第十四話 災厄の魔王
『それ』が最初に感じたのは、音ではなく振動だった。
激しい戦闘は砂埃だけではなく、周囲に魔力の余波をも発生させ、この閉ざされた空間に衝撃をもたらす。
体感などなく、ましてや肉体すらない『それ』は、大気の乱れにより能動的に周囲を探査する。
探査範囲を振動をもたらす周囲三十メートルに絞り、そこで七人の生体を探知した。
その中で二つ、ずば抜けて高い魔力反応を示す者がいた。それも対極の『聖』と『魔』の反応。
起きているわけでもなく、眠っているわけでもない『それ』ではあったが、このような感情を人で表すならば――歓喜といえようか。
長い年月をかけて待ち望んでいた。このような状態では待つことしかできなかった。
傍観者となって数十年。求めていた者が近くにいることを知り、反射的に内包していた魔力が活性化する。
長い間氷付けにされた『災厄の杖』は、ゆっくりと、しかし確実に覚醒し始めていた。
17
剣技において、カレアとダークエルフの攻防は前者に傾いた。
全体的な能力でいえば圧倒的に後者が優っているが、この時ばかりは一手、カレアの方が上手だった。
故に剣技においての勝敗はカレアにあり、ダークエルフは遅れをとった。そしてそのことを瞬時に悟り、迫りくる刃の対処に切り替える。
どうすればいいか。諦めるといったものは論外だ。そもそもここで諦めるような軟弱な意志の者ならとっくにくたばっている。
いくら生身が鍛えているとはいえ、これほどの威力を耐えることは不可能だ。回避も間に合わない。
ならばと、頭で考えるよりも先に体が反応する。そこは人生経験に基づく戦闘技能の為せる技だった。
死なないために――ダークエルフは瞬時に剣技での勝負を捨てた。
「ガフッ……!?」
カレアの口から鮮血が溢れる。虚をつかれて瞳孔が見開く。
それに伴い《紫電烈華》の剣線はズレ、ダークエルフの脇腹を掠めるに終わった。
どうなったのか、それはカレアの後方に控える五人もとっさには分からなかった。分かった時にはすでに、手遅れだった。
カレアの細い身体がくの字形に曲がる。それは彼女の腹部を強打するダークエルフの拳によって。
コンマ数秒の僅差だった。身体のリーチが生み出した一撃。それによってダークエルフの命は繋ぎとめられる。
接近戦に持ち込まれた刃園は斧槍のダークエルフの不利な間合だった。だから邪魔な斧槍を捨てた。
いくら頑丈な身体とはいえ生身でカレアの一撃が当たれば終わりだ。ならば当たらなければいいだけ。
全体的な能力が上なのだから、直接物理で殴ればいいだけだ。槍術ではなく体術の経験も豊富なのだから。
剣と拳では拳のほうが早い。カウンター気味に炸裂した腹部から鈍い音が響いた。
「ぐっ……!」
とはいえ無傷ではない。カレアの一撃を無傷で済ますほどの回避行動は流石に不可能だった。
腹部にかすったとはいえ、威力が強すぎて普通の剣で切られたものより大きい。
わき腹から血が噴出する。それによって力が上手く入らず、バランスを崩しながら腕を振り払う。
小枝のようにカレアの体が宙に飛び、二度地面にバウンドしながら横たわった。
途端、ゴホゴホと吐血混じりに咳き込み、自然と体を丸め、激痛に歯を食い縛る。
この様子だと肋骨の二本か三本は折れたようだ。下手をすれば折れた肋骨が内蔵を傷つけているのかもしれない。呼吸すら苦しい状態だった。
だと、いうのに――
「あ……くっ、うぅ……ッ!」
ギロリと、這いつくばった姿勢のまま獣のように睨みつける。
大の大人でさえ耐えられないほどの激痛に苛まれながら、まだ剣を握る力を、闘志を失っていない。
たしかにこのままでは殺されて終わり。死ねば痛みどころの話ではない。それでも十歳の少女がそんな理屈だけで闘争心を失わないものなのか。
違う、とダークエルフは確信する。仲間のためでもあるだろうが、これはもっと単純な理由。
