プロローグ
魔王大好きっ子が書きたかった。
因みにゲーム類はあまりやったことがない。
なので内容が適当なのは当たり前。
こんな小説ですが見てくださる人がいるならば至極光栄です!
8・29
かなり修正しました。
生臭い臭いが充満する中、扉はそこに鎮座していた。
決して動かぬことがないように壁のように沈黙しているその扉は、人の何倍もの大きさのある取っ手もない漆黒の扉だった。
職人の装飾が丹精に彫られた、それだけで芸術品のような扉は、しかし周りの雰囲気と相まって禍々しい。
ここは魔界の城。最終ダンジョンにて、この最後の扉の向こうには最後の敵――魔王がいる。
そんな状況下、そんな場所で、唯一人扉の前に立つものがいた。
周りは血肉に塗れ、その人物も本人のものか周りの血肉のものか、血に塗れていた。
しかし、そのものが放つ眼光は揺ぎ無く、彼の神聖さは失われない。
淡い翡翠色をざっぱに切った短い髪に、誠実さを見せるはっきりとした目。
その双眸には黄色の瞳。不思議な力に照らされているような瞳は、一見すれば黄金に輝いているように見えた。
整った高い鼻に、バランスを崩さぬ形で閉じている薄い色の唇は、彼の肌の白さと相まって美しい。
すっきりとした顔の輪郭と美貌に、中性的な印象を与える彼の容姿だが、その鍛えぬかれた肉体や空気の鋭さが、彼が精悍な青年だと伝えていた。
彼の名は、シオンと言った。
ここまでやってきた彼の力は空恐ろしいほどだった。
城に住まい、侵入者を一気に殺し貪ろうと襲い掛かってくる敵を切り倒しなぎ倒し、ただ我武者羅に城を侵略した。
策も何もない突撃は、しかしその力で確実に敵を屠っていった。
ただの一人きり、そのことさえもこの城――魔城に攻めてくることが間違っているのに、それでも彼はやって見せた。
きっと、彼が仲間を連れてきていたら、この城はあっという間に陥落せしめられていただろう。
そういう彼にも仲間がいた。彼に着いて来て、共にこの城に挑もうとした仲間が。
しかし、実際には彼は今一人で、ある意味では絶体絶命であった。
既に鈍器と化した剣を一振りして、元の姿を取り戻させる。
彼の長年の相棒ともいえるそれは、この城に来て、倒してきた敵の血や肉の脂で元の美しさを失っていた。
しかし血肉を吹き飛ばし、現れたのは純白のような、美しい銀色の剣。
僅かな装飾を施されたそれは、今まで何百の敵を屠ってきただろうに刃こぼれ一つしていなかった。
それを見て、満足したように笑った彼は、最後の敵がいる扉の向こうを思って顔を引き締める。
彼の身体はボロボロだった。
持ってきていた回復薬や毒消しは底をつき、自身を回復させるものは何一つもっていない。
ただ一つある、死んだ者も生き返させる実は自分自身には使えないし使う気もなかった。
彼の命は尽きようとしている。
ここまで来るまでに、体力を消費しすぎてしまった。
更に注意していたというのに毒を浴びてしまい、一秒ごとに体力は削られてゆく。
こうして動かずにいようとも、体力を回復する術も、毒を消す術もないのだから、いつか力尽きるのは当然といえば当然だった。
しかし、彼はそうした状態をきちんと把握して、その足を扉へ進めた。
仮にも扉の向こうにいるのは、この世界の最後の敵――そんな敵を相手取り、彼が勝てるかどうか――そんなこと本人が一番分かっていた。
それでも彼は扉に手を掛ける。動く気配のまったくない重く壁のような扉でも、彼に掛かればその口を開けるだろう。
そうして彼は扉を開く――その顔に、笑みさえ浮かべながら。
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VRMMORPGゲーム、『アヴァロン』。
