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天空のディアマン  作者: 滝沢美月
第1章 蒼穹の瞳 天空の予言
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第11話  忍び寄る黒い影



 あまりにうるさすぎる心臓の音と恥ずかしさでどうにかなってしまいそうで、リュシアンに抱きかかえられたリュミエルは強く瞳をつぶった。

 リュミエルを抱きかかえたままリュシアンはベッドに近づくと、リュミエルを抱えたままベッドにもぐりこんだ。

 背中に回された腕に力が込められ、リュシアンのたくましい胸に抱きしめられたリュミエルは、胸に甘い気持ちが押し寄せてきて戸惑う。だが。

 リュシアンの腕はすぐにほどかれ、リュミエルの体に掛布を駆けると、すっと離れて背を向けた。


「早く寝ろよ」


 そう言った口調と態度は冷ややかなのに、優しく抱きしめられた感触が体から消えなくて、リュミエルは自分を守るように体を抱きしめて小さく丸まった。

 早く寝なきゃ……

 胸の奥がきゅうっと締めつけられて、なんだか切なくなる。

 だけどそれがなんのなかリュミエルには分からなくて、混乱する。

 泊まりなんて考えてもいなかったのに、一緒のベッドで寝るなんて……

 予想外の展開に頭がついていかなくて、頭に熱がこもる。

 ふっと視線だけを動かせば、リュシアンの広い背中が見えて、心臓がうるさく騒ぎ出す。

 こんなの、ドキドキしちゃって眠れないよ。でも、寝なきゃだよね、明日は薬を売らないと……



  ※



 すぅすぅと規則正しい寝息が聞こえてきて、リュシアンは音をたてないように寝返りを打った。

 そこには体を丸めるようにして眠っているリュミエルがいた。

 ベッドに連れてきてからしばらくはなにか考えこんでいたのかもぞもぞと衣擦れの音が聞こえていたが、疲れもあり、すぐに寝息が聞こえてきた。

 あれだけ一緒のベッドで寝るなんて無理だと言っていたリュミエルは、いま、無防備な寝顔をさらしていて、リュシアンは、ぎゅっと眉根を寄せた。

 小さな吐息をもらし、リュミエルに額にかかる銀糸の髪をかきあげ、リュシアンは再びベッドに横になった。



  ※



 翌朝、窓から差し込む朝日の眩しさと小鳥のさえずりで、目を覚ました。

 むくっと上半身を起こしたリュミエルは目をこすり、ぼぉーっとした頭のまま、ベッドから抜け出した。洗面台に行き顔を洗い、手櫛で髪の毛を整え、まだ少し寝ぼけた頭のまま、窓辺のテーブルに置いた自分の荷物の元に行き、寝間着を着替えようとボタンに手をかけて、その時になってはっとする。

 あれっ、リュシアンは――?

 ベッドを見ても、洗面所を覗いても、部屋のどこにもリュシアンの姿がなかった。

 首を傾げながら、ふっと移した視線の先、窓辺のテーブルの上に小さな紙切れが置かれていた。


『俺は用事があるから今日は別行動だ。昼頃には戻る』


 要点だけを書かれた簡素なメモ、だけど、流麗な文字に吐息がもれる。

 ため息が出るくらいの端正な美貌、さらさらの銀髪、どこかの民族衣装を身にまとったリュシアンは自尊心が高くて不敵な態度で、でも、優しくて、よく分からない。

 まだ出会って三日目なのだから、わからなくて当然なのだろうけど、時折見せる優雅な仕草から、リュシアンの文字が流麗なのは納得する。

 とにかく、今日は薬を売らなくっちゃ――

 昨日はリュシアンの行動に振り回されてばかりだったけど、今は自分のことを考えなければと気持ちを切り替え、朝食を食べるために部屋を出て食堂へ向かった。

 夕食と同じくバイキング形式の朝食を食べ終えた後、リュミエルは宿屋の店員に薬がたくさん売れそうな場所を聞いて王都の中心へと続く大通りに出て薬を売り始めた。

 薬は順調に売れ、リュミエルが調合した恋の叶うクッキーも観光のために王都に来た人が興味からお土産として買ってくれ、持ってきていた薬がほぼ売れて鞄が軽くなった頃、大通りの端を見慣れた銀髪が見えて、リュミエルは首をかしげる。

