第4話 孤高の金狼
わぁ――――!!???
パニックで心の中で叫び声を上げたリュミエルは、ぎゅっと強く瞳をつぶった。今にも触れそうな唇に頭から湯気が出そうだったが、ぴたっと青年の動きが止まったことに気づいて、恐る恐る瞳を開くと、リュミエルに覆いかぶさるようにしていた青年は、リュミエルの上からどき、地面に片膝をついて、片手に剣を握り、茂みの向こうを睨みつけていた。瞬間。
茂みを飛び越えて出てきたのは、輝くような金の毛並みの狼だった。
狼は青年めがけて飛び掛かり、青年は片膝のまま両手で剣の柄と鞘を握って狼の攻撃を受け止めた。
狼は後ろの飛びすさり、威嚇するように姿勢を低くし、毛を逆立てて唸り声を上げる。
青年は立ち上がりながら剣を鞘から抜き、斜めに剣を持ちかまえる。
お互いの間合いを取るように対峙する。
じりっと狼が動いた気配に、青年は大きく一歩踏み出そうとするが、それよりも早く動いたリュミエルに驚き出遅れる。
突然の狼の登場に、地面に寝転んでいたリュミエルは飛び起きた。
青年に襲いかかた狼を息を飲んで見守り、飛びのいたのを見て、リュミエルは狼の側に駆けよった。
「エルドール……っ! 大丈夫だからっ」
青年を威嚇するように睨みあげている狼を安心させるようにリュミエルは狼の首に抱きついた。
「おい、お前、なにやってんだ!?」
背後から焦った声が聞こえたが、リュミエルは無視をする。
「危ないから離れろっ」
再度、青年が声をあげると、リュミエルはきっと青年を睨みあげた。
「危ないのはあなたの方よ、剣をしまって」
まっすぐに青年を見つめたリュミエルは忠告するような静かな声音で告げた。
青年はちっと舌打ちすると、素直に剣を鞘に納めた。
その様子を確認して、リュミエルは狼の首に回していた腕をほどき、優しく背中を撫でた。
狼は渋々といった様子で威嚇をやめ、リュミエルの頬にすり寄った。
「助けにきてくれてありがとう、エルドール」
「どうみても野生みたいだが、狼に名前をつけているのか……」
呆れたような口調に、リュミエルは心外だというように唇を尖らせる。
「狼じゃなくてエルドールよ」
「狼だろ?」
「エルドールはエルドールよ」
真面目な口調で答えるリュミエルを見て、青年は呆れたように苦笑する。
「おかしな女」
その言葉に、エルドールは青年を威嚇するように唸り声をあげたが、リュミエルはエルドールを優しく撫でて諌めた。
「あなた、見かけない顔だけど、観光客? ここは無暗に立ち入っていい森ではないわ」
しばらくエルドールの毛並みを撫でていたリュミエルは、思い出したように顔を上げて青年を見上げた。
「なに、ここ、お前の森なの?」
高圧的な言い方にムッとするリュミエルだが、気持ちをなだめて落ちついた口調で答える。
「違うけど……、ここは古の魔法使いが守った森なのよ。街の人ですら足を踏み入れないから、奥の方は危険なの。熊とかでるんだから」
「盗賊と狼なら出たけどな」
嫌味な言い方に、リュミエルは眉根を寄せる。
「俺はリュシアンだ、訳があって旅をしている。お前は?」
「リュミエル、この森に隣接するバノーファの薬屋の娘よ」
「ふーん、俺はてっきりこの森に住んでるのかと思った、狼を手懐けるなんて変わった女だな」
「だから、狼じゃないって言ってるでしょっ」
「それより――」
くってかかるリュミエルの言葉を遮り、リュシアンは勝気な眼差しに真剣な光を宿してリュミエルを見据えた。
「“天空の宝”って聞いたことないか?」
「天空の宝……?」
「ああ、聞いたことがないならいい。そんな簡単に見つかるとも思ってないしな」
ぼそっともらし、リュミエルに背を向けて歩き出したリュシアンを追いかけて、リュミエルはリュシアンの前に回り込む。
「待って、あなた、その天空の宝っていうのを探してるの?」
「ああ」
適当に話を終わらせていこうとしたリュシアンだったが、リュミエルの好奇心に満ちた眼差しで見つめられて、踏み出そうとした足を元に戻した。
「“天空の宝”――それがあればどんな願い事でも叶う。昔話に出てくる作り話だと思っていたが、実在するらしい。俺はそれを探してあちこち旅をしている。俺はどうしても、それを見つけなければならないんだ――」
遠くを見据えたリュシアンの蒼の瞳には、強い意志が宿っていた。その瞳に空の青が映りこみ、一瞬、焦りに似た光が浮かび上がった。
どうしても、しなければならない――
その強い想いはリュミエルの中にもあるもので、リュシアンの姿が自分に重なって見えた。
自分で力になれるのならば、なにかしてあげたいと思った。
「この国には天空の破片と呼ばれるものがあると聞いた、なにか天空の宝と関係があるんじゃないかと思って来てみたんだが」
「天空の破片なら知ってるけど……?」
「本当か!?」
リュミエルの言葉に、すがりつくように必死の形相でリュミエルにつめよるリュシアン。
「う、うん……、家にあるけど見る?」
あまりのリュシアンの勢いに押されて、リュミエルはたじろいでしまった。