第2話 生まれもった宿命
白い壁と赤い屋根、中央広場を囲うように放物線状に広がった通りは整備され、三階建の建物が整然と並んでいる。窓や玄関先には色とりどりの花が飾られ、中央広場の花壇も季節折々の花が誇らしげに咲いている。
花の街と呼ばれるバノーファ、中央広場から続く大通りに、薬屋の看板を掲げた小さな家がある。そこがリュミエルの家だった。
大通りに面した扉を入るとちょっとした空間があり、カウンターの奥の陳列棚には様々な種類の薬が並んでいる。カウンターのさらに奥にはキッチン兼作業部屋があり、二階と三階が自宅スペースになっている。
リュミエルは今日は予備校が休みで、店の手伝いをしていた。
店にはリュミエルと同じくらいの少女が二人、ほんのりと頬を染めて期待に膨らんだ瞳で小さな紙袋をリュミエルから受け取った。
「ご注文の品です」
「これ、代金です。ありがとう」
「またのお越しをお待ちしています」
代金を受け取り、店の扉から大通りへと出ていく客を、リュミエルはお辞儀をして見送った。
ふぅ~、と小さなため息をついて、腰に手を当てたリュミエルは、注文を受けて作った薬の棚が空になったのを確認する。
カウンターを出て、扉にかかった、オープンの札をひっくり返してクローズにする。
もうとっくにお昼時間は過ぎてしまったが、きりがいいので昼食を食べようと、エプロンを外し、奥のキッチンに向かおうとしたリュミエルの背後から、扉につけたベルが来客を知らせて涼やかな音色を奏でた。
「すみません、いま休憩中で」
振り返りながら言ったリュミエルは、扉から現れた人物を見て、その場で動きを止めた。
そこにいたのは時代錯誤な黒いマントを羽織った、黒髪の青年だった。
「――――っ」
「よう、元気だったか?」
驚きに声が出ないリュミエルを見て勝気な笑みを浮かべた青年は、一歩ずつ靴音を響かせてリュミエルに近づいていくと、リュミエルの頭上越しにひょいっとカウンターから小さなプレートを手に取った。
「なんだよ、これ?」
そこには「恋の叶うクッキー注文承ります」と書かれていた。
ふんっと、馬鹿にするように鼻で笑われたことに気づいて、リュミエルはきっと眉尻をつりあげて青年を睨みあげた。
「返してよっ」
先ほどの少女たちが買っていったのが、この恋の叶うクッキーだった。
リュミエルは魔術は苦手だが、薬学の成績は群を抜けて優秀で、実家の薬屋で“恋の叶うクッキー”を販売していた。これが大ヒットし、予約が殺到している。
魔術に対して劣等感を感じているリュミエルの唯一自分が誇れる能力を馬鹿にされた気がして、頭にきてしまう。
二つ年上の幼馴染、オリヴィエは最年少の十二歳で王立魔術学校に見事入学、去年、王立魔術学校開校以来初の優秀な成績で卒業し、今はその名を国内にとどろかせる超有名で有能な魔導師だ。
家が近所で年も近いせいか、なにかにつけてリュミエルにちょっかいをかけてくるオリヴィエは、リュミエルにとって厄介な存在だった。
おまけに、優秀なオリヴィエと比較されて、リュミエルは完全にオリヴィエのことを敵視していた。
自分がいまだに入学することもできない王立魔術学校に安々と入学し、優秀な成績で卒業したオリヴィエが羨ましくて、劣等感を刺激されてささくれだつ。
「そりゃ、私は王立魔術学校の試験に七回も落ちている落ちこぼれよ。でもね、薬学だけはオリヴィエにだって負けないんだからっ」
言いながらプレートを奪い返そうと、背伸びして手を伸ばしたリュミエルの手の横をすり抜けて、オリヴィエはプレートをカウンターに戻した。
今にも唸り声をあげそうな勢いで睨んでいたリュミエルは肩透かしをくらう。
オリヴィエは、自分で自分の傷口をえぐるようなリュミエルの言葉に眉根をしかめた。
そう――、王立魔術学校の入学資格があるのは十二歳から十五歳までの入学試験に合格したものだけ。試験は年に二回行われ、全部で八回のチャンスがあるのだが、リュミエルはすでに七回試験に落ちている。本当に、次の試験が最後のチャンスなのだった。
今にも泣きそうになって唇を噛みしめているリュミエルを見て、試験前の模擬試験の結果が思わしくなかったのだとすぐに気付く。
ドルデスハンテ国民は生まれながらに魔力を持っている子供は希少だが、オリヴィエもその一人だった。しかし、リュミエルと違い、生まれながらに強大な魔力を持って生まれたオリヴィエは、生まれ落ちた瞬間に魔導師になる宿命を背負うことになった。
辺境で生まれた魔力を持つ赤子の噂を聞きつけた貴族が、貧困なオリヴィエの両親に金を積んで養子に迎えいれ、幼少期から魔導師になるための教育を受け、国の不穏分子とならないように王家の目の届く場所での生活を強いられた。
強大すぎる魔力のせいで両親に捨てられ、王家に監視される生活が嫌で、それでもそこから抜け出す手立てもなく、ただ一日でも早く王立魔術学校に入学し一人前の魔導師になることだけが目標だった。
だが、この二つ年下の幼馴染は自分と同じような境遇でありながら、なにを呪うでもなく、いつだって他人のために一生懸命な姿がまぶしかった。
彼女が目指す場所なら、自分も行ってみてもいいかもしれないと思った。
なにかと理由をつけてはリュミエルの様子を見にきては、自分の気持ちに素直になれなくてからかってしまうオリヴィエだが、王立魔術学校にいる間はなかなか家に帰ることも出来ず、卒業してすぐは魔導師としての地位を確立するために国内をあちこち移動してて、バノーファに帰ってくるのは約一年ぶりだった。
一年見ない間に、綺麗になったリュミエルについいじわるな事をしてしまったが、自傷気味に叫んだリュミエルの言葉に、いけないことをしてしまったと後悔する。だが。
「そんなに行き詰ってんなら、俺が、教えてやろうか?」
慰めるなんてそんな芸当はオリヴィエには出来なくて、つい、上から目線で勝気に言ってしまう。
リュミエルは一瞬、驚きに目を見開き、次の瞬間、恋の叶うクッキーのプレートをオリヴィエに向かって投げつけた。
「結構よっ!!」
プレートだけでなく、手当たり次第に物を投げつけてくるリュミエルに、オリヴィエは慌てて店から退散する。
扉を出て階段を数段駆け下りて、はぁー……っと盛大なため息をもらした。
あー、どうして、こんな言い方しかできないんだよ、俺……