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過疎化バスターズ/妖怪王国診療譚 こぼれ話 コラボの結末

作者: 山谷麻也
掲載日:2026/02/06

挿絵(By みてみん)


 第1話 龍神来臨


 §1 ヒーロー高齢化

「ふぁ~あ」

 日本全国、過疎地の救世主と脚光を浴びた元過疎化バスターズ。引退してから朝酒がないと一日が始まらなくなっている。昼前にうとうとし、昼食で一杯、午後は欠伸あくびばかりしている。

「ふぁ~あ」


 イヌのドクが床に顎をつけて、寝そべっている。

「なんていう呑み屋やったかなあ。ヤド(がい)の、我々が会うた店?」

 サルのモンキがドクを心配そうに見つめる。

「三密酒場だろ。ヤド街じゃなく、ドヤ街だよ。東京の」

「そうやったかな。そうかも知れん」


 ドクは最近、記憶が怪しくなってきている。

「あの頃、世界中が大変だったよなあ。あれはもう収まったのかなあ」

 あれ、それなどという指示語が増えた。これはモンキにも言える。

「ドク、新型コロナだろ。流行の山が後から後からやってきて、第何波とか数えなくなっているみたいだよ」

 キジのジキータが教える。


 ジキータ、モンキ、ドクの祖先は、怠け者だった桃太郎の尻を叩き、鬼ヶ島の鬼退治をしたことで知られる。日本中の子供たちに希望を与えた、あの英雄の面影はみじんもない。近年では四国の消滅集落に動物のコミュニティを建設したばかりか、秘境で過疎化にあえぐ動物村を再興、時代の寵児になったことは記憶に新しい。が、今は昔、である。


 仲間の老いをケアするため、ジキータは近年、音楽療法を取り入れている。集まると、BGMにスキータ・デイヴィス(Skeeter Davis)の『The End Of The World』を流すのである。三密酒場で、聴くともなしに聴いていた曲だ。


 §2 無理難題

「ごめんください」

 玄関で女性の声がする。空耳ではなさそうなので、欠伸を噛み殺しながらジキータが出て行った。


「ジキータさんですか。私、兎鹿池とがのいけ龍子りゅうこと申します。吉野川の向こうの村から参りました」

 細面の上品な女性だった。


 奥三足(さんぞく)村では人間の来訪者があると、村の動物たち全員に秘密の警戒警報が出る。奥三足のセンサーをかいくぐったとは見上げた人間だった。

 ともかく、用件をうかがうことにした。

 モンキとドクは来客を見て、一度に酔いが吹っ飛んだみたいだ。


「私の村でも過疎化が進行しておりまして、消滅するのは時間の問題です。それで、コンサルに依頼しようということになりました。ある方に相談したところ、ジキータさんたち過疎化バスターズのご紹介を受けた次第なんです」

「どなたのご紹介かは知りませんが、我々はご覧のとおり、隠居の身。今さら現役復帰する気はありません。過疎化バスターズなどという歴史の歯車を止めるようなミッションは、もう無理です」

