い』
<受託職能>
・【猛獣調教】 Eランク
獣および獣型の魔物を使役する。
・【教練の賜物】 Eランク
獣および獣型の魔物の能力を向上させる。
・【導く言霊】 Dランク
獣および獣型の魔物の成長を早める。
以上
「……珍しい職業です。世界のどこかには、クラトス君を求める人もいることでしょう」
「その……元気だしてね? ほら、よく言うじゃない。バカとハサミは使いよう、って」
今思えばことわざの使い方が間違っているが、当時の僕には、神官様の言葉もフィナの言葉も聞こえていなかった。
『獣使い』。
その名の通り、獣や獣に近い魔物を使役して戦わせる職業だ。
それは、冒険者としてはハズレの中のハズレ。めったに現れないのは神の慈悲だとまで言われる、マイナーな底辺職だった。
なにせこの職業、自分で戦うための職能はひとつもないのに、使役獣を捕まえるところは自力でやらないといけない。だから使役できるのは並の人間より弱いか、せいぜい同程度の強さの獣や魔物に限られる。
戦闘系の職業持ちがズバズバとスライムを切り捨てる横で、スライムにスライムをぶつけてぺちぺち戦わせないといけない。それが、僕に与えられた職業だった。
「……フィナはどうだった?」
つらい現実から目を背けるように、幼馴染へと話を振る。
急に尋ねられたフィナは、自分の受託結果が映し出された水鏡を背中に隠し、目を泳がせながら答えてくれた。
「わ、私も微妙な職業だったよ?」
「微妙って?」
「えっと、なんだっけほら、あの……」
「『賢者』ですって!?」
後ろから水鏡を覗き込んだ神官様が大声で叫んだ。情報ありがとうございます。
でも少しは空気を読んでください。僕に気を遣ってくれていたフィナが今にも泣きそうじゃないですか。
「いや、きっとそれは何かのまちがいで……」
「いえ、そんなことを言っている場合ではありません。『賢者』といえば、勇者が現れた暁にはそのパーティの参謀役を担うとされる第一級職業。つまり、間もなく勇者が現れる。それすなわち、魔王の復活が近いということです。一刻も早く王都の中央教会に連絡しなくては……。フィナさんも旅支度を。ともに王都へ向かいましょう」
「ええ!? で、でも……」
「申し訳ありませんが、世界の危機です。親御さんと村長に事情を報告し、明日には出発します」
「え、あの、その」
「さあ時間がありません。まずはあなたのお宅へ!」
なかば引きずられるように教会を後にする幼馴染と、それを呆然と見守る僕。十五年間いっしょに育ってきたのに、こんな形で差がついてしまうと誰が思うだろう。気づけば、僕は石の床へとへたり込んでいた。
「クラトス君にも女神の祝福をー!」
……遠のきながらの激励、ありがとうございます神官様。