はじめから
そして現在、僕は目的地の建物の近くまで来てしまっている。
「えーっと……ゲーム会場はココでいいんだよな」
僕は手紙に書かれている地図を見直して、目的地を再確認した。
目の前には、日本ではないんじゃないかと思うくらい
西洋を思わせる立派な洋館がそびえ立っている。
「こんな所で、いったい何をさせるつもりなんだ……」
とりあえず、建物の中へは入らずに外から中を確認しようと思った。
入り口の近くに窓はいくつかあるのだけれど、
それもカーテンで閉め切られていて中の様子が全く見えない。
もう少し窓へ近づけば、うっすらとは見えるんじゃないかと考えて、
一番近くの窓に近づいたその時だった。
「すみませんが……」
「わっ!?」
いきなり自分の肩を叩かれて、慌てて後ろを振り返った。
するとそこには、少女漫画に出てきそうな
顔立ちの整ったスーツ姿の男性が僕を見て驚いている。
ゲームの参加者なのだろうか、もしくは近所に住む住人かも知れない。
どちらにせよ、彼が怪しむのはもっともだろう。
周りから見ると変質者のような行動をしているのは明らかだからだ。
どんな言い訳をしようかと思いを巡らしていて、しばらく言葉に詰まってしまった。
すると、相手から意外な一言が返ってきた。
「あぁ! ゲーム参加者の空野様ですよね。 お待ちしておりました。
私はこのゲームの進行役のゲームマスターです」
「えっ?」
彼の言葉から察するとこの人がゲームの参加者ではないことはすぐにわかったけど、
それよりも僕の名前がなぜ分かるんだろうと不思議に思った。
もちろん知り合いでもないし。
ゲームマスターが手紙を送った相手の顔を全部把握しているとでもいうのだろうか。
そんな事、超人でもない限りできるわけがない。
そういえば手紙に、限られた人にだけしか手紙を送っていないと書かれていたが
関係しているのだろうか。
気持ち悪くも感じたが、それよりもゲームマスターならばこのアルバイトの
詳細を知っているはずと思い、ずっと聞きたかった質問を投げかけようとした。
「この手紙に書いてあることは本当なんですか?
簡単なゲームをするだけで本当に日給100万円も……」
ゲームマスターは僕の質問が終わる前に笑顔で素早く言い返してきた。
「はい、その質問はよく聞かれますが本当ですよ。
実際に建物の中に十分なお金も用意してありますしね。
もうすぐゲームが始まるので、質問はゲーム説明の時にお答え致しますよ」
ゲームマスターは最後まで笑顔を絶やさず、紳士的に対応した。
確かに、本来ならばもうすぐゲームが始まる時間だ。
だけど、やっぱり参加することはためらわれるから、まだ迷っていると
ここでハッキリと自分の意志を伝えておく必要があると思った。
「待ってください。 僕はまだ参加するとは決めてないん……」
僕の言葉を遮るように、ゲームマスターは一人ですたすたと
建物の入り口であろう扉の前に移動しながら、先ほどより大きな声で説明を始めた。
「では、こちらからお入りください。
会場の中には、もう何名かの参加者がいらっしゃいます。
まもなくゲームが開始されますので、
それまではご自由にしていただいて結構です。
他の参加者の方とお話をされても構いませんし、
一人でこれからの事を考えていても構いません。
まぁ、私のお薦めとしては
『他の参加者の方と話をしながらこれからのことを考えること』ですがね。
フフフ……」
ゲームマスターが最後に微かに笑った瞬間、僕の背中には悪寒が走った。
紳士的な姿や話し方には似つかわくない程の、冷たい笑みだった。
彼の笑みの奥にあるのは……期待ではなく蔑みな気さえした。
だけど、僕はそんな事を感じながらも自然と扉の取っ手に手を伸ばしていた。
この先は危ない、直感ではわかってはいるけれども……
やっぱりチャンスかもしれない、自分の夢をつかむ最後のチャンスかもしれない。
そんな混濁する気持ちを抱えながら、
厚く造られている希望か絶望の扉をゆっくりと開けてしまった。
ずっと外にいたせいか、少し眩んでしまった目をこすり、周りを見渡した。
建物の中は外観の期待を裏切らないほど、豪華絢爛に造られている。
天井にはシャンデリア、見たこともない観葉植物、そして高級そうな調度品。