 ジキータは頭を下げた。ドクもモンキも、(なら)った。


 来訪者は立ち上がった。

 東の方角を見ている。

「あれが中津山ね。太古の昔と変わらないわね。いつまで経っても、霊験あらたかだわ」

 奥三足の裏にそびえる山を仰いだ。

「あら、国見山(くにみやま)だわ。いつ見ても、まさに秀峰ね。あそこからの絶景が忘れられないわ」

 後ろ姿が寂しそうだった。


 バスターズは思わず来訪者の横に立った。

「思い出でもありますんかいな」

 ドクが()いた。

「恥を忍んで申し上げます。若い頃このあたりを縄張りにして、荒らし回ったものよ」

 ジキータたちは顔を見合わせた。そして、後ろに下がって距離を置いた。


 §3 無礼千万

「何やら、深い事情がおありのようですが、なおさら、私たちのようなものにはお力になれそうにありません」

 ジキータは内心、関わり合いを怖れている。

「そうね。初めから無理なお願いだったのね。どうも今日は失礼いたしました」

 来訪者は正座して手をつき、深々とお辞儀をした。


 玄関まで見送り、居間に戻るとモンキが青くなっていた。

「見ました? 右のふくらはぎに龍のタツ―(入れ墨)がありましたよ!」

 ドクとジキータは気が付かなかった。

 太古の中津山の話といい、このあたりを荒らし回った話といい、

「何かワケありのご婦人やないですか」

 とドク。ジキータも同感だった。


 考えあぐねて、ジキータはスマホを手にした。何気なく見ると、一通の着信メールがあった。

「ご無沙汰しています(✿✪‿✪。)。兎鹿池の龍神が明日、貴殿たちを訪問すると思います。移動スナック『百夜鬼ひゃくやっき』のママ時代に、小生が一方ならぬお世話になった方です。妖怪王国も過疎化で消滅寸前です。なんとか若き龍神を助けてあげてください( `・∀・´)」


 三足村の動物病院に勤める鍼灸師からだった。文面に緊張感はないものの、すこぶる重大な内容だった。

 バスターズは頭を抱えて、ヘナヘナと座り込んだ。酒さえ飲んでなければ、メールに気付いていたものを。一生の不覚だった。


 §4 異床同夢

「龍神を怒らせたら、どうしょう。昔、相当なワルだったみたいだから、おちおち酒なんか飲んでられないよ」

 モンキは縁起でもないことを言う。

 この日は早々に解散した。


 ジキータの夢枕に立った山伏がいた。

「拙者、ピヨピヨ寛道と申す者でござる。先代の龍神からお仕えしておる。貴殿たち、今日はとんでもないことをしでかしたな。龍神はかんかんに怒っておられる。明日にも妖怪王国の荒くれたちを集めて、奥三足村を襲撃させると申しておられる。拙者がなんとかなだめておるところでござるが、貴殿たちが悔い改め、今回の依頼を快諾せぬかぎり、龍神のお怒りは収まらぬだろう。いかがいたす。即答せよ」


 ジキータは地面に額をつけて無礼をび、

「及ばずながら、老骨にムチ打って尽力させていただきます」

 と誓った。

 気が付くと汗びっしょりだった。


 夜が明けるのを待ちかねたかのように、モンキとドクが血相を変えて飛び込んできた。

「ジキータとドクに相談せず、ピヨピヨ寛道の依頼を受けてしまった。申し訳ない」

 とモンキ。

「ワシかて、ドク断で現役復帰、約束してしもうた。堪忍な」

 とドク。


「そういうことはちゃんと相談してもらわないと困る。これからは、二匹とも気をつけてな」

 ジキータは眉間にシワを寄せた。


 第2話 現地入り


 §1 拝顔

 昼前にピヨピヨ寛道が迎えにきた。

 ピヨピヨ寛道は道すがら、性悪しょうわるな大蛇を退治した、二人の祖先の話をした。一人はただの寛道、もう一人は、ひよひよ寛道と名乗ったらしい。なんでも、祈祷きとうで大蛇を小さくし、かめに封じ込めたとのことだった。

 バスターズを退屈させては、というピヨピヨ寛道のサービス精神が裏目に出た。話を聞き、バスターズはいやが上にも、恐ろしい魔界に足を踏み入れてしまったことを実感するのだった。


