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4-2 課題曲の記憶

 ずん、と低音がその場に響いた。へえ、とBELL-FIRSTの他のメンバーが感心したようにうなづいた。


「上手くなったじゃん、マキちゃん」


 ノセさんの声がかかる。BELL-FIRSTのライヴの前に、俺はステージに上がって、練習の成果を見てもらっていた。

「そう? 俺、上手くなった?」

「うん、上等上等」


 ぱちぱち、と後ろでハリーさんも拍手してくれる。俺は妙に嬉しかった。ピアノの発表会でステージに上ったことは何度もある。拍手だって、ずいぶんもらった。そういうことには慣れているのだ。

 だけど、今もらっている拍手は、今までもらったどの拍手よりも嬉しかった。


「誰かバンドメンバーお探しよ。もったいないよ」

「メンバー? そんな、ねえ」

「だってお前、ベース始めてまだ二ヶ月かそこらだろ?それでこれならすぐ上手くなるよ、なあトモ」

「うん、俺もびっくりした」


 彼は彼で、穏やかな笑みを浮かべながらうなづく。


「だけどここはやっぱり、こうやった方が恰好いいかな」


 彼は俺の手からベースを受け取ると、ハリーさんに合図して、同じフレーズを叩かせた。


「……あーあ」

 ナナさんが面白そうにカウンターからのぞいている。


「トモの奴も結構いけずだよな」

 ナサキさんもくく、と含み笑いをしている。


「でもさ、やっぱり手取り足取り教えてるのは強いよねえ、猫ちゃん」

「ナサキさん!」

 俺は反射的に大声を出していた。まあ怒らないで怒らないで、とナサキさんはぽんぽんと俺の頭をはたいた。


「小さいと思って~」

「そうそう、小さいのにさ、よくトモのロングスケールこなすよな、と俺も思ったのよ」


 ノセさんが助けを入れるかのように口をはさんだ。


「そ。俺もどうしようかな、って思ったんだけど」


 もう一度やってみな、と彼は俺にベースを渡した。

 これはメインベースではなかった。虹色の模様がない、ただの黒いベース、彼のセカンドベースだった。だが彼の趣味らしく、それもまたロングスケールである。つまりは長い。大きい。俺の様な小柄な奴がやるのは結構しんどいはずのものらしい。


「ただこいつ、ピアノやってるから、結構力あんのよ」


 へー、とメンバーは揃って声を立てた。ちょっと手、握ってみ、と彼は俺の手を取ってナサキさんに握らせた。ナサキさんはトモさん程大きな手ではない。だけど俺よりは充分大きい。


