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天空のディアマン  作者: 滝沢美月
第1章 蒼穹の瞳 天空の予言
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第9話  想定外の事態



「今日の宿はここでいいな?」


 夕日が屋根をオレンジ色に染めて暮れかかる王都の西端、大通りから一本奥の路地で止まったリュシアンは、宿屋の看板を見上げて言った。

 リュミエルはその言葉に仰天する。


「えぇっ!?」


 あまりの大声に、リュシアンは大げさなくらい顔をしかめて煩いと瞳で語るが、リュミエルはそれどころではない。


「日帰りじゃないの!?」


 王都の人の多さに人酔いして気分が悪くなってしまったリュミエルだったが、リュシアンの買ってきてくれた果実水を飲み、少し休憩して気分はだいぶ良くなり、目的の採掘場見学を終えてきたところだ。何も言わずに歩くリュシアンの後ろをついてきたリュミエルはてっきりバノーファへの帰途についているのだとばかり思っていた。そもそも日帰りのつもりだったリュミエルは、驚かずにはいられない。

 そんなリュミエルとは対照的に、やっぱり気づいていなかったんだなという呆れ顔。


「この時間から帰るつもりか?」


 あからさまに馬鹿にするように見下されるが、そんなリュシアンの不遜な態度も今は気にしている場合じゃない。


「だって私、宿代なんて持ってきてないよ?」


 もっともな理由を口にしたにも関わらず、リュシアンは相変わらず馬鹿にしたような視線をリュミエルに向けている。はぁーっと呆れたようなため息とともに吐き出す。


「そのための薬なんじゃないのか?」


 そう言われて、リュミエルははっとする。そういえば――

 昨日の夜、王都まで鉱石の採掘場見学に行きたいと両親に言うと、二人は驚いたものの、すぐに許可をしてくれた。

 いままで一度もバノーファから出たことがないリュミエルが、王都に憧れていることを知っている両親。そして、予備校の成績が思わしくないことも知っている両親は、魔術学校への進学が叶いそうもないため、王都へ行きたいと誤解したのかもしれない。


「くれぐれも気を付けるんだよ、これ」


 そう言いながら母が手渡したのは紺色の斜め鞄。中を開けてみると、需要の多い、とりわけ高価な薬がぎっしり入っていた。


「時間があったらでいいから、王都で薬を売ってきてちょうだい」


 リュミエルは、手渡された薬と母の顔を交互に見ながら、そんな時間はないと思うけど……と心の中で思ったが、口には出さなかった。

 その予想通り、薬を売る暇などなかったのだが。

 朝、迎えにきたリュシアンはリュミエルの大荷物を見て、「なんだ、それ?」と尋ね、リュミエルは事情を話していた。

 そんな暇はないって馬鹿にされると思ったのに、その時のリュシアンは思案気にしていた。

 ふっと笑われた気がして仰ぎ見れば、勝気な瞳がまっすぐにリュミエルを見ていた。


「明日はせいぜい売り子に励めよ」


 なんとも上から目線な口調にリュミエルはイラットするが、それどころではない。

 ってことは、お母さん達は初めから泊まりだって分かってたってこと!?

 脳内がいまだに混乱しているリュミエルを見て瞳を笑みの形に細め、リュシアンは宿屋の暖簾をくぐって中へと入っていってしまった。

 お金の心配はしなくてすんだけど、でも泊まりだなんて……

 考えが上手くまとまらないまま、リュミエルは慌ててリュシアンの後を追って宿屋に足を踏み入れた。

 入ると、すぐ目の前に吹き抜けになった食堂があり、その横に二階へと続く階段がある。一階が食堂で、上の階に客室があるのはバノーファの宿屋と変わらないが、なんといっても規模が違う。

 バノーファにある二つの宿屋を合わせたよりも広い食堂に、驚きに瞳を見開いた。

 王都の西のはずれでこの広さならば、王都の中央ではどのくらいの規模の宿屋があるのか、想像もつかない。

 入り口で呆然と店内を見回しているリュミエルから離れて、リュシアンは、宿屋の店員らしき格好の中年の女性に近づく。


「泊まりたいんだが、空きはあるか?」


 さすが、あちこちの国を旅しているだけあって慣れた口調で声をかけた。

 中年女性は、営業スマイルを浮かべる。


「はいはい、ちょっと待っててね~」


 そう言って奥に引っ込んでいった中年女性は、少し困ったような苦笑を浮かべてすぐに戻ってきた。


「申し訳ないね、今日はもう一部屋しか空いてないんだけど……」


 言いながら中年女性は、ちらっとリュミエルの方に意味深な視線を向ける。

 それに気づいたリュシアンは、すっと優雅な仕草でリュミエルの腰に手をからめ、抱き寄せた。

 リュミエルは突然のことに驚き、瞳をこれ以上ないというくらい大きく見開いてリュシアンを仰ぎ見た。

 心臓はドクドクと煩いくらい音を立てていて、ぴったりとくっついた体から聞こえてしまいそうなくらいだった。

 視線を感じたのか、ちらっとリュミエルを見下ろしたリュシアンは、綺麗な笑みを浮かべて中年女性を見た。


「大丈夫ですよ、ねっ、リュミエル?」


 うっとりするような笑みで同意を求められたリュミエルは、なんと答えていいか分からず、かぁーっと頬を赤く染めた。

 その様子を見て、中年女性は納得したように頷く。


「ああ、なんだ、恋人同士かい。じゃ、一部屋で問題ないね。ベッドも一つしかないけど、大丈夫だね」


 肯定するように言って女性が、二階へと続く階段を先導する。

 二人の会話に一人ついていけないリュミエルは呆然と立ち尽くすが、腰に回されたままのリュシアンの腕に力が入り、引っ張られるように歩き出した。




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