「本来なら、貴殿たちのような鳥獣類に、龍神がお目にかかることはござらぬ。が、今回は例外としてお許しくださる由。なんなりと伺い、また、貴殿たちの考えを申しあげよ」

 神社の奥の神殿に案内される。御簾みすの向こうに何やら気配がする。バスターズは床に額を付けた。


「これ、そのものたち、昨日は突然の訪問で失礼申した。苦しゅうない。頭を上げよ」

 厳かな声だった。

 頭を上げ、真っ先に昨日の無礼を詫びようとした。しかし、御簾ごしに龍神の姿を見たとたん、バスターズの歯がガチガチと鳴りだした。


「そうか。怖いか。しばし待たれよ。変身してまいる」

 龍神は神棚の奥に消えた。

 四半時(一五分)ほどして、微香が漂い始めた。昨日、来訪時に付けていた香水のようだった。

 ほぼ人間に近い姿だった。ドレスが似合った。移動スナックのママだった時代に着ていたものだろうか。バスターズは下世話な想像をしていた。


 §2 許されぬ失敗

「世の中、どうじゃ? 過疎化が進んでおるようじゃが」

「仰せのとおりでございます。人間はもとより、動物の世界でも過疎化が進行し、日本中が限界集落だらけでございます」

 ジキータが奏上した。


「我が王国も同じじゃ。このまま過疎化が進めば、妖怪の社会生活は困難になり、王国は崩壊する。私は龍神の座を捨て、水商売に戻る手もあるが、それでは王国の妖怪たちに申し訳が立たぬ。ぜひとも、貴殿たちの叡智で、過疎化を食い止めるよう希望する」

「ハハーッ」

 バスターズは平伏した。


「では、頼んだぞ。後のことはピヨピヨ寛道と相談しながら、進めていただきたい。万が一にも失敗するようなことがあれば、その時は手はず通り、よいな、ピヨピヨ寛道」

「ハッ。心得てござりまする」


 §3 村には危険が一杯

 ピヨピヨ寛道に妖怪王国を案内される。

 龍神の神殿は山の上にあった。

「あの向こうの山が中津山でござる。手前が国見山。奥三足村は国見山の中腹に当たりまする」

「そうでござるか」

 ジキータは答える。

「拙者の言葉(づか)い、かみしもを着たようでござるか。これは申し訳ない。では、ざっくばらんに参ろう」

 ありがたい申し出だった。


 山道は狭くて勾配がきつかった。昼なお暗いところも多い。

「これは年寄りにはこたえるなあ」

 ドクは息を切らしている。

「そこ、気を付けなはれや。狭うなっとるけん」

 ピヨピヨ寛道が気遣う。


「ここ、また地滑りや。ほな、遠回りしていきまひょ」

 あちこちに地滑りがある。


 たまに妖怪に出会う。ピヨピヨ寛道はそのたびに世間話をし、なかなか先に進めない。少しうんざりしていると、また、前方から妖怪が現れた。ピヨピヨ寛道が声をかけても、黙って通り過ぎていく。

「あの妖怪はよう徘徊はいかいするんですよ。そのうち防災無線で放送されるやろ」


 大きな谷川が何本も流れている。降りてみると、流れは急だ。滝が轟音ごうおんを立て、淵になっているところも多い。底は見えず、近づくのが怖い。

 谷川は吉野川へと注ぐ。吉野川は独特のエメラルドグリーンの水をたたえ、ある時はゆったり、ある時は急流となって下って行く。


 §4 スナックで息抜き

「山あり、谷あり、川ありで、自然に恵まれていますね。妖怪はどうしてこんないいところから出て行くのでしょうか」

 ジキータは核心に触れた。

「いろいろ考えられますな。ご覧いただいたように、危険な場所が多い。人間がよく事故に遭いました。そこで妖怪の出番となり、危険地帯に近づく人間がいれば『あそこには恐ろしい妖怪がおるぞ』と、脅すために雇われました。仕事は楽でした。淵や崖でブラブラしているだけでいいのですから。しかし、人間が減り、多くの妖怪が失業しました。悪いことには、かつて職場だったところが高齢妖怪の足かせになってきた。崖から落ちたり、谷や川で溺れたり。こんな危ない村は高齢妖怪が棲むのに適していません」