国内産ゲームで、始まりこそはVRMMORPGのためゲーム機器を持つものが少なかったので参加人数が伸び悩んだが、今では大きな人気を博しているVRMMORPG初のゲームだ。
しかし、それは置いて置いて。貴方はVRMMORPGを知っているだろうか。
MMORPG、「多人数同時参加型オンラインRPG」などと訳され、オンラインゲームの一種でコンピューターRPGをモチーフとしたものを指す。(ウィキ参照)
これならば沢山の種類があり、有名なものも多数あるが――VRは通称『リアリティ・バーチャル』と呼ばれ、頭にヘルメット状の機器を装着することによって寝ながらにして現実とそう変わりない仮想空間を体験できるというものだ。
始めは医療用、研究用に開発されたこの機器は、その技術の高さにより価格が高く、大手の企業がやっと一つ所有できるほどの値段だった。
しかし技術は進歩し、漸く機器が裕福な家庭なら手の届く範囲まで下がり、一般発売されたさいVRMMORPG『アヴァロン』が公開された。
以前からのホームページでの宣伝や初のVRゲームということで話題にはあがっていたが、一般発売されたとはいえあまりにも高い機器故に参加するプレイヤーは少ないと予想されていた。
その少ない参加者の中で、一人の女子高校生がいた。
名前は鈴木詩穂、以後ゲーム世界『アヴァロン』で最強と謳われることになる少女である。
発売当初、すぐさまその機器を手に入れた彼女は困惑した。
それは裕福で、どうして同じ学校に通っているか疑問になる親友から誕生日プレゼントと称してもらったものであり、彼女にはあまりにも高すぎるプレゼントだった。
親友と違い一般家庭に住む、極々平凡な彼女は、テレビでも話題になっている機器に対して、なんの思い入れもなかった。逆に値段を知っている分、家に置いておくのも億劫で仕方が無い。
だが親友はそんな彼女に構わず告げた『公開されるゲーム『アヴァロン』なんだけど、一人じゃ寂しいから一緒にやりましょうよ!』
とりあえず親友が何故こんな高価なプレゼントをしてきたかという理由が分かった彼女は、渋々ながら了承した。
態々貰ったプレゼントを押し返すもの申し訳ないし、結局親友のためになるならと。
仕方なくゲーム、『アヴァロン』を始めた当初、彼女は直ぐにでも退会してしまうだろうな。と考えていた。
それもそうかもしれない。元々は勉強やお洒落にしか興味のない、ゲーム初心者の彼女だったのだ。
だが、その予想は完璧なまでに裏切られることになる。
まず、彼女の親友が退会した。理由は『飽きちゃった☆』。元来の性格ゆえか、始めは感じたことのない仮想空間に騒いでいた少女は一ヶ月ほどで辞めてしまった。
元々ゲーム好きというわけではなかった彼女は、きっとその新鮮さに惹かれたのだろう。
トラブルメーカーである彼女は、嵐のようにやってきて嵐のように去っていく少女だった。
当人の詩穂はといえば、機器に付けられる、安全面を考慮した『一日6時間』という制限(それ以上起動し続けると、強制的に電源がOFFになる)ギリギリまでをアヴァロンに費やす日々になっていた。
それが三年間続いたのである。
機器を手にしたのが高校に入りたてのときだったので、そろそろ卒業になるまでの月日である。
それまで、彼女はこのゲームに埋没し続けた。
それは所謂、ゲームをし始めてついた知識の中にある『廃人』というものであり、彼女は誰よりも先にゲームを攻略してゆくことになる。
『アヴァロン』の基本世界設定はこうだ。
『仮初ながらも平穏を保ってきた真界―――その世界に迫る魔界からの手を天界の手を借り叩きのめせ!
