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1-2 好きなバンドについて

 帰ろうとしたら、掲示板の内容が変わっていた。


 俺達の学校には、赤いフェルトが張られた大きな掲示板が生徒昇降口の横にある。その右半分を教師が使い、左半分を生徒が使う。

 ちょうど両方とも貼り替えをしているところだった。右側には、この間の中間テストの結果、左側には、生徒会のメンバーが大きなポスターを取り付けている所だった。

 中には、さっき煙に巻いてしまった生徒会長のフクハラサエナ嬢も居た。

 彼女は何だかんだ言っても、目を引く。ポスターの端を持ってぴっと止める姿も、丸まった紙を伸ばす仕草も、一つ一つがぴしっとしていた。


「あ、すごーい、会長、またトップですよぉ!」


 確かあれは会計の女の子だ。彼女は右側の掲示を見てサエナ会長の肩を叩く。そしてその賛美の言葉と表情に対しては、会長は実に見事な笑顔を返す。


「ありがと。さ、こっちもさっさとやってしまいしょ」


 全校生徒の前でマイクなしで話しても通ると言われている声が、耳に飛び込んできた。ふーん、と俺はさっきのカナイの声を思い出していた。存在感のある声、という奴だ。

 そういうのは誰もが誰も持てる、という訳ではない。天性のものだ。幼なじみと言っていたが、おそらくあの二人が口げんかなどしたら、無茶苦茶やかましいものになるだろうな、と俺はふと思った。


「あら、さっきの」


 ポスターを貼り終えた会長は、昇降口の横をすり抜けざま、出ようとした俺に気付いた。

 肩よりやや長い髪。色は抜いたり付けたりはしていない。自然のまま、黒く流れている。無茶苦茶美人という訳ではないが、涼しげな目と上げた前髪が彼女を理知的に見せていた。

 背は結構高いから、162センチしかない俺をやや見おろす形になる。すらりとした足が綺麗だ。


「さっきはピアノをお邪魔してごめんなさい」

「探していた人は居ましたか?」

「ううん、見つからなかったわ。仕方ないわね、全く」


 会計の少女が彼女の袖を軽く引っ張る。


「それではさよなら。帰り、気をつけてね」

「どうも」


 なるほど「姉貴づら」ねえ。

 何となくカナイの言いたいことは判った。

 だが俺は、カナイのことをそうそう知っている訳ではない。いやカナイだけではない。そうそうこの学校のクラスに知り合いという者も多くはなかったのだ。


 この学校は伝統ある私立校という奴だった。

 小・中・高と、望む者はエスカレーター式に進学できる。

 カリキュラム自体も、一貫教育の気があり、途中から入ったものにやや不利であるので、外部入学のラインは高い。

 俺はそんな学校の、高校からの外部入学者だった。


 郷里は田舎である。ひどい田舎である。どのくらい田舎か、と言うと、高校に入るということイコール実家を離れること、というくらい田舎である。


 車だの電車だの、どんな交通手段を使ったにせよ、実家から高校に毎日直接通うことができないのだ。その場合、親戚を頼るか、そうでなければ、学校に近い所に下宿するか、寮住まいである。

 だがそうなってくると、何も郷里の学校でなくともいい訳である。

 うちは幸い(と言うか)、結構家には余裕があった。

 旧家と言っても間違いではない。

 しかもそこの、跡継ぎがどうとか、とはあまり関係ない三男坊だったから、両親も俺には、外で自分を生かせることを見つけた方がいいだろう、と東京の学校へと出すことに反対はしなかった。

 まあ名目は、「音大受験のため」だった。

 とりあえず俺は、伝統ある私立の学校に外部入学できる程度の成績ではあったし、実際「生かせること」の一つとしてピアノもあった。三つの頃からやっているのだ。

 元々ピアノは好きだったから、真面目にやっていた。結果、飛び抜けはしないにせよ、ある程度の腕はある。生かせるものなら生かしてみても悪くはないな、と親も、俺自身も思える程度に。