 ピヨピヨ寛道がため息をついた。


「Uターンや移住者はおらんの?」

 ドクが訊いた。

「ほぼゼロですな。帰っても仕事がない」

 人間社会と事情は同じようだ。


「妖怪の新生児は生まれないのですか」

 とモンキ。いい質問だ。

「基本的に妖怪は、事故死以外では死なない。妖怪の妊娠適齢期間はせいぜい一〇〇年です。この間に一、二体うまれるくらいですから、個体数が大きく増減することはないはずなんです。そうは言うものの、例えば水難事故で不幸にして溺死した人間を、妖怪に転生させることは多い。それでも妖怪が増えないのは、借金で首が回らなくなって姿をくらますとか、妖怪関係に嫌気がさして蒸発するものがいるからでしょうな」


 今日はずいぶん歩いた。

 日暮れが近づいている。

「お疲れでしょうから、龍神がオーナーやってる移動スナックがあるので、寄って行きましょうか」

 ピヨピヨ寛道に連れて行かれた先は、小さな小屋だった。「百夜鬼」の看板が見える。


 店の中には二、三体の先客がいた。

「あ、おとめさん。この方たちは過疎化バスターズ。龍子さんとこの仕事しているの」

 ピヨピヨ寛道が紹介してくれた。おとめさん、美人のタヌキだった。


 第3話 (つい)の棲家


 §1 福祉の貧困

「どう、最近、お客さんは?」

 おとめさんに酌をされながら、ピヨピヨ寛道が話しかける。

「ダメよ。この間なんか、キツネのおやじさんだけ。ビール一本で看板までねばるんだもの。商売にならないわ。龍子さんにまた叱られそう」

 おとめさん、雇われの身はつらい。


「龍子さんから店を任されたころはまあまあだったけど、みんな年とると、都会の子供のところに行くでしょ。仕方ないわね。崖から落ちて寝たきりになるより、窮屈でも都会に出て行くのがいいもの」

「そうか。エンコウの婆さん、寝たきりになったか。口と足だけは達者だったのになあ」

 天上界に勤めるピヨピヨ寛道は、下界の情報にうといみたいだ。


「この村には、妖怪ホームはないのですか」

 ジキータが訊いた。

「あそこは審査が厳しくて、人間以外はダメなの。私だって、いつまでも現役続けてられないから、老後のこと考えとかなきゃ」

 おとめさんが徳利をあおった。


「もしもですよ。妖怪王国に妖怪専用ホームができたら、おとめさん、入りますか」

 モンキも考えている。ただの酒飲みではない。

「そりゃ、もちろんよ。生まれ育った村だもの」


 §2 協力者あらわる

 ピヨピヨ寛道が黙り込んだ。

(龍神の妹さんが富士山の裾野で事業をやっていたはず。レジャーランドのほか、確か、介護施設も展開していたのでは)


 龍子さんは人間の青年に恋して、王国に出入り禁止となった。王位継承権は妹に譲られた。しかし、妹は東京にライブを聴きに行き、同類と意気投合、彼女の王国で共同事業を始めてしまった。妹の身勝手な行動に、王国はパニックに陥った。