剣と魔法に溢れた仮想現実―――そこで貴方は何を見つけますか?』
どこにでもありそうと言えばそれまでだが、その中身は今までのMMORPGとはまったくもって違うものだった。
まず『バーチャル・リアリティ』となったことで、その身自身に、現実とそう変わりなく物事を体感できるその現実味。
勿論そもそもの設定などの、MMORPGの基本は変わっていないが、その細かさは他の追随を許さぬものだった。
その中で付け足されたVRならではの新要素、それは生活感の充実。
今まで画面越しにみているだけだった世界は目の前に広がったのはもとより、宿や風呂、服装なども多彩に広がり、仮想空間での新たな可能性を見出した。
そうした中で、彼女は活動し、そうして誰よりも早く力を得て、歩を先に進める。
大筋ストーリーの攻略の条件――それは基本設定にもあったように『天界の手を借りる』ことだ。
この『アヴァロン』の世界観では世界には天界・真界・魔界というものが存在する。
真界は、この世界で中心的な行動範囲になる場所で、様々な国があり、表向きの平穏を保ってきた世界というのが設定である。
そこに住むものたちは一概に『ヒト』と呼ばれており、様々な人種が存在し大きく『人間』『亜人種』とに分かれている。
人間は元々と変わらぬ人々で剣を使い、魔法を使う者。亜人種は人間と人ならざるものが混じった亜人だ。
その種類によって筋力が桁違いだったり魔法を自由自在に扱ったりするなどの特徴があるが、基本は人間と同じ身体の形をして、人間と同じような知能を持つ人種という設定だ。
そのほかにも『モンスター』と呼ばれる現実には存在しない強力な化け物などがいて、アヴァロンでもらえる初期クエストはモンスターを倒すものが主流となる。敵としては魔界の侵入でやってきた『魔物』もいる。
魔界とは魔王が収める国であり、この物語の発端。真界を攻めてきた魔物たちが本来居るべき場所という設定だ。
アヴァロンの世界では、今まで存在すら確定されていなかったが、此度の侵略で漸くその存在が明るみに出る。
強力な『魔』の力を持ち、真界を冒してゆく魔界という設定だが、それに唯一対抗できるのが天界である。
天界とは、主に『天使』と呼ばれる人間と同じ形をした人種が隠れ住む場所であり、強力な『聖』の力を携え、人ならざる力を扱える者達がいる場所である。
そこにいるとされている、最高神シヴァは真界では信仰対象となっており、国に一つは教会が建っている。
そうして、このゲームのクリア条件はその天使の最高神『シヴァ』から『聖』の力を譲り受けることだ。
それまでには様々なクエストを受け、敵を倒し、選択肢を迫られながらも確実に物語を進めなくてはならないのだが、彼女はそのありえないほどの熱中ぶりと情熱でいの一番にそれを成し遂げる。
そうして、また新しい物語が始まる。
MMORPGによくあるように、続きの物語が現れる仕組みにアヴァロンもなっていたのだ。
その始まりの物語をクリアしたものだけに公開される新たな物語り。
それは元凶たる魔王退治――齎された『聖』の力を操り『魔』を消し去るというものだった。
勿論、それを承った彼女は一度その世界で使い慣れた自らのキャラクター――初期設定で自ら性別や形、職業や人種、さらには顔まで作り上げられる――それを破棄し、新たなキャラクターを駆使し世界を回り始めた。
所謂それはキャラクターの『転生』というもので、更なる強さを得るためにレベルを1からやり直してゆく作業だ。
『聖』の力を譲り受けるまでの物語り――一章をクリアしないと現れない特殊イベントのようで、他にも様々な出現規則があるようで、実際に転生が出来たのは彼女の使用しているキャラクターだけだった。
元々の鴉の濡れ羽色のような漆黒の黒髪と黒目、始めたばかりのころに頑張って仕上げたその美人な東洋系のキャラから、新たに追加された人種「竜神族」、そして性別は男性に、今の姿となった。