「はいぎゅっと」


 ぎゅっと。俺は言われた通り思いっきり握りしめた。その直後、痛ぇーっ!とナサキさんの声がステージ上に響きわたった。慌てて俺は手を離した。


「な、何こいつ、すげえ力」

「でしょ?俺もびっくりしたことびっくりしたこと」

「へ?そぉ?」

「それに手が小さいのも、結局、ピアノで指広げまくって弾いてるから、全然問題じゃあないし」


 へえ、と再び感心する声が周囲から上がる。


「じゃあお前、けっこうすぐに追い越されるかもな」

「いえいえ、そこまではさせませんって。俺にもプライドというものがあります」

「そう言いながら嬉しそうなくせに~」


 そうだね、と彼は確かに嬉しそうな顔で俺を眺めた。まあ確かに、俺は上達するための要素はたくさん持っていたのかもしれない。

 だけど、彼でなかったら、こうはならなかっただろう。


「あのさマキノ」

「はい?」


 不意に彼が呼んだ。


「うちの曲一曲、完璧にコピーできるようになったら、何かプレゼントするよ。何がいい?」


 おおっ!と周囲が再び湧いた。太っ腹だね~、とハリーさんは自分の体型を棚に上げて言う。


「ぷれぜんと」

「うん。俺にできる範囲でなら」

「トモ君のできる範囲なんてたかが知れてるじゃないーっ!」


 ナナさんがカウンターから声を張り上げる。

「そんなことないですよぉ」


 ぷれぜんと。俺はふっとあの部屋のマーブルのクッションを思い出した。確かあれは。


「何でもいいんですかあ?」

「おい、ちょっとこの言い方って怖いんだぞ」


 ノセさんは人の悪い笑いを浮かべた。俺は彼に負けず劣らずの穏やかな笑みを浮かべる。内心を悟られないように。


「じゃあトモさん、俺を驚かせるようなもの、下さい」

「へ?」

「何でもいいですから」


 は、と彼の表情が一瞬曇ったのを俺は見逃さなかった。

 本当は、俺の欲しいものは具体的になかった訳じゃない。だけど、それはまず手に入らないだろう。

 俺は彼のメインベースが欲しかった。どのベースよりも、あの彼の大きな手にしっくりおさまっているように、俺の目には映っていたから。


「驚かせるものかよ…… 結構それって難しくねえ?」


 ナサキさんは腰に手を当てて、金髪を揺らし、へらへら、と笑う。


「難しい方が面白いでしょ?」

「言うねえ。さてトモ、じゃ課題曲は何にするの?」


 ノセさんは含み笑いのまま、彼に訊ねた。


「課題曲ね……」


 彼はしばらく考えていたが、やがて、ぼんぼん、とある曲のイントロをつま弾いた。お、とナサキさんが声を立てた。


「それかよ、おい」

「まあね」


 何ですか、と俺はそばに居たノセさんに訊ねた。


「『LAUGHIN' RAIN』。よりによって一番ベースがややこしい曲じゃねえの」

「師匠も弟子も、負けず劣らず性格悪いってことじゃない?」


 カウンターからナナさんの声が飛んだ。



「これでいいか?」


 曲が終わった時、俺は大きく一つ息をつき、何気なくカナイの方を向いて訊ねた。


「弾けたのかよ、お前」

「別に俺、ベースが弾けないなんて一度も言ったことないけど?」


 そりゃそうだけど! とカナイは声を荒げそうになり――― ぶるぶると頭を振った。そんなこと言っている場合じゃないのを奴も気付いたらしい。


「お前、この曲以外のも弾ける?」

「だから俺結構、お前らの練習付き合ってたろ?」


 弾けるんだな、と奴は俺に念を押した。俺はうなづいた。大丈夫だ。大して難しい曲ではないのだ。彼が俺に教えてくれたものに比べれば。あの課題曲に比べれば。


「代役演っていいのか?」

「……いい! いや、頼む! 頼みます!」


 ほとんど拝み倒すようなポーズになって、カナイは俺に頭を下げた。

 そして俺はベーシストとして人生最初のステージを踏んだのだ。


 ライヴの方は、大成功とまでは行かなくとも、まあそこそこの演奏ができた。まあ不参加よりは、充分いい結果と言えよう。

 保健室へ、片づけが終わってから出向いてみた。あちこちにかすり傷を作っているらしく、木園は黄色い塗り薬をあちこちに塗られていた。


「ったく、肝冷やしたじゃねえの」


 西条はようやく目を覚ましたらしい木園にため息まじりでぼやく。


「すまんなあ…… で、結局中止?」

「んにゃ、こいつが代役」


と、西条は俺を親指立てて指した。


「お前が?」


 俺はうなづき、無断で借りてごめん、と木園にベースをケースごと渡した。

「いやいいけど――― お前弾けたんだね」


 へえ、と単純に感心したような顔になる。実にいい奴だ。


「そうなんよ全く。一体何処にこんな隠し芸持ってたのか…なあ?隠してやがって」


 このこの、と今原も俺の背中をつついた。


「で、ケガ、どうなの?」


 とりあえず話題の流れを変えてみる。出られなかった奴の前で、誉められても嬉しくはないのだ。


「ああ、まあほらこの通り、かすり傷男。で、起きたら一応病院へ一度行っておけって言われてる。一応頭打ってるからって」

「あ~それは大変」


 皆でうんうん、とうなづきあう。俺も付き合ってうなづいていたが、ふと俺は妙なことに気付いた。

 カナイが大人しいのだ。

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