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アルテアの魔女  作者: たつみ暁
第二部『アルテアの魔女と南海の王』
35/150

1:セァクの巫女姫は今(2)

「やあ、流石は噂の英雄率いる遊撃隊! 助かりました!」

 インシオン遊撃隊がサシェの町に戻ると、破獣退治を依頼した町長は町の入口までわざわざ一同を出迎えて感謝の意を述べた。周りにはずらりと町民が集い、英雄の姿を一目見ようとごったがえしている。

「これでまた安心して商人が出入り出来ますよ」

 商売で成り上がったふくよかな町長は、複数の指輪がはまった丸っこい手を揉みにこにこ顔でインシオンのもとへ近寄ると、リド硬貨が詰まった革袋を彼の手に握らせた。

「約束より多いようだが」

 重みだけで察したインシオンが眉根を寄せるのが、傍から見て取れる。彼の不機嫌に気づかないのか、町長はゆるみきった顔でなおも揉み手をしながら頭を低くした。

「それはまあ、その、我々の気持ちですよ。できればこれからも、破獣がやって来たらインシオン遊撃隊に是非お願いしたいという、ね」

 インシオンの眉間の皺が一層深くなったな、とエレは感じた。彼はこういう扱いをされるのが一番嫌いなのだ。この半年の間に悟った事だ。

「お気持ちはありがたいのですが」

 だからエレは、インシオンが怒りを相手にぶつける前に進み出る。小娘が突然口を挟んで来た事に町長が怪訝そうな顔をするが、もう慣れっこだ。平静を保って笑みかける。

「我々も各地を流転する身です。もし次にサシェの皆様が破獣に脅かされる事があった場合、すぐに駆けつけられる保証はどこにもありません。その時に、皆様をがっかりさせたくないのです」

 ですから、とエレは先を継ぐ。

「無償で契約より多いお金をいただく訳にはまいりません。傷や病を抱えている方はいらっしゃいませんか? そういった方々を私のアルテアで癒す事で、このお代をいただきたいと思います」

 それを聞いて、エレが何者かを悟った町長の表情があからさまに変わった。

「これはこれは、『アルテアの魔女』様でしたか!」

 大仰に両手を広げて、町長は満面の笑みを浮かべた。

「言葉であらゆる不思議な現象を起こす魔女エン・レイ様の噂は、黒の英雄インシオン殿と共に聞き及んでおります。そういう事なら、是非お願いしたい!」

 インシオンに任せていたら、問答無用で余計な金を突っ返して波風を立ててしまう。シャンメルやリリムも交渉向きの性格ではない。以前はこういう時に口の得意な人物が遊撃隊にはいたのだが、彼は失われた。必然的にエレが頭を働かせる必要性が出て来たのだ。そしてその際に、エレの能力を対価として提示する事は、大金を用意して来た相手に恥をかかせずに済み、むしろ喜ばせるという点で、実に有用であった。

「じゃあ、俺を頼めるかね」

 松葉杖をついた壮年の男性が進み出て来た。

「こないだ屋根に登って修理していたら足を踏み外して、折っちまったんだ。本当に治るならありがたい」

「それは災難でしたね」

 エレはいたわりの言葉をかけながら男性の前に立つと、小瓶を手にし唇を赤く塗らして、目を閉じ囁いた。

『この者に元の壮健な身を』

 虹色の蝶がぶわりと飛び立ち、観衆がざわめく。蝶は白く輝くと、驚き顔の男性の身にすっと吸い込まれて消えた。すると。

「お、おおお?」

 男性が松葉杖を離して両足で地を踏み締め立つ。足踏みし、飛び跳ねて、見る見る内に喜びの色が顔に満たされた。

「痛くねえ! すっかりよくなっちまった!」

 その様子を見て、観衆は色めきたった。

「あたしもお願いできるかい。小麦袋を運んでいたら、腰を痛めちまって」

「うちの旦那が風邪をひいて、もう二週間咳が止まらないんだ」

「うっかり埋み火に触って火傷しちまった。治るかい?」

 たちまちエレの周囲に人だかりができて、次々と注文が殺到する。

「わかりました。お聞きしますので、皆さん順番に」

 アルテアの効果を目の当たりにした人々はエレを頼る。これもこの半年でお決まりになった流れだ。

 一人一人の話を親身に聞いているエレの横で、赤い瞳が不機嫌極まり無い様子で見下ろしている事に、少女自身が気づかないのも。

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