カンストレベルがアヴァロンでは500だったので、彼女はその性能を1レベルから更に頑強なものへと作り上げてゆくのだった。
このアヴァロンでの転生とは、レベルを1レベルにして、成長の速度を二倍にしてゆくというものだった。
レベル5なら10程度の能力、500なら1000程度の能力。という風だ。
そうして、彼女は訪れた。
様々なクエストを完了し、仮想空間で様々な人と出会い、もはや幻想的なまでの景色を見聞きし、そうして就寝時間を削りに削って、漸く辿り付いた。
魔王の城――世界を混沌に陥れた魔王『ソルヴァ』その主が住まう、魔界の極地、魔城に。
魔城を目の前に、シオンを使う詩穂含め三人のプレイヤーが居た。
シオンを先頭に、人間の魔術師『♪リオ♪』と亜人種の人狼族『槍夜』。
同ギルドに所属する、シオンの良き仲間だった。
一章をクリアしたときも共にいた仲間であり、♪リオ♪の方は三年ほど連れ添った仲間であり、槍夜は二年ほど前から加わった。
彼らもシオンほどではないにしても、恐ろしく強い者達であり、強い信頼を結んだ者達であった。
♪リオ♪は詩穂がこのゲームをし始めた後から入ってきた人物だった。
親友が早々にゲームを止めてしまってから、組む相手がいなくなった詩穂が捕まえたプレイヤーである。
魔術を扱うならば、他にも使いやすい亜人種がいたというのに、人間の姿に拘り、スキルや武器を揃え、今では魔術で彼女に勝てるものはいなくなるほどの腕前となった。
槍夜の方は、詩穂と同じくアヴァロン公開からいたゲーマーだ。
VRMMORPGが発売されると早々に聞きつけた彼は、長年の夢を成就させるべく金をために溜めて、随分と前から予約していた機器を購入しアヴァロンを楽しんでいた、生粋のゲーマーであった。
アヴァロンの遊び方は何も物語を進めることだけではない。職業についたり商業をしたりと様々な要素があるアヴァロンを、主に戦闘面で遊んでいた彼は、巷で話題になっていた最強の女剣士――所謂転生前の詩穂のキャラクターのことだが、それに興味を持ち近づいてきたのが切欠だ。
彼は様々なゲームをやったことがあるということで、このメンバーの中で一番に知識に長けており、様々な面でこのチームを支えてきた。
隠れクエストなども彼からの情報であり、そのお陰でスムーズに物語を進ませることが出来たといえよう。
彼自身の戦闘力もかなりのもので、接近型タイプ拳闘家であり、その中でも暗殺術に長け、彼に掛かればプレイヤーすらも敵にはならない。
転生後、姿形も変え、1レベルからということで弱くなってしまったシオンを支えた二人。
一度目のキャラクターでは女性だった性別も、転生をするにあたって一度キャラを作り変えられるということで彼女はキャラクターを男へと変えてしまった。
女性キャラのように魔法を使ったり可愛い服を着て楽しんだりするよりも、なるべく早く物語を進ませ、力を手にし、クリアを目的とする趣旨から頼りがいもあったほうがいいと男性にしたという彼女の理由を聞いて、呆れ、それでも笑った者達だ。
そんな心強い仲間に共に、歩んできたギルドは既にアヴァロン内で伝説と呼ばれるほど、既にそれはちょっとしたチートだった。
そして、その三人がアヴァロンの最終ダンジョン、魔城へと挑もうとしている。
それは魔城の決定的崩壊を予言しており、だらにそれはゲームアヴァロン初のクリアを意味していた。
そう、三人ならば。
彼女は一人切り離されていた。
仮想空間という場所から、VRMMORPGゲーム、アヴァロンから。
『リアリティ・バーチャル』という名の通り、それは画面越しに感じていた世界を直にその身体で体験するものだ。
安全面などにも考慮して、五感全てというわけではないが、ゲーム内で動かす体は自らが動かせるもので、見える光景は視界から直に入ってくる感覚を感じられるものだった。
だが、感じられないものも勿論あるし、現実と違うものもある。
匂いは感じられないし、食べ物の味も感じられないし、満腹感もなかった。