負けたくない、それが一番なのだろう。
どこまでいっても剣士とは狂人だ。こんな状態になってもまだ失われない闘志に、敵でありながら心中で称賛さえ感じていた。
そしてその一瞬の停滞が、止めを刺し損ねる。
「゛術式解放”――《断頭台への行進》!!」
「っ!? チッ!」
ユーリの魔術が発動し、ダークエルフは己の頭上に出現した闇の刃に咄嗟に後方に跳んでかわす。
性質上《断刃》は敵の首筋を狙うため、どうしても射線が固定されてしまう。それも一度見られた技なら尚更看破されやすかった。
だが今回はそれでもよかった。我武者羅に近い魔術であったがようはカレアから敵を遠ざけたかっただけなのだから。
後方支援のユーリはいつでも放てるように術式を待機させていたが、二人の動きが早すぎて補佐できなかった。
「レア姉……!!」
だが今、そんな余念は消えた。
やらなければやられるといった焦燥概念が無駄な思考を削ぎ落とし、ユーリの潜在能力を強制的に引き出させる。
ドゴォ、と一メートルほどの《断刃》の刃が先ほどまでダークエルフのいた地面に陥没し、その腰元まで砂埃が立ち上がる。そこの死角を這うように伸びる黒い影。
洞窟内に点在する魔照石によって生じたユーリの影が、《夜影》となってダークエルフの影と同化し、その動きを一瞬束縛する。
《影縫》という闇の魔術である。相手の影と同化し、その影の延長線の敵の動きを縫いとめる魔術。
しかし元々三割ほどしか制御できていない《夜影》では、動きを止められるのはほんの数秒ほど。それでは追撃する手段はない。
ない、ならば――その手段を造り出すだけ。
内部に宿る《獣》を縛る枷がまた一つ外れ、爛、と目が禍々しく深紅に輝いた。
「゛高速詠唱”鋼鉄乙女は傷つけながらも人肌を乞う――《鋼鉄乙女の抱擁》!!」
ダークエルフの左右からワニ口形の鋼鉄の拷問危惧が出現し、獲物に噛み付くように両側から迫る。
影に阻まれて身動きのとれないダークエルフには避けられなかった。大型の肉食動物に噛みつかれ、夥しいほどの流血が噴出する。
捕らえたと、後方で怯えながら立ち尽くしていたルシエルの表情が一瞬晴れる。
だがそれはあくまで一瞬だ。鮮血が止んだ時、改めて短く悲鳴が零れた。
「こ、の、ガ、キィ――ッ!!」
閉じられたと思っていた《鋼鉄乙女》は、頭一分を残して止まっていた。
ダークエルフは両手を左右に伸ばし、己の掌を刃に貫通されて苛まれながらも耐えていた。
なんという怪力かとルシエルの歯が小刻みに震える。視線の先で濃厚な殺気が渦巻いている。
徐々に、徐々にワニ口が開いていく。頭分から肩口へと、開ききったところで抜け出されればもう終わりだ。
だというのに、睨まれるだけでも腰が抜けそうなほどの眼光を向けられながらも、ユーリの《鋼鉄乙女》に込められる魔力は緩まなかった。
むしろ、強まった。
「――まだ……!」
足元に巻きつく《夜影》が捩れ形の黒槍に変化し、正面から突き刺そうと放たれる。
だがその確固たる殺意は間に入る《火精霊》に阻害され、ぶつかりあう先から蒸発していった。
ならばと瞬時に思考を切り替え、《夜影》を《鋼鉄乙女》の左右から押し始める。
それによって圧力が勝り、閉じはしないが更に広がることもなく拮抗する。
単純な、力と魔力の勝負。
「チィッ……!? この、力は……!」
「つ、ぶ、レ、ロ……!」
ユーリの意識が黒く染まっていく。それは内側から這い上がるナニカに侵食されて。
だがあえて止めない。それによって《夜影》の制御精度も向上していく。三割から四割、四割から五割へと。
人は化けるという。それも戦場ならば尚更に。
だがこのダークエルフからしても、目の前の子供の力の増幅は異常だった。
これは力を得る代わりにナニカを失っている。そしてそのナニカとは――
――コイツかァ……!!