 母の龍神は食事も喉を通らぬほど悩み、苦しんだ末、我が娘の勘当を解き、龍神のポストを譲った。

 一部始終を目の当たりにしてきたピヨピヨ寛道だけに、もし龍子さんの妹の協力が得られれば、姉妹の仲は良好になるのでは、と期待を寄せた。


「姉や母に何かあった時のために」

 と、妹さんから教えられていた番号に、ピヨピヨ寛道は電話を入れた。

 羽振りがよいらしく、妹さんは

「いいわよ。故郷のためになるのなら、喜んで。いくつ建ててほしいの」

 と二つ返事だった。

 龍神に事後報告した。

 龍神は一瞬、表情を曇らせた。昔だったら手が付けられなくなっていただろう。

「そう。妹、元気だった? いい場所、選んでね」


 §3 増えるUターン

 見晴らしの良い高台に妖怪ホームの建設が進められた。

 王国の老妖怪たちは全員、ホームへの入所を予約した。それでも定員に空きがあり、よその村からも予約が入った。

 施設のスタッフを募集した。やや老々介護的になっても、それは仕方のないことだった。

 静岡から指導員が派遣されてきた。調理や介護・看護など数か月にわたってベテランが厳しく指導に当たった。


 年末年始は、妖怪の社会でも行き来が激しくなる。都会に出ていた妖怪が帰省するのだ。

 ピヨピヨ寛道のもとに、四年前に離村していた妖怪が顔を出した。

「あれは何を建てているんですか」

 妖怪ホームを建設している旨を告げると

「都会でデイサービスの送迎ドライバーをやっているのですが、こちらで介護スタッフを募集してないですか。年をとったので、田舎に帰って働こうと思っているのですよ」

 先日は看護師の資格を持つという妖怪からも、同じような問い合わせがあった。その妖怪は若かった。三二〇歳と言っていた。


 §4 来るもの拒まず

「ごめんください」

 みると老妖怪夫婦が立っていた。どこかで見たことのある顔だった。

「あっ。誰かと思うたら、夜啼よなじじい! ようお帰りで」

「ご無沙汰しとります。これは家内です」

 妖怪王国出身の超有名タレントだった。王国には爺の銅像が立つほどだ。

 爺は幼少時、弟とともに妖怪王国の山奥に捨てられた。親が恋しく弟は夜泣きした。せめて親の棲む里を見せてやろうと、弟を背負って夜道を歩くうち、弟は冷たくなっていた。

弟の泣き声を真似て一世を風靡ふうびしたものの、芸の幅が狭すぎた。


「ワシもそろそろ引退を考えとってな。TVも、最近は再放送ばっかりや。都会は疲れるわ。どこか田舎の施設に夫婦で入所しよう、と家内とも話しとったところですわ」


 ともあれ、こうして王国の妖怪数は増えていった。

 ピヨピヨ寛道は毎日、見学者の対応に追われている。

 しかし、ジキータたちには心配のタネがあった。

「ほとんどは我々みたいな年寄りばっかりやない。若いのは看護師さんだけやで。ここだけの話」

 ドクもよく観察している。

「それだよ。ドク。大きな声じゃ言えないが」

「そうだな。まさか人間の子供を淵に引きずり込み、妖怪に転生させるわけにはいかないし。何かいい手立てはないかなあ」

 モンキは追いつめられると恐ろしいことを考える。


 こんな話は移動スナック「百夜鬼」ではできない。ジキータの家でお屠蘇とそを飲みながら、バスターズは頭を捻っていた。


 第4話 畜生道


 §1 捨て子

 二月に入った。

 奥地は雪に閉ざされ、谷の水は凍っている。それでも何とはなしに妖怪王国も春めいてきた。妖怪ホームは完成し、職員は研修にいそしむ毎日である。

 下界では人間たちは愛を語らい合っていることだろう。王国の動物たちも恋の季節を迎えている。日夜、騒がしい。


 妖怪たちはというと、これら軽輩を苦々しく思っている。達観した妖怪は、異性に心を惑わすようなことは、しないからだ。「枯れる」ことが何よりも重んじられる。

 ところが、大事件が起きた。王国に絶えて久しかった赤ん坊の泣き声がしたのである。


 ピヨピヨ寛道が神殿での勤務を終えて帰宅していると、道端で子ネコの鳴き声がする。

「また、都会の人間が山奥に子ネコを捨てて行ったのだろう。困ったものだ」

 と、近づいて見ると、着物を着せられた小さな男の子だった。顔はネコっぽい。ネコ男の新生児である。

 ピヨピヨ寛道は連れて帰り、飼うことにした。ペット禁止のマンションながら、幸いネコ男なので規則には触れない。いずれ、れっきとした妖怪に育つ。


「それはいい話ですよ」

 バスターズとの定例のミーティングが終わり、雑談で捨て子の話をした。ジキータが乗ってきた。


 §2 急増する若年妖怪

「『妖怪ポスト』を設置して、面倒が見切れない乳幼児をおいて行ってもらうのです」

 とジキータ。九州の上空で、産婦人科の玄関にその種のものが置かれていたのを見たことがあった。


 最近、若い妖怪たちの風紀が乱れている。捨てられたり、闇から闇へと葬られている新生妖怪たちは数知れない。夜啼き爺たちは親が貧しかったので捨てられたのに対し、現代では愛欲の果ての捨て子がほとんどだ。