武器を持つ感触や服をきた着心地はあったが、敵から与えられたダメージは動きずらくなったりするだけで痛みはなかった。
敵を倒しても血は出ないし、ポリゴン状になって消えるだけだった。アイテム欄を開くことが出来るし、NPCのキャラクター達は設定された物事をただ繰り返し喋る人形だった。
だが、彼女は確かに感じた。
鼻をつく強いの臭い、何処からか聞こえる魔物の遠吠え、吹き抜ける風。
彼女が何かしたというわけではなかった。
ただ、魔城を目の前に高鳴る鼓動と緊張感を抱いて、ただ一つ瞬きをしただけ。
しかし、そのシオンの視界が再びこの仮想現実を映したとき、彼女の周りは何もかも違っていた。
シオンの身体の五感は、悉く驚くべき異常を感じ取っていたのだ。
異臭はこの魔界特有のものだろう。それを運ぶ、彼女を拒否するような風はこの魔界に聳える高い山からだろう。耳にする魔獣たちのおどろおどろしい雄たけびはきっと威嚇か、何かを知らせる鳴き声だろう。
理解は出来た。しかし、それがどうしてここで起こっているのか彼女は理解できなかった。
急に不安に駆られ、後ろの二人に視線を送る。変化は劇的だったのだ。それは二人も感じ取ったことだろう。
しかし、視線の先に二人はいなかった。今まで世話を焼いた♪リオ♪も、危なくなったときは身を呈して援護してくれた槍夜も。
行き成り消えた仲間達に彼女は戸惑った。
プレイヤーが消える。ということは、転移魔法を行ったか、運営から強制移動をさせられたか、ログアウトしたときだ。
一瞬のうちにいなくなるのは、それぐらいしか選択肢はない。
だが、上記のような兆候は見られなかった。転移魔法には独特の光を帯びた魔方陣が展開するはずだし、運営から強制移動される謂れもない。ログアウトするにも、どうしてこのタイミングなのか。
シオンである彼女の体に、ひやりとした悪寒が走った。
それさえも、初めてのことだった。自らの身体ではあるものの、仮想現実の身体では、再現できる現象も限られてくるのは既に述べた。
それなのに、感じたその第六感に、どうしようもない不安が彼女の中で漸く湧き上がってきた。
どうしていいか判断に迷い、彼女は混乱する頭を振り絞り状況を省みる。
自らのキャラがいる場所は変わらない。二人はいずこかへ消えてしまった。
場所は最後のクエスト、そうして物語の最終章である魔王退治のためにやってきた魔城。
一気に禍々しい、やってきたものに恐怖を与えるようになってしまったこの場所に、彼女は仮想現実だと分かっているのに恐怖を芽生えさせている。
そうして、ここに一人いても仕方がないと結論付けた。
とりあえず二人に連絡を取り、状況説明を。そうして何かゲームのミスや設定の誤作動。新しく追加された新技術などだったら、様子見として一旦ログアウトしようと彼女は決めた。
そう決めてから彼女は何もない空間にタッチをし、画面を表示させ仲間に連絡を取ろうとする。
このゲームは空間に薄い青色の画面がプレイヤーの任意で表示され、様々な利用が出来る。
それはアイテムの整理だったり、仲間との連絡だったり、クエストの確認だったりと様々だが、それは全て画面を表示しないことには利用できない。
そうして、彼女には画面を扱うことができなかった。任意で表示されるはずの使い慣れたそれが、どうしてか現れなかったのだ。
彼女は今まで以上に驚き、燻っていた不安や恐怖が爆発寸前までに煽られた。
バグ以上の何か、得体の知れないものが自身に降りかかっている気がして仕方が無い。
だってそうだ。画面が開かない現状では、ログアウトすら出来ない――ここに一人閉じ込められたのと同意なのだから。
その事実に、暫く硬直していた彼女は、茫然としながらも必死で頭を働かせる。
バグなのだろうか?行き成りなぜこうもリアルになったのか?このキャラクターへの違和感はなんだろうか?どうしてログアウトが出来ないのか?何か、突然のクエストに巻き込まれてでもしてしまったのだろうか?二人はどこへ飛ばされてしまったのだろうか?
