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アルテアの魔女  作者: たつみ暁
第一部『アルテアの魔女と黒の死神』
21/150

5:不信と信頼と(6)

「思い出を作りましょう」

 その日の昼食の席でエレは唐突に言い出した。インシオンをはじめとした誰もが「は?」という不思議顔でエレを見つめて来る。

「あのですね」

 エレはおずおずと笑って言葉を継いだ。

「イシャナ王都に着いたら、きっと私達はお別れする事になります。その前に、皆さんと一緒に旅をした思い出を作っておきたいのです」

 そう、忘れかけていたが、エレの今の立場はあくまで遊撃隊の客分だ。王都へ着けば要人としてしかるべき場所へ移り、インシオン達と会う事はもう無いだろう。

 付け狙われる身での旅は決して楽ではなかった。だが、いやだからこそ、彼らと過ごした時間を心にしっかりと残したい。

「駄目でしょうか」

 首をすくめて上目遣いにインシオンを見る。しばし漂う無言の時の後。

「あー、わかったわかった。だからそんな顔するんじゃねえよ」

 負けたとばかりにインシオンが手をひらひら振ったので、エレは笑みの花を満開にさせた。

「ただし」

 赤の視線が釘を刺す。

「羽目外すんじゃねえぞ。また刺客が来て、この街に被害が及ぶような厄介事になったら、即撤収だ」

「ありがとうございます!」

 エレは瞳をきらきら輝かせて何度もうなずいた。


 昼食を終えた後、五人は街へ繰り出した。様々な店の立ち並ぶ大通りには人々が行き交い、賑わっている。服屋で流行の服を身体に当ててみたり、書店でセァクには無い雑誌をめくったり、菓子屋で焼きたての甘い菓子を買いほおばったりしながら、のんびり歩いてゆく。今ばかりは敵も遠慮してくれているのかと思うほど、常に諍いに身を置いていた日々を忘れるような、ゆったりした時間が流れていた。

 そして、装飾店の前を通った時、エレは足を止めた。軒先の露台に並べられていた硝子製の腕輪に目が吸い付けられたのだ。

 緑、赤、青、紫、銀。それぞれに色をつけられた硝子が太陽光を受けてきらきら輝いている。

 エレは先を行くインシオンを追いかけ、上着の袖を引いて装飾店まで戻ると、腕輪を指し示した。意味がわかっていなさそうに眉をひそめる彼に笑いかける。

「私達の瞳の色で揃っているでしょう?」

 緑はエレ、赤はインシオン、青はシャンメル、紫はリリム。そして。

「なるほど、エレには私の瞳が銀色に見えるのですね」

「あ、ソキウスは灰色だと思うんです。でも、銀色の方が綺麗かな、と思いました」

 ソキウスがくすぐったそうに苦笑して灰色の瞳を細めたので、エレは両手を振って弁解した。

「買わねえぞ。そんな玩具に出す金なんざ無い」

 値札をのぞき込むインシオンの表情がますます渋いものになったので、駄目なのか、とエレは肩を落とす。が。

「えーっ、いいじゃんいいじゃん、これくらい」

「あたしも……欲しいかも」

 シャンメルがからりと笑い、自己主張の少ないリリムまでもがぼそりと呟く。インシオンが塩の塊をそのまま口に含んだような表情でソキウスの方を向く。ソキウスは飄々と肩をすくめた。

「まあ、財布の紐は私が握っていますからね。余裕はありますよ」

 完全に味方を失ったインシオンは深々とした溜息をつき、しぶしぶとばかりに告げる。

「お前ら、今回だけだからな」

 エレが手を打ち合わせ、シャンメルが拳を突き上げて、リリムもひっそりと笑み崩れる。その様子を微笑で見守りながら、ソキウスが店員を呼んで数枚のリド硬貨を渡した。

 五色それぞれの腕輪が、五人それぞれの手に渡る。各々が瞳の色と同じ腕輪に手を通して、ためつすがめつした。

 エレは緑の腕輪をはめた左腕を掲げてみせた。硝子が陽光を受けてきらりと輝く。

 この思い出があれば、この先どんな運命が待っていても、きっと笑顔で乗り越えられる。

 目の端に光る水分があったのは、太陽がまぶしすぎたからだろう。この胸が苦しいほどに締めつけられるのも、気のせいなのだ。

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