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アルテアの魔女  作者: たつみ暁
第一部『アルテアの魔女と黒の死神』
20/150

5:不信と信頼と(5)

「おや、エレ」

 身支度を整えて部屋を出ると、ソキウスとばったり出くわした。

「お加減はいかがですか?」

「すっかり良くなりました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 深々と頭を下げれば、ソキウスはにっこりと笑んで「いえいえ」と首を横に振る。

「あなたは一時とはいえこの隊の一員。助けられる仲間を見捨てないのはインシオンの意向でもあります」

「そのインシオンはどこに?」

 エレが問いかけると、ソキウスは一瞬、眼鏡の奥の瞳をみはり、それから不安げな色を宿して、神妙に質問を返して来た。

「お会いする気ですか?」

 エレがうなずいても、彼の懸念の雲は晴れないらしい。こちらから視線を外して躊躇いがちに続ける。

「インシオンの姿を見たのでしょう。私達は彼を殺す為に存在するのですよ」

「だからこそです」

 しっかりとした口調で、エレは言い切った。

「彼が破獣になる事で苦しんでいるのなら、殺す為ではなく、救う為に私の力を使いたいと思います」

 ソキウスが虚を衝かれたように言葉を失い、それからゆるゆる首を横に振って「だからあなたは……」ぼそりと洩らす。あまりに小さかったので何と言ったか最後まではわからなかったが、彼はひとつ嘆息すると、窓の外を指差す。

 目で追えば、黒の三つ編みが庭にたたずんでいるのが見えた。


 木々の合間からきらきらと陽光が降り注ぐ。エレの瞳と同じ色の草が萌える地面を踏みしめて歩いてゆくと、十歩分ほどの距離を残したところで、

「近づかない方がいいぞ。またお前を襲うかもしれねえ」

 インシオンが背を向けたまま言った。背中が全てを拒絶している。

「聞いたんだろ。俺は自分の勝手であいつらをこの隊に縛りつけてる。お前を傍に置いたのも、利用価値があったからだ」

 嘘だ。もしそうなら、今まで何度も足を引っ張ったエレに価値は無しとみなしていたはずだ。なのに、否定の一言が出ない。

 沈黙が風となって二人の間を流れてゆく。気まずいほどの時間が過ぎた頃、インシオンが三つ編みを揺らして空を見上げ、再度口を開いた。

「まだ間に合う。今ここから逃げ出しても俺はお前を追わねえ。アルテアさえ隠せば、どこかの辺境でただの娘として暮らす事もできるだろう。イシャナにもセァクにも適当に言い訳を作ってやるさ」

 それも嘘だ。どんな弁解を繕った所で、エレを失わせた責任はインシオンに降りかかる。

 どうしてこの人は、自分を苦しめる事ばかり言うのだろう。エレの心にふつふつと湧き起こるものがある。これは明確な怒りだ。エレは翠の目を細めると、つかつかとインシオンに歩み寄り、その手をしっかりとつかんだ。

「嫌です」

 自分でも驚くほどにはっきりと、その言葉を舌に乗せる。インシオンが戸惑い気味にこちらを振り返った。

「目の前で苦しんでいる人がいるのに、それを見捨てて一人逃げ出すなんて、できません」

 赤の瞳が見開かれてエレを見つめる。その瞳をまっすぐに見返して、エレはふっと微笑んだ。

「それに、セァクとイシャナの戦を回避する為に生きろと言ったのも、王都までは守ると言ったのも、あなたでしょう? ご自分の言葉に責任を持たないのですか」

「……本当に余計な事を覚えてやがる」

 インシオンが舌打ちして気まずそうに視線を逸らす。その仕草が、まるで幼い子供がいじけているかのようで、なんだかむずがゆい心持ちになった。

「大丈夫です」

 両手で大切に大切に、彼の手を包み込む。

『あなたは神の血に負け狂う事なんてありません』

 意識せず、自然にアルテアを紡いでいた。インシオンが再度こちらを向く。その瞳には明らかに驚きが宿っていた。

「……手」

 彼がぶっきらぼうに吐き捨てる。何だろうかと目をまたたかせると。

「いつまで握ってるんだよ」

 言われてはっと我に返る。そういえば勢いで彼の手をずっと握り締めていた。

「ごめんなさい、私ってば!」

 慌てて手を振り切り数歩後ずさって距離を取る。セァクにいた時はヒョウ・カ皇王とさえ必要以上に距離を詰めなかったというのに、この人とは、抱き上げられたり裸を見たりと、何て踏み込んだ行動に出ているのだろう。自分の大胆さに熱くなった顔をうつむける。脈拍音が耳の奥で響いている。早鐘を打つ心臓に、静まれ、と必死に願って胸をおさえる。

「ったく、本当に読めねえお姫さんだな」

 その声に少し楽しそうな色が混じっていたので、顔を上げる。インシオンは目を細め、軽く口の端を持ち上げて笑っていた。そのあまりの美しさに、静まりかけた心臓がまたうるさく騒ぎ出す。

「そこまで言ったからには、あてにしてるぜ、エレ」

 インシオンが頼ってくれた。それが嬉しくて仕方ない。エレも満面の笑みを浮かべて、大きくうなずき返すのだった。

「はい!」

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