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5-1 バンドやろうぜ

「何?用事って」


 バンドの片づけは済んでも、教室の片づけという奴が残っていたらしい。

 木園がそのまま病院へ直行、ということになったので、バンドの他に催し物を掛け持ってないカナイは、木園の代わりだよ、とクラスの片づけに交わり始めた。


「お前別に先に帰ってもいいんだよ?」

「…普段俺に暇人だと言ってるくせに何なの」


 あちこちの段ボールや飾りのちり紙の花、テープや写真のコラージュをはがしては大きくまとめてごみ袋に入れる。

 奴は手際が良かったので、談笑しつつ作業している女子や、展示前の肉体労働で疲れた男子に重宝がられた。


「さて、これ捨てて全部か。じゃ、俺、終わったって職員室に報告してくるよ」

「じゃああたし達もう帰っていいわねー」


 明るくきゃぴきゃぴと女子生徒は奴に訊ねる。どーぞどーぞ、と奴もまた明るく答えた。

 結局殆どの片づけをカナイと、その下働きの俺がやったような形になってしまった。女子など果たして本当に何やら作業をしていたのか?と考えてしまいたくなる。

 そのまま帰ろう、と俺はカバンを抱えて奴と職員室方面へと歩いて行く。さすがにお互い疲れが出てき始めたらしく、腹の虫がほぼ同じ頃に泣き出した。


「こういう日に学食が休みってのはキツイなあ…」


 奴は腹を押さえてやや情けない声を立てる。


「何か食ってこーや。駅前のどっか」


 確か、駅前にはファーストフード店がずいぶん並んでいたはずだ。


「ああ、ちょうどいいな。俺お前に話もあったし」

「何それ」

「ま、その時言うから」


 何だかな、と思いつつ俺は通りかかる昇降口に目をやった。クラスの女子が、さっきまでの疲れただのどうの、というぼやきは何処へ行ったのやら、実に元気にはしゃぎながら外へと出て行くのが目に映る。

 それを見ながら、露骨に俺が不服そうな顔をしているのに気付いたのだろう、奴は軽く肩をすくめた。


「別にいいさ。俺は今日すっごく楽しかったし、他のクラスの連中は疲れているんだし」

「だけどなあ」

「まあ終わったことは、終わったことだよ」

「終わったことね」


 三分待ってくれ、と言って奴は職員室へ入っていった。そして二分で戻ってきた。そして俺達は、昇降口で校内御用達「便所サンダル」を靴棚に入れた。


「で、何の話があるって?」


 駅前のミスドで、俺達は中華のセットを前にして向かいあっていた。ヴォリュームから言ったら確実に、吉野屋あたりの方がいいのだが、中華まんが食いたい、という奴の主張に俺は逆らう理由もなかった。


「あ?うん。あのさ、お前、バンドやる気ない?」


 奴は片手に肉まん、片手にお代わり自由のコーヒーを持ちながら訊ねた。


「バンド? その話は…」

「いや違う、ピアノじゃなくて、ベースで」

「ベースで」

「お前、何か、いけるもん。絶対あれ、もったいない!」


 はあ、と俺は一瞬硬直した。だが一瞬だ。


「一緒に組もう。お祭りバンドじゃなくてさ」


 カナイは身を乗り出した。目がきらきらしている。青春だ。


「お祭りバンドじゃなけりゃ、何?」


 俺はそんな奴の熱血化をよそに、ラーメンをすする。わざとらしい程に、ずるずると。嫌いじゃない。ファーストフードにしてはそう悪いものではないのだ。


「本気」

「本気って?」


 ずるずるずる。


「バンドで食えるようになりたい」


 真剣な目。俺は箸半分くわえたまま、上目づかいに奴を見た。


「ふーん…… で、それに俺を巻き込もうって訳?」


 奴は一瞬その言葉にぴくりと肩を動かした。


「何の保障もないんだよ?それこそ、そうできる奴の方がほんの一握りだよ?」

「そりゃそうだよ!だけどな」

「でも、いいよ」

 

 ふっとそんな言葉が出てしまった。言葉を遮られ、え、と奴は問い返した。俺は脇のえびシューマイを口に放り込む。


「だけど、いいよ、って言ったんだよ。お前耳悪いの?」


 カナイは黙った。何かにひどくびっくりしているようだった。たっぷり一分ほど、奴は俺の顔をまじまじと見ていた。


「そんなに放っておくと、ラーメンがのびるよ」


 ずるずるずる。


「驚いた」

「何?」

「お前って本っ当に性格悪かったんだな」


 ん?と俺は苦笑する。


「そんなこと、今頃気付いたのかよ?」


 そう、俺は性格は悪い。正直言って、俺は彼と組んだからと言って、彼が持っている根拠のない自信を信じる気はさらさらなかった。

 実際の「音楽で食いたいバンド」がどれだけ大変なのかは、俺もよく知っていたのだ。

 あれだけ上手いBELL-FIRSTのメンバーだって、それだけで食っていた訳ではない。

 それに俺は、一応音大に入る、入りたいという名目でもってこっちへ来ている訳だ。バンドを組んでベースをやっている、なんて郷里に知れるのはそう望ましいものではない。

 だけど、俺はその瞬間、その気になってしまった。

 それが当然だ、と思ってしまった。

 俺は、こいつとバンドを組むべきだ。ピアノではなく、ベースで。

 あの時と同じだ。トモさんの部屋に最初に行った時。

 別に俺は運命論者ではない。全てが初めから決まっていると考えるのは好きではない。そう考え出したら、努力することを忘れてしまいそうで嫌なのだ。怖いのだ。

 だが、ある瞬間、そういった自分のモラルだのポリシーだの立場だの、囲われている全てのものを何となくふっと抜け出してしまって、流れに身を任せてしまうことがある。

 「成りゆき」だ。不思議なことにそれは、そう間違った選択ではないのだ。


「だけど俺、またこれでサエナ会長ににらまれるだろーなあ」

「知ったことかよ」


 確かにそうだ。

 そうこうしているうちに、俺のトレイは綺麗に片付いていった。奴は恨めしそうに言う。


「お前食うの早くない?」

「お前が遅いの。ぼーとっしてるんじゃないよ。時間つき合えって言うなら、もう一個地鶏まんでもおごって」


 そして奴はひどく苦々しげに笑った。


「それにしても陽が短くなったよなあ」


 駅のホームを歩いていると、もうすっかり暗くなっていた。


「夏は昼間がこんなに長くていいのか、って俺、思ったけれどさ」

「へえ、意外」

「だってなあ。野外ライヴなんか観てると、いい加減夜が恋しくなったぜ?お昼っから始まってさあ……」

「最初っから観てたのかよ」


 俺はくすくすと笑う。確かに夏の野外は厳しいものがある。


「だけど確かに今年は暑かったよなあ。気象庁はまだ梅雨の頃には『今年は冷夏だ』とか言ってたのにさ」

「そう…… だったっけ」

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