僕はしばらく呆気にとられてしまった。
「そのまま、真っ直ぐ前方のお部屋へお入りください。
中には他の参加者達たちがいらっしゃいますので」
「あ、はい……」
僕はすこし小さな声で、ゲームマスターに返事をした。
「では、後ほどお会いしましょう」
ゲームマスターが言い残すと、すぐに外から扉を閉められてしまった。
僕は改めて、建物の中を見渡してみた。
「それにしても、西洋のお城みたいだ……」
僕の目に映る物は、すべて輝いて見えるほどだった。
僕はゲームマスターの指示通り、目の前にある部屋への扉に目を移した。
「この中に、他の参加がいるんだなぁ」
少し緊張はしてきたが、勇気を持って扉を開けた。
「あっ……」
その部屋はとても大きく造られていた。
奥の方は少し高く造られていて、まるで大学の教壇のようだった。
黒板にはゲーム会場と書かれていて、教壇らしく机や椅子も用意されている。
部屋のあちこちにはテーブルクロスが引かれた丸いテーブルや椅子があり、
おいしそうなビスケットなどのお菓子なども用意されていた。
だけど、一番気になったのはやっぱり……
部屋のあちこちから僕を黙ってチラリと見る参加者たちだった。
パッと見る限りでも、参加者たちの性別も年齢もバラバラであるのがわかる。
スーツ姿で胸に弁護士バッチを付けて椅子に腰掛けている男性もいれば、
最近のアニメのTシャツを着ながらお菓子を食べている外国人らしき女性もいる。
70歳くらいのおじいさんもいるし、逆に幼稚園児まで参加しているのがわかる。
って、あれ……そもそも、幼稚園児にアルバイトをしていいのか?
法律に触れるし、確実にアウトだろう。
そもそもこのアルバイト、確実に国が認めていないだろう。
ちょうどそんな事を考えていると、
一人のガタイのいい男がこちらへ向かって歩き始めた。
「はっはっはっ、君もゲームの参加者かね?」
この空気を打ち破るほどのハッキリとした大きな声で、僕に話しかけてきた。
「あ、はい、空野と言います。 短い間ですがよろしくお願いします……」
男性は右手を差し出してきたので、僕もすかざず右手を出して握手に応じた。
僕の右手の骨が折れそうなほど、強い力で握り返してくる。
彼のオーラに圧倒されてしまったのか、僕は上手く喋ることができなかった。
頭をポリポリと掻きながら、作り笑いをする。
「空野君か、よろしく頼むよ-。
僕はスポーツインストラクターをやっている近動 芯太だ。
ご覧の通り指先を使うゲームが得意ではなくてね。
身体を動かす事は得意なんだが。 はっはっはっ」
元気な声で話しかける近動さんから、とても明るい人なんだなという印象を受けた。
なんとなくだけど、近藤さんなら困ったときに頼りになりそうだなと素直に思った。
「僕もそれほど自信はないですが、困ったときはお願いします」
「お互い様だよ!
体を動かすゲームなら自身はあるが、頭を使うゲームはめっぽう弱いからね。
では、他の人にも挨拶をしにいかないといけないから、
ゲームが始まったらまた話そう」
「あっ、はい。 じゃあ後でまた」
近動さんは礼儀正しく、他の人と積極的にコミュニケーションを図るみたいだ。
この怪しいゲームに参加する気満々みたいらしい。
「……あっ」
そういえば、さっき会話の流れで自分も参加するようなことを言ってしまった。
もうココまで来たからには、もう戻れないかもしれない。
ええい。
もうそうなったらヤケだ。
僕はもう、ある程度の覚悟をした。
そういえば……。
さっきゲームマスターが、他の人と話をしながらこれからのことを考えた方がいい、
とか言っていたことを思い出した。
真意はまだわからないけれど、
他の参加者と話すことでゲームの報酬が上がる、なんて可能性があるんだろうか。
どちらにせよ、このままボーッとしてても時間がもったいない。
とりあえず、近くのテーブルにいる40歳前後の女性参加者と話をしてみようか。
そのテーブルの近くまで移動して、少し様子を窺ってみる。
その女性とふいに視線が合うと、ニッコリと微笑みかけてきた。
会場が静かすぎるせいで気後れするけれども、
せっかくだから勇気をもって話しかけよう。
「すいません、僕は空野と申します。 ゲーム参加者の方ですよね。