 ふっと思い立って、もう既に貼り終わって、人気の無くなった掲示板に引き返してみた。右側を眺める。そこには上位二十名が学年別に挙げられていた。

 俺の名は入っていないはずだ。入学した頃ならともかく、半年は経った現在は、可もなし不可もなし、という感じで、二十位未満、五十位以内のあたりをキープしている。

 一番下に掲示してあった一年の部を、二十位から逆に目でたどってみる。

 と、十二位にカナイの名前があった。大したものだ、と思った。

 そしてその上に貼られた二年の部。確かに、あの会計の少女が口にしたように、サエナ会長はトップだった。


 まあ珍しいことではない。だが、やや出来すぎだな、と思わずにはいられない。

 学業優秀。スポーツも――― 鈍という噂は聞かない。どちらかというと、チームプレイの際の頭脳役とも言われている。そして見栄えも声もよく、先生達の覚えよろしく。

 出来すぎでなくて何だというんだ、と言いたくなってくる。

 そして左側には、文化祭のポスターが貼られていた。彼女があの綺麗な手でぴっと止めたポスターは、掲示板の枠と綺麗に平行線を描いていた。

 「全校生徒の参加を望みます」。

 そう書かれている。基本的にここの文化祭は、全員参加するものなのだという。

 もっとも強制ではない。

 ただ、「結果的に」全員参加してしまいたくなってしまう雰囲気が、この長い歴史を持つ私立の学校にはあるらしい。

 小・中・高一貫だから、OBなり何なり、客の数も多い。有名だからか、外部からの客もまた然り。

 そしてどうやら、今年の生徒会長は、この文化祭に異様に力を注ぎ込んでいるらしい。

 まあ噂だ。ぴいちくぱあちくクラスの女子がさえずる類の。

 全員参加ねえ。俺は内心つぶやく。

 さてどうしたものやら。


 やがて、校内にはポスターが公式非公式問わず貼られ、休み時間であるなしを問わず、皆、自分の所属する文化祭団体のチケットを売りさばくことに熱心になった。

 俺は、と言えば、何処に属するでもなく、ふらふらしていた、というのが正しい。

 別にクラス名簿に丸を打って参加不参加の確認を取る訳ではないのだ。

 誰かに誘われた時に拒む気もないが、自分からそれをやろう、と言う気も起きない。成りゆきまかせだ。

 今のところ俺の財布の中には、「喫茶店」と「お化け屋敷」と「アンティークライヴハウス」のチケットが一枚づつ入っていた。


 講堂で行われる催し物は、基本的には生徒会主催である。祭自体は金・土・日と三日間なのだが、そのうちの一般開放の土・日に、大がかりな発表会が行われる。

 どうやら「土曜の午前は真面目な音楽」とか「日曜の午後は演劇」というように分かれているらしい。そう出場者募集を兼ねたポスターには書かれている。


「何見てんのマキノ?」


 カナイが背後から来襲してきた。ぐわし、と両手で俺の肩を掴み、その向こう側のポスターを見た。


「あ、俺もこれに出るのよ」

「君が?」


 思わず俺は振り返っていた。


「そんな意外そうな顔せんでもいいでしょ? バンド組むの、バンド」

「バンド! 君、バンドやるの?」

「そ」

「だけど君、何か楽器できたっけ」


 そういう話は、今までクラスでも聞いたことがない。

 確かによく奴が、他の男子生徒とわいわいとロックの新譜がどーの、と話しているのは聞いたことがあるが、楽器の話は。


「俺はいーの。俺は歌うたうの」

「あ、なるほど」


 あからさまに納得するなよ、と奴は笑った。


「でも君、声がいいから、いいかもな」

「お世辞? でもサンキュ。じゃ見てくれよな。そう言うんなら」


 別にお世辞ではなかった。


 そうこうするうちに、俺は時々カナイとは話をするようになっていた。

 奴は基本的に誰にでも気さくであったし、整った顔の割には、妙に人好きさせる笑いを浮かばせることもできる。

 クラスの内外、奴を好きな子は多いらしい。

 だが奴自身はそれを知ってか知らずか、飄々とした態度で、誰とも付き合ってはいないらしい。

 一度、意外に思って訊ねたことがある。すると奴はこう答えた。


「だってまだ面倒じゃん」


 そして逆に俺が聞かれた。


「お前こそ、そういうのってないの?」

「俺? どうかな」


 あ、ごまかすなんてずるい、と奴は俺を後ろから羽交い締めにした。

 ごまかしたつもりはないのだが。確かにそういう相手は現在はいないのだから。いないような気がする。


「そう言えばさ、マキノ、一度お前に聞いてみたかったんだけどさ」

「何?」


 廊下の、背の低い二段組のロッカーから教科書や辞書を取り出しながら奴は訊ねた。


「お前、『ACID-JAM』に行ったことある?」

「あしっどじゃむ?」

「いや、知らないならいいけど」

「行ったことあるよ。中町のライヴハウスだろ?」


 俺は古語辞典と世界史年表をロッカーの上に置きながら答える。


「あ、やっぱり」

「何で?」

「いや俺さ、何かお前、どっかで見たような気がしてたんだけど。やっぱりあれ、お前だったんだ」

「へえ、いつの話?」


 奴は奴で、日本史地図と用語集を出し、ロッカーをばたんと勢いよく閉める。


「今年の春の終わりから夏。特に夏休みだったかなあ。俺よく観に行ったからさあ」

「夏はね。今はそうでもない。夏休みは結構通ってたよ」

「へえ。俺はさ、正直言えば―――、なあマキノ、『RINGER』ってバンド知ってる?」

「名前くらいは。だけどまだあそこって、あんまり知られてないよね。君よく知ってるね」

「だって俺はファンだもん」


 ほぉ、と俺は声を立てた。確かに意外だったのだ。

 結成してからは結構経っているらしいけど、目立ってライヴに精出すようになったのは最近だというところ。そんなマイナーなバンドに奴が目をつけるとは。


「バンドの? それともプレイヤーの?」

「ギタリスト。あそこのギタリストの音聞いた時に、もう、わーっ!って感じだった」


 わーっ、と言いながら彼は手を広げてみせた。その拍子に手にしていた用語集が通りすがりの女子に当たる。

 慌ててごめん、と奴は平謝った。そして照れ隠しに笑いながら、俺に話の続きをする。


「マキノのお目当ては?」

「俺?」

「誰? 何処?」

「君、いつのライヴで俺を見かけた訳?」

「あ~」


 そっか、と彼は記憶をたどり始める。

 俺は奴に言われる前に、その目的を口に出した。


「『BELL-FIRST』を観に行ったんだ」

「ああそうそうそこそこ。あそこの演奏って渋いし、上手かったよなあ」

「うん」


 本当にそうだったと思う。


「結構玄人受けする音でさ」

「うん、メジャー流通はしてないけどさ、個人個人はプロのスタジオミュージシャンもやってて…」


 詳しいな、と奴は感心する。そりゃそうだ。

 この夏までは。

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