「ちゃんと分別してポストに入れてもらい、王国のゴミ収集車で集めればいいじゃないですか」

 とモンキ。なんとも乱暴な発想だ。

「『妖怪ポスト』回収日を決めたら、ワシ、集めて回りますがな」

 ドクのほうがよほど常識派だ。


「妖怪ポスト」は意外な反応があった。他県ナンバーのクルマを見かけると、ポストに新生児が投函されていたということも度々《たびたび》だった。

 地元妖怪から里親を募集するも追い付かなかった。王国では収容センターを設けて、捨て子たちを保護している。


 §3 寛道、講師に

「モラルが低下しているな。私の五〇〇年の人生の中で、こんなことは初めて見聞しました」

 ピヨピヨ寛道は修験者だけに現状に心を痛めている。

「いっそのこと、妖怪の研修施設を設けて、モラル向上をはかってはどうでしょう。ピヨピヨ寛道さんなんか、いい講師になれますよ。所定の研修を修了したものには認定証を与える。初級・中級・上級・アドバンスとコース分けする。初級修了者は準妖怪、中級修了者以上を正妖怪として優遇されるように、全国団体に働きかけるのですよ。絶対、受けますよ」

 ジキータは提案した。

「いわゆる資格商法ですな。それはいい」

 ピヨピヨ寛道が俗っぽい笑みを漏らした。


 実際、ピヨピヨ寛道の講話は好評だった。

 講座は男女別々にクラス編成された。「男女七歳にして席を同じゅうせず」を徹底、「三尺下がって師の影踏まず」と、巻き尺を持ってきて、立ち位置を教えた。受講者に大変なカルチャーショックを与えたようで、何か月も先の予約が埋まっていた。


 講義はほかに「法と秩序」「社会生活のルールとマナー」「食と健康」「悪徳商法から身を守る」など幅広いテーマが開講された。また、特別講義では夜啼き爺の「芸能界の光と影」なども人気を集めた。


 §4 幻の学校設置計画

「やっぱり、学校ってのはいいですなあ」

 ピヨピヨ寛道は講師を務めるようになってから、すっかり教育者気どりだ。役職が人をつくる。

「ジキータさん。妖怪学園を作ってはどうでしょう。幼稚部から小学部・中学部・高等部・大学と一貫教育体制を整えるのです。この村は学園都市になり、全国から妖怪が集まりますよ」

 ピヨピヨ寛道はそうとう以前から考えていたようだ。単なる思い付きではない。


 妖怪も就学率が高まっているとはいえ、それはごく一部の富裕層の話。ましてや、大学教育のニーズはほとんどないだろう。人間社会でさえ上の教育機関に進むにつれてレベルが低下し、日本の大学の科学技術教育は諸外国の後塵を拝するばかりだ。屋上屋を架すの愚を犯しかねない。


 遠回しに、ピヨピヨ寛道の説得を試みていると、夜啼き爺が顔を出した。

「へっ! 学校」

 夜啼き爺は一蹴した。

「都会の妖怪たちを見なはれ。夜は墓場で運動会でっせ。妖怪には、学校も試験もなんにもないことをウリにしとる。学校で勉強しようなんていう奇特な妖怪はおらんで。子供には、野山を走り回らせ、谷や川で泳がせとくのがええんと違うで」

 一理あった。


 第5話 住みたい街

 

 §1 あるカップルのケース

 妖怪ホームがオープンし、また、研修センタ―の受講者が引きも切らず、妖怪王国はかつての賑わいを取り戻しつつあった。


 ピヨピヨ寛道に来客があった。

「その節は、大変お世話になりました」

 妖怪のカップルだった。

 そのカップルはある夜、国道の橋のたもとに新生児を捨てた。ミルクとオムツを置いて離れようとするところをバスターズに見つかってしまった。移動スナック「百夜鬼」で深酒しての帰りだったのだ。