疑問が浮かべど答えは出ず、既に頭の中の容量も超えようとしたとき、ゴゴゴゴと重苦しい音が彼女の耳に入ってきた。
それは地獄の底から響くような重い音で、疑問に頭を埋めていた彼女の視線を不安と恐怖と共に惹きつけた。
音に誘われ、視界に納めたのは、目の前の魔城の城の大きな、一見には開くこともままならなそうな扉が、ゆっくりと、しかし確実に開かれてゆく有様だった。
そうして開かれた扉から――無数に赤く輝く、人ならざるものの双眸の光が見える光景だった。
彼女は荘厳な扉の前にいた。
芸術品とも見間違うほどのそれは、周りの雰囲気とその重々しさによってただ来るものを拒絶する壁のように思えた。
それか、地獄へと続く門のように。
彼女を恐怖のどん底へと叩き落としたあの正面扉にも勝るにも劣らぬそれは、彼女にここが目的の場所だと告げる。
彼女は結局一人でここまでたどり着いた。
仲間が消え、急にリアルになったゲームから出られなくなった。しかしそれでも彼女は引き返せなかったし引き返さなかった。
正面扉から魔物の両眼がいくつも見えたとき、彼女を支配したのは紛れもない恐怖だった。
喉が引きつりその端整に作り上げられた顔は酷く情けない姿だっただろう。
しかし恐怖に身体を支配されながらも、彼女はその扉から彼女を殺さんと跳びかかってきた魔物たちを切り裂いた。
ポリゴンのように弾けるはずの魔物たちは、引き裂かれた場所から血を撒き散らし叫び声を上げながら絶命した。
それを、魔城に入らせないとばかりに襲い掛かってきた魔物たち何十匹を切りつけながら彼女は聞き続け、血を浴び続けていた。
実際、あの魔物たちは彼女を追い出すために魔城から仕掛けられた攻撃だったのだろう。
だが、彼女は進んだ。魔物を打ち倒しながら、身体に傷を付けられ毒を浴びせられ恐怖に身を締め付けられながらも、ただ前に、魔王がいる場所へと足を動かし続けた。
そうしていざ魔王のいる扉の前まで来て見ればもう彼女も実感していた。
今自分がいる場所が仮想現実というゲームの中ではなく、傷つけられれば痛み、殺されれば本当に死ぬ世界。
何故かこの世界に一人やってきて、本当に生きている生物を殺し、確かに自らの手で生き物の命を刈り取っているのだと。
理屈で理解はしていなかったが、身体で実感していた。
それは脳ではなく身体で彼女に現状を伝えていた。
だから身体に回っている毒でもう直ぐ死ぬのだと直感していたし、元居た世界の家族や友人を思い浮かべて走馬灯とも思える回想をしていた。
彼女は、ただのプレイヤーからシオンとなった。
端整な顔立ちに、人間ではない亜人種。
強力な力を振るい、ここまで我武者羅にやってきた。
しかし回復薬もつき、毒消しもなく、絶体絶命。
それでも、何故か彼女は止まらなかった。
痛み、いずれ力尽きる身体を引きずり、死が目の前にあるのにそれでも進む。
血と油のこびり付いた剣を、実際の彼女ではありえない力で振りかざし、元の姿を取り戻させる。
それを見て満足そうに笑い、扉に目を向ける。
気持ちを引き締め、扉へ足を運び、人の力では到底開きそうにない扉に手を掛ける。
彼女は自分の状況をきちんと理解していた。
脳ではなく身体で、しかしそれでも進むことを戸惑わなかった。
死への恐怖はある。もしかしたら、ここで逃げたならば――短い間だが、もう少し生きていられるかもしれない。
毒の回った体ではそうも生きられないが、このまま敵の前にむざむざ行くよりは、生きていられるだろう。
それでも、彼女は笑みさえ浮かべ扉を押す。
誰かが見ていれば、その笑みは美貌に映える、美しい微笑だっただろう。
だが、それは嬉しさゆえの笑みでありながら、諦観の笑みでもあった。
これまでの過去を回想し、突然の事態に錯乱し、それでも最後の壁に進むと決めた青年の覚悟と諦めと、多大なる喜び。
「嘘でも夢でも現実でもなんでもいい。このためだけに私はこのゲームに全てを懸けてきたんだ」
言い聞かせるようにそう呟いて、青年の姿となった彼女はその扉を開けた。