 ドルデスハンテに銀髪はそれほど珍しくないが、光の加減で青みを帯びて光る銀髪は珍しい。それにこの辺りでは見かけない民族衣装から、それがリュシアンであると確信する。

 大通りを歩く人の隙間を縫うように駆け、路地へと消えていくリュシアンの背中をしっかりととらえたリュミエルは、無意識にリュシアンの後を追っていた。

 大通りから細い路地に入ると、急に視界が薄暗くなり、人通りも少なくなった。

 きっと高い建物が密集して並んでいるからだろうと、リュミエルは建物と建物の隙間から見える細長い空を見上げた。

 複雑に入り組んだ路地を銀髪の背中を追っていく。

 何度目かに角を曲がったところで、リュミエルは立ち止まり、あたりをきょろきょろと見回した。


「確か、この辺を曲がったと思ったんだけど……」


 路地は奥に進めば進むほど細くなり、分岐も少なくなった。リュシアンの背中をついさっきまでとらえていたリュミエルは、リュシアンがそう遠くない場所にいるはずだと辺りに視線を向けた時。

 バタバタっと、何かがぶつかるような大きな音に、びくっと肩を震わせる。

 人の声が聞こえて振りかえったリュミエルは、音のする方に駆けだした。

 一つ手前の路地を曲がって角を折れたところは行き止まりになっていたが、少し開けた空間になっていて、そこで、リュシアンが数人の男たちに襲われていた。

 男たちは同じ紺色のマントを羽織り、顔を隠すように布を巻いていた。その揃いの衣装が、賊というよりも更に統率のとれた組織のようで、リュミエルはぶるりと体を震わせる。

 なに、なんで、リュシアンが襲われているの……!?

 リュシアンは剣で応戦しているが、敵の人数が圧倒的に多い。

 一人の男を剣で倒したリュシアンは、真横から飛び掛かってきたもう一人の男の攻撃を身をかわして除け、前の攻撃の動作から流れるような素早さで男に一撃を与えた。

 次々と相手に攻撃を与えていくリュシアンの鮮やかな身のこなしに目を奪われるが、リュミエルははっとする。

 リュシアンの後方で、最初の一撃で地面に倒れ込んでいた男が意識を取り戻し、懐から取り出した小刀をリュシアンの背中に向かって投げつける。

 リュミエルは考えるよりも先に駆け出していた。


「リュシアン、あぶない――っ」


 両手を広げ、リュシアンを庇うように背後に飛び出す。

 二人の男と対峙していたリュシアンは、リュミエルの突然の登場に驚き振り返る。

 瞬間、地面にうつぶせで横たわった男が投げた小刀がリュミエルの肩をかすめ、鮮血が飛び散る。

 リュミエルは痛みに小さなうめき声をあげた。

 振り返りざま対峙していた男二人の銅を薙ぎ払い、リュミエルの肩を掴む。


「うっ……」


 捕まれた瞬間、肩に走った苦痛にリュミエルは眉根を寄せ、肩を押さえる。


「なんでこんなとこにいるんだよ!?」


 ぎょっとしたようなリュシアンの声に、リュミエルはたじろぐ。


「だって、リュシアンの姿が見えたから……」


 リュシアンは頭が痛いというように米神を押さえ、ため息をつく。

 その時、背後から他の男が切りかかってきたのに気づいたリュシアンは、リュミエルを庇うように片方の腕に抱き寄せ、男の剣を弾き返し、薙ぎ払う。

 ちっと舌打ちしたリュシアンは、周囲を見渡すように視線を巡らせる。


「おい、アルフ、いるんだろっ!? 出てこいっ」


 切羽詰まったようにリュシアンが誰もいない方を見て言うのを、リュミエルは腕の中で不思議に思い首を傾げる。

 瞬間、路地を挟む建物の上から勢いよくいくつもの小刀が飛んできて、地面に這いつくばっていた男の体に数本、リュシアンを遠巻きに取り囲むようにしていた男達の足元に残りの小刀が突き刺さる。

 リュシアンに仲間がいると悟った男達は、形勢不利と判断してリュシアンからじりっと後方に距離をとるように後退する。

 しかし、ここは袋小路になっており、唯一の路地へとつながる場所にリュシアンがいるため、男達は後方の木材でふさがれた壁を乗り越え、最後に火まで放って逃げて行った。

 放たれた炎が木材の壁に燃え広がり、急激に勢いを増していく。

 パキパキとすべてを飲み込むような音を立て燃え盛る炎と、そこから上がる煙が辺りに広がり始める。

 ひゅっと吸った空気にまぎれて煙が喉に入り、喉にひりひりとした痛みが走る。

 それと同時に、リュミエルの視界がぐらっと揺れる。


「あっ……」


 掠れた小さな声をもらすと同時に、リュミエルは大きく瞳を見開いた。




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