よかったらお名前をお聞き……」
僕が名前を尋ねようとした、その時……
「あっ! ありがとうございますぅ」
会場の入り口で若い女性がゲームマスターと会話をしているのが耳に入った。
どうやらちょうど今、このゲーム会場に入ってきたようだ。
会場が静かなせいなのか、若い女性の声が建物中に響く。
「いつからゲームが始まるんですか?」
「あなたが最後の参加者なので、もうまもなく始まります」
「わかりましたぁ、ではまた後でお願いしますね!」
「では準備がありますので、後ほどお会いしましょう」
ゲームマスターが外から扉を閉めて、しっかりと鍵をかけた。
一方の若い女性は、僕と同じように感心したように部屋中を見回している。
「うわぁ、豪華だなぁ。あたしの家にはこんなのないよ」
その若い女性は、ゲームマスターが去った後でも
調度品を触りながら独り言を呟いている。
話し方からも、おっとりとした女性だということを察することができた。
「あの……」
「あっ! ごめんなさい。」
目の前にいる女性に話しかけていたことを、すっかり忘れてしまっていた。
「ふふふ、いいんですよ。
私もすっかりあの女の子に目を奪われましたもの。
元気な子がきてくれたから、これからのゲームも明るくなりそうだわ」
「はは、確かにそうですね」
その女性の上品で優しい話し方から、僕は安心感を覚えた。
「あぁ、そういえば名前をお尋ねになったところでしたよね。
ええと、私は宮代と申します。
これからよろしくお願い致します」
「こちらからもよろしくお願いします」
彼女が深々と頭を下げたので、それに釣られて僕も頭を下げる。
宮代さんも、近動さんと同じく優しそうな人だ。
僕はそっと胸をなで下ろした。
「といっても、ほとんど力になれそうにもないわよ~?」
宮代さんはどうやら少しお茶目な部分もあるらしい。
最初よりに聞いた声よりもずいぶん明るくなったのがわかった。
「それは僕も同じですよ」
僕はつまらない受け答えしかできなかったけど、
宮代さんと話すうちに他のゲーム参加者に対しての警戒心も薄まっていった。
「そうだ、私は看護師をしているの。 だから怪我をしたら任せてね!」
「そうなんですか! いざとなったらお願いします」
怪我をしそうなゲームなんてしたくないなぁと感じながらも、
宮代さんから醸し出しているこの安心感の理由が分かった。
仕事で人を癒す仕事をしているから、
普段からもその優しさがにじみ出ているのだろう。
ゲーム自体は怪しいけれど、参加者達はいい人達ばかりで本当に良かったな。
ゲームに参加してもいいのかなと思い始めた、その時だった。
キーン コーン カーン コーン♪
建物中に何かの音が響いている。
「あら、これは何の音かしら?」
どうやら宮代さんも気付いているらしい。
キーン コーン カーン コーン♪
何の音なのか、よく耳を澄ましてみる。
そういえば、どこかで聞いたような音だ。
キーン コーン カーン コーン♪
「……あれ、どうして学校のチャイムが流れてるんだろ??」
さっきの若い女性がぽつりと呟いた。
キーン コーン カーン コーン♪
そうだ、確かにこれは学校で流れるチャイムだ。
チャイムは4回流れて、止まってしまった。
すると、すぐに会場の奥の扉からゲームマスターが現れた。
どうやら、右手に重そうな紙袋を持っているようだ。
そのままゲーム会場の奥にある壇上に上がる。
「チャイムが鳴って教壇に人が上がると、
さながらココが大学のような錯覚を受けますね」
宮代さんは軽く笑いながら、僕に話しかけた。
「ええ、まるで今日も学校のようです」
僕の受け答えに宮代さんも軽くほほえむ。
ゲームマスターは紙袋の中を確認すると、おもむろに口を開いた。
「それでは、16人全員揃ったのでゲームの説明をしたいと思います」
その言葉に僕の心臓は高鳴った。
隣にいる宮代さんも緊張が伝わってくる。
「説明は一度しかしないので、よくお聞きくださいね」
会場全体から伝わる張り詰めた空気に、僕は唾を飲み込んだ。
「いよいよ始まるんだっ……」
さっきの若い女性も手を合わせて祈っている。
僕も軽く目を閉じて無事にアルバイトが成功することを考えた。
そう、ここから始まるんだ。
あの永久と思える、疑心暗鬼の時間が……。