苦しみながらもダークエルフの口元が笑みで吊り上る。ついに見つけたとばかりに。
この計画においての目的が、目標が、そこにいた。
なるほど。たしかにこの歳でこれならば申し分ない『器』だと納得さえできる。
身をもって経験するとは思わなかったが、言葉よりもはるかに説得力があった。
「カレア……!」
ユーリとダークエルフの我慢比べともいえる拮抗状態に対し、ウィルとミザが急いで駆け寄り、重症のカレアの治癒にあたる。
ウィルの水袋の霊水で治癒の水魔術を二人で施し、ミザが内部を、ウィルが外部を治癒する。
だが深手のため容易にはいかない。村一番の治癒師のミザと薬師のソウの霊水がなければ応急措置すら及ばなかっただろう。
あと一歩分ダークエルフに踏み込まれていたら、内部器官は絶望的だった。
「ウィ、ル……ミザ、さん……」
「喋らないで、ジッとしてて」
必死に治癒魔術の行使に伴い、ウィルとミザの二人から玉のような汗が流れる。
動悸が激しくなり呼吸が荒くなる。だが止めるわけにはいかない。ここで止めればカレアは死ぬ。
しかし時間がかかる。ユーリのお陰で発動までの時間を要し、よくやく治癒が傷全体に浸透したきた所だ。
あと五分。せめて三分あれば動けるぐらいにはなるはず。だからもう少しだけ耐えてくれと切にユーリに願う。
だがそんな時間など、元よりあるはずがなかった。
「っ……っっ……だ、め」
異変は思わぬところから起こった。
それはユーリとダークエルフからではなく、ウィルやミザらでもなく、更に後方より。
ルシエルの後ずさる視線の先、シャルロットが両手で身体を抱きながら苦しそうに悶えていた。
その耐え方は尋常ではない。異変は視覚的に発覚できるほどに。
シャルロットの全身より、鬼火のように蒼白い靄のようなものが発光していた。
「だめ、だめっ、だめッ!」
必死の抵抗が声に出る。半狂乱的に身をよじり、内より溢れそうになるのをシャルロットは必死に耐えていた。
ユーリとは真逆ともいえる聖なる光が、ナニカに影響されるように膨張していく。
普段ならばまだ許容できる。普通ではないがこの魔を払う力は悪きしことではない。
だが今は、今だけはダメだ。
その光が意味することは、意味する先は――魔を力と変換するユーリに牙を抜いていた。
だがそんな理屈も感情も、チッポケな人の身では耐えられるわけがなかった。
「だめェ――ッ……!!」
まるで水風船が割れた光景のようだった。
シャルロットから溢れ出た聖なる光が、背後からユーリを覆うように被さろうとする。
それに対抗するのは、無自覚のうちにまだユーリの内部に残っていた魔の獣だ。《夜影》のもう五割の部分が溢れ出した。
生身はなくとも高純度の魔力体である質量同時が激突し、衝撃波が発生する。
対極の白と黒が交じり合り、見えない獣同士が喰らいあい、洞窟内で暴れ出す。
まるでビンの中で絡み合う二対の蛇のように。
「な、なにがおこっているのですの……!?」
ここにいる七人の中で一番魔力が低いルシエルでさえ、凄まじい魔力の干渉を感じた。獣ではなく竜同士のぶつかり合いとさえいえる。
反発するナニカの意思と意思。しかし恐ろしいのはこれでまだ本来の半分以下の規模だということ。
その証拠にユーリとシャルロットは必死に暴走を食い止めようと、《獣》を己の内に戻そうと抗っている。
オオオオオオ―――ンッ、と耳を劈くような咆哮が重なる。
止められない、とその場にいる誰もが思った。
だが始まりが唐突ならば、終わりも唐突だった。
そのナニカは暴れながら一段高い所に鎮座する氷にぶつかると、なにかに干渉するように影が薄れ、力が削がれた。
そして流出する力が弱まると均衡は器に傾き、まるで巻き戻しのように《獣》は二人の元へと強制的に引き戻されていった。
霧が晴れるように洞窟内に戦闘以外の静寂が戻ると、
「――あ……」
ばたりと足元からシャルロットがその場に崩れ落ちる。急激な魔力消費に伴う反動だ。虚脱感が一気に襲い掛かってきた。
シャルロットの多量の魔力がなれば枯渇して命を落としていたことだろう。気を失う寸前だった。
そしてそれはユーリも同じで、ただ状態だけが違った。
《夜影》が半身を取り込んだ際に同時に解けた。するとシャルロットのように不調が襲い、それでも維持と気力で《鋼鉄乙女》の維持に努めようとして目の前が真っ暗になり、膝から崩れ落ちて両手を地面につき、盛大に胃の中のものをぶちまけた。
激しく咳き込みながら全身がガクガクと震えている。症状はシャルロットより酷く、貧血、頭痛、嘔吐さえも起こしていた。
