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アルテアの魔女  作者: たつみ暁
スピンオフ『紅の鬼神』
106/150

6:驟雨の惨劇

今回残酷描写が三割増(当社比)です。苦手な方はご注意ください。

 がちゃがちゃと、金属のこすり合わさる音が鼓膜に響く。血を吸い込んで錆を帯びたにおいもする。戦に赴く前の緊張感がぴりぴりと空気を震わせる。

 身に慣れた、慣れてしまった感覚だ。

 エニミとの出会いと別れを経て、六年経った夏。スウェンはいまだ争いのただ中にいた。

 今度の戦場は北の地。二百五十年の昔から、国境線を巡ってセァクと奪い合いを続けた都市の郊外だ。

 イシャナにとってもセァクにとっても、この街を得るかどうかは、領土が広がるか狭まるか以外の意味を持つ。両国と交易を行う事で繁栄しているここをおさえれば、経済的にも大きな益を得る。もっとも、実際にこの街に住む人間達は、セァクとイシャナどちらに属するかは割とどうでもいい事らしく、商人達に至っては、「今まで通り商売を続けられるならどっちでもいい」と声高に宣言している。所詮王都から離れた地に行ってしまえば、国民の意識などその程度のものなのかもしれない。まあ、王国への忠誠心で戦っている訳ではないスウェンに、彼らを責める道理も無いのだが。

「何か雲行きが怪しいな」

 出撃前に陣幕の片隅で自分の武器を確認していたスウェンのもとに、カストールがやってきた。いつも飄々として、戦の前にもくだらない冗談を放つようなこの男にしては、いやに神妙な顔をして、幕間から垣間見える外の様子をうかがっている。

 スウェンは何も返さないで剣の腹に指を滑らせる。言われなくても朝から天候は良くないのはわかっている。どんよりとした雲が垂れ込めて、戦が始まる時間にはにわか雨が降るかもしれない。

「天気の事じゃねえぞ」

 こちらの心を読んだかのようにカストールが振り向いて、苦虫を噛みつぶしたような表情を見せた。

「何か、良くねえ感じがする。今日の戦は、一波乱ありそうだ」

 脳まで筋肉でできていそうな外見をしたカストールだが、実際にはスウェンに負けないくらいの、戦闘における敏感な嗅覚のようなものを持っている。長年の付き合いでわかった事だし、実際それだけの感性があるからこそ、彼もこれまでの戦を生き残ってきたのだ。そのカストールがそう言うのだから、今日これからの戦いは、生易しいものではなくなるだろう。

 スウェンは友には応えず、紫の瞳に戦意を宿して剣を鞘に納めた。


 予想通り、戦闘が開始される時刻には空が泣き始め、あっという間に土砂降りへと変わった。ぬかるんだ地面を硬い靴底や馬の蹄が蹴り、泥を跳ね散らかす。雨の中、イシャナの白とセァクの黒の斬り合いは続き、血と泥濘にまみれた死体が累々と転がった。

 赤黒く染まる地面を駆け、黒を踏みつけ白を乗り越えて、スウェンは剣を振るう。一太刀で馬の足を払い、返す刀で首をはね、振り向きざまに、背後に迫っていた敵の腹へ刃をめり込ませて脾臓を断ち斬る。びちゃりとねばついた出血音を立ててくずおれる敗北者には目もくれず、餓えた獣のように瞳をぎらつかせて、次の敵を求める。

 だがその時、背筋がぞっとするような感覚がざわりと身を撫でていった気がして、スウェンは足を止め周囲を見回した。同じ感触を覚えたのは、自分だけではないらしい。味方だけでなく、敵のセァク兵も落ち着きなくきょろきょろと視線を彷徨わせていた。中には、あからさまに怯えている者もいる。

 一体、何だ。歴戦の戦士にすらうっそりとした恐怖を与える、これは何だ。眉間に皺を寄せて、剣の柄をぐっと握り直した時。

 雨の中、びょう、と何かが風を切る音がしたかと思うと、視界に入っていたセァク兵の首から上が、唐突に消失した。

 いや、消えたのではない。断ち切られたのだとわかったのは、その足下に、ごとりと重たい音を立ててその首が落ち、西瓜が割れかのるように脳漿をまき散らしたからだ。

 敵味方関係なく悲鳴があがった。誰もが慌てふためいてその場から逃げ出そうとする。指示無き敵前逃亡はイシャナでもセァクでも万死に値すると誰もが知っているはずだ。だのに、この混乱は。

 唖然とするスウェンの前で、また一人が背中から血飛沫を噴き上げて倒れた。

 雨が勢いを増し、雷鳴が轟き始める。

「ひっ、ひいい……!」

 悲鳴と、ばしゃん、と水たまりに倒れ込む音で、スウェンは自分の傍に這いつくばる人間の存在に気づいた。見下ろせば、黒鎧が目に入る。セァク兵だ。しかし彼は信じられない事に、敵であるはずのスウェンに手を伸ばし、哀願するように震える声を絞り出した。

「た、助けてくれええ……!」

 その瞳には切羽詰まった恐慌が宿っている。

「死にたくない、破獣カイダに殺されるなんて嫌だ! 助けてくれえ!」

 スウェンは思わず我が耳を疑った。

 破獣。破獣と言ったか、この男は。

 破神タドミールと同じく伝説の中の存在の名前を今出すなど、戦場の恐怖で気が狂ったのか。

 しかしそんなスウェンの考えは、根底から覆される事となる。

 ごりっ、と。

 何か硬いものにかじりつくような、嫌悪感を煽る音と共に、セァク兵の形相が絶望に凍り付いた。

「あ、あ、あ……」

 スウェンに向けて手を伸ばすその身体が、ずるずると後方に引きずられてゆく。ごりごりとかじる音は、ばきぼきと噛み砕く音へと変貌してゆき、セァク兵は白目をむき血泡を噴いて、がくりと脱力した。

 セァク兵の身体が、子供が飽きた玩具を放るかのように投げ出される。その身は、腰から下が失われ、途切れた箇所は、鋸で無理矢理斬り裂いたかのようにぐずぐずになって、こぼれた内臓がのぞいていた。

 滝のような雨で悪くなった視界の中、スウェンの至近距離に何かがいる。雷鳴が轟き、稲妻がかっと戦場を照らした時、その光に映し出された「何か」の姿を見て、スウェンはひゅうっと息を呑んだ。

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