無理もない。いくら人並みはずれた魔力を備えていようにも行使するのは身体もできていない八歳の子供なのだ。むしろここまで耐えられたのが奇跡だった。
だが現実は奇跡を起こしてさえも、残酷だった。
「うッらァ……!!」
裂帛の気合とともに《鋼鉄乙女》が破壊され、魔力供給が断たれ根元から黒い靄となって消えていく。
両手を血だらけにし、わき腹から血を流しながらも、ダークエルフは健在だった。
あとに残ったのは、満身創痍のカレアとユーリ、手の離せない治療を施すウィルとミザ、疲労困憊で地面に腰をつけるシャルロットと、腰が抜けて尻餅状態で震えるルシエルだけだった。
「…………」
ダークエルフはそんな六人を見回し、一度鼻白を鳴らすと両手と脇腹の出血を止めるために無理やり傷口を焼き、治療にあたる。
その間、終始無言だった。皮肉を言うわけでも怒声を発するわけでもなく無言。それが逆に恐ろしかった。
そして凡そ十秒後、肉の焼ける臭いを周囲に漂わせて恐怖心を煽りながらも、斧槍を拾うと蛇のように目を細めてユーリを凝視した。
そして何か言おうと口を開こうとしたその時、
ビキィ――
と、氷の割れる音が周囲に響いた。
跳ねるようにダークエルフの顔が音の発生源に向けられ、瞠目する。次に浮かべる感情は歓喜だ。
巨大な氷のひび割れた部分から、まるで怨念でも滲み出るように、ダークエルフと、ユーリと、シャルロットは底冷えする声を聴いた。
【……求めよ……我を、求めよ……】
地の底から響くような声。その出所がどこであるのか瞬時に三人は理解した。
喜悦の表情でダークエルフは恍惚と嗚咽を漏らし、シャルロットは顔色を蒼白にし、ユーリは形容しがたい感覚に苛まれた。
安心と不安の対する感情が同時に浮上する。こんな事は初めてだった。
目を奪われる。体の状態は最悪だというのに、感覚だけが妙に冴えていく。
「ゆくがいいさ、器。誉れに思いなよ、選ばれたのさ」
愉快げにダークエルフがユーリに道を譲ると、その軌道上には氷に封じられた一本の杖。
人としての感性が、あれは悪いものだと警鐘する。
だがユーリの内に潜む獣が、まるで飼い犬のように尻尾を振っていた。
その相反する意思が酷く気持ちの悪いものだった。なのにあれを心のどこかで求めている自分が不思議だった。
「足掻くんじゃないよ人形。アンタの意思なんて関係ないんだ。ああ、それでももし拒むようならば――」
ダークエルフの視線が、カレア達に向けられる。あれほどの戦闘を繰り広げた相手にもかかわらず、その目に宿る関心は欠片とない。
ユーリにもはや後はなく、先もない。選択など一つしかないのだ。
意思を捨て、引き寄せられる衝動に身を任せる。少なくとも魔道具があれば今より力は増す。ならばこの危機的状態を乗り越えられるかもしれない。
ふらりと幽鬼のように立ち上がったユーリの瞳は、どこか空虚なものだった。
「ダメよ、ユーリ……」
その声に瞳に僅かに光が戻る。視線を向ける先に、剣を杖代わりに脚を震わせながらも懸命に立ち上がろうとするカレアの姿。
ウィルとミザが止めたいのを抑えて支えながら治療する。気持ちはカレアと同じだ。ユーリに向けて首を横に振る。行ってはダメだと。
三人の瞳は真摯に、ユーリに向けられていた。
「そんな奴の、言うことを、聞いては…ダメ。大丈夫……あたしが、守って…あげるから」
苦しそうにしながらも、微笑むカレアにユーリの目から涙が零れる。
自分の身よりもユーリを大切にしてくれる。それがどうしようもなく嬉しかった。
――姉のように慕っている人。
――兄のように慕っている人。
――母のように慕っている人。
みんな大切な人。大事な人。大好きな人だ。
ここにはいないもう一人の兄も、自分を妹のように慕ってくれる。
だから、そんな人たちだからこそ、ユーリの返答に迷いはなかった。
「うん、わたしも、守りたいから。――ごめんなさい」
流れた涙が地面に落ちるのと同時、ユーリの体から溢れるように黒い靄が噴出し、《夜影》となってひび割れた氷の隙間から封じられた杖を掴んだ。
氷の内と外から、魔力が連結し、膨大に膨れ上がる。
瞬間、闇が――世界を黒く染めた。
18
どくん、と一際高く鼓動が高鳴った。
それがなぜなのかは分からない。分からないが、なにかが起きたことをユウキは理解した。
内に宿る《聖剣》が警鐘する。今までにない強い反応だ。ユウキとプリムラに関係なく、熱を帯びるように身体を活性化させる。
加護による補正が身体能力を強化し、歩くだけで精一杯だった身体が幾分か軽くなる。
助かるが、それだけ危険が迫っている証拠だった。引きずっていた足を無理やり走らせ、ウィルと離れた道の先、光の指す方向へ駆ける。
嫌な胸騒ぎが止まらない。当たって欲しくない嫌な予感だ。それなのにこういう場合、本人の意思とは関係なく――
「みんな……!」
広い空洞に出た。今までの洞窟内で一番広い場所だった。
集落の半分近くの規模であり、天井からは青黒い鍾乳石が所狭しと垂れ下がり、ごつごつとした岩壁には幾つもの魔照石が空間全体を明々と照らしている。
だというのに、そんな明かりを黒く染めるような異様な存在にユウキは目が釘付けになった。
傍目に映るカレア達の姿を目にしてほっとする暇もなく、中央の一段高い祭壇に呆然としながら歩を進める。
視線の先に、闇色の魔王が降臨していた。
状況が読み込めない。こんなことは理解できない。
あの敵である恐ろしいダークエルフが粛々と頭を下げている。その先には見知った少女。
見知った少女のはずなのに雰囲気が違った。存在する密度そのものが違った。
外観は変わらない。なのに遠目からもはっきりと分かるほど、何かが違うと言えた。
「お前……誰だ?」
喉の奥から搾り出すように誰何する。ぐちゃぐちゃに絡み合った感情が目の前の存在を否定する。
容姿は自分の妹だ。だが陽炎のように佇む黒い存在は中身が違っていた。
禍々しい黒衣と精緻な杖、血のような紅い双眸、獣のように尖った眼孔。
そんな世界を俯瞰するような眼差しと、当惑の隠せないユウキの眼差しが、交錯した。
「――愚問だな。我は《誰》ではなく《何》だ。答えのない質問をするな《聖剣使い》よ」
そこにはユーリであって、ユーリではない少女がいた。
〈解説・14〉
前回の解説で予告した人外級の二人と《姫巫女》のパラメーター紹介。
メーターは数字のほか、ランクもSからGまで表示(下記参照)。
0~30/G、31~60/F。61~120/E、121~250/D、251~500/C、501~1000/B、1001~2000/A、2001~/S。
・ガイエン
性別:男 年齢:63 種族:人種
筋力:1228/A
耐久:901/B
敏捷:1157/A
器用:2207/S
魔力:778/B
体力:1844/A
総合:A+
旧剣神。全盛期の半分ほどにまでパラメーターは落ちているが、それでも大陸屈指の実力者。
《剣神》の称号を息子に与えてからは孫のカレアと隠居暮らし。日々を小さな糧とお酒に感謝しながら過ごしている。
年に数回は在籍していた軍から兵の稽古の依頼をされ、その都度稽古の最後に行われるノルドとの仕合は、武芸大会の決勝ですら霞むとさえ云われる名勝負を繰り広げている。
最近ではこっそりとカレアの婿選びに、ユウキとウィルを鍛えるのも楽しみになっている。
・ノルド・ロア・グラマーズ
性別:男 年齢:61 種族:人種
筋力:1002/A
耐久:1649/A
敏捷:726/B
器用:1127/A
魔力:719/B
体力:1904/A
総合:A
旧《鉄兵》。全盛期の三分の二にまでパラメーターは落ちているが、ロア領主として鍛錬は怠っておらず、領民からの信頼も厚い。
《鉄兵》の称号を息子に与えてからは軍務に力を入れており、《軍神》としての評価も高く、年に数回は在籍していた軍からの稽古の依頼に首都に赴く。
稽古の最後に行われるガイエンとの仕合は、年老いてからの少ない楽しみの一つであり、生きがいでもある。本人は否定しているが。
最近では年頃の孫が乗馬に夢中になっており、孫が人よりも馬に愛情を込めているのに懸念し、ひそかに同年代の気さくな友達ができないものかと心配している。
・シャルロット・セフィルナ・ゼックス・フロージア。
性別:女 年齢:10 種族:人種
筋力:21/G
耐久:18/G
敏捷:44/F
器用:274/C
魔力:2660/S+
体力:102/E
総合:B
《聖獣の加護》を持つ《姫巫女》。
聖国フロージアの第二王女にして、王族序列第六位の銀髪蒼眼のどこか儚げな少女。
魔物の瘴気によって犯された土地を浄化する能力を持ち、神託の聖女として民衆から崇められている。
己の人生を客観的に眺め、国の道具として政治的利用されていることは自覚しているが、逆らえない無力さに諦観している。
魔物に攫われた時も瘴気によって犯された土地を浄化した帰りだったが、自分の存在を良しとしない兄姉の仕業ではないかと勘ぐったほど。錬度の低い護衛がその証拠。
だがカレアと出会い、『生きる』という強い意志を目のあたりにし、自分の中でなにかが変わり始めていた。
次回は魔物側のパラメーターでゴブリン、ホブゴブリン、ゴブリンキング、ゴブリンクイーン。オーク、オーガ、オーガス、オーガスクイーンの予定。