「こんなところに置き去りにして、クルマにかれでもしたらどうするつもりなんだ。この上に『妖怪ポスト』があるから、そこへ入れて行け」

 モンキはたしなめた。

 ドクは捨て犬の経歴があるので、子供が可哀そうでならなかった。抱いてやった。安心したのかスヤスヤと寝息を立てている。

「ええかげんにしときや。しまいには怒るで。この子のためにあんたらの性根を叩きなおしてやりたいけんど、研修センターで講義うけ、まともな妖怪に立ち直るんなら許したる」


 カップルはセンターに通った。中級の修了書を授与され、晴れて正妖怪に認定されたという過去があった。

「で、今日は何の用事や?」

 ピヨピヨ寛道は訊いた。

「ここは第二の故郷だと思っています。移住したいのですが、洞穴や岩陰じゃなく、ファミリー向け住宅はありますか」

 ピヨピヨ寛道はすぐ王国の移住促進支援課に電話を入れた。蒔いた種が芽を出し始めていた。


 §2 マスコミの脚光

 妖怪王国はよくマスコミで取り上げられるようになった。

 過疎化、消滅集落のテーマになると、必ずと言っていいほど、王国に取材が入った。不勉強な取材クルーは最初、わが目を疑った。明るく元気な妖怪たちが村にあふれていたからだ。

「エキストラでしょう」

「人間に妖怪の着ぐるみかぶせてるのでしょ」

 などと疑いの目を向けた。過疎にあえぐ、暗い番組に仕上げたかったのだろう。ピヨピヨ寛道などは前日に散髪屋へ行ったところ、「狙った絵じゃない」と、カメラマンに髪をボサボサにされてしまった。


 故郷の放送を見て、都市部にある「徳島妖怪会」いわゆる県人会からも問い合わせが増えた。取り組みを講演してほしいという。Uターンを促進するには願ってもない機会だった。


 不動産会社がよく実施する「棲みたい街」のアンケートでも、時々、妖怪王国が上位に紛れ込むことがあった。「人間の居住には適さないところもあります」と注意書きを付けても、大半にスルーされた。


 §3 龍神の接待

 妖怪や人間の出入りが激しくなり、龍神もそわそわする日が増えた。雲を呼んで極秘に外出し、慌てた側近たちがあやうく防災無線で呼び出しそうになる一幕もあった。


 ピヨピヨ寛道がバスターズに訊いた。

「みなさん、今夜の予定は?」

 バスターズは暇だった。

「実は、龍神がみなさんにご馳走したいと……」

 ピヨピヨ寛道も性格が悪い。「もちろん、ヒマです」などと言ってしまった手前、取り消せない。

 一日中、気が重かった。


 龍神はドレス姿で現れた。移動スナック「百夜鬼」は、この夜、第三者は立ち入り禁止、カラオケは片づけられ、荘厳な音楽が流れていた。

 ママのおとめさんは緊張の連続だった。

「さあ、貴殿たち、今日は龍神のおごりでござる。遠慮なく召し上がられよ」

 ピヨピヨ寛道はかしこまっている。


 龍神がバスターズに酌をして回る。

「ご苦労ね。よくやってくれています。寛道から貴殿たちの報告は逐一受けております」

「ハハーッ」

 バスターズはおそれ入った。


 §4 バスターズ、雲に乗る

「鍼灸師の山谷先生はまだ飲み歩いてますか?」

 なんともリラックスした話題になった。

「いい方たちを紹介していただき、感謝しています。よしなにお伝えください」

 バスターズには詳しい話は分からなかった。しかし、龍神と鍼灸師が繋がっていることは理解できた。

「昔ね、往診の帰りに、『百夜鬼』によく寄ってくれたわ。世の中、どうにもならないことだってあるもんね」

 バスターズはとりあえず相槌を打っておく。


「あら。もうこんな時間? 奥三足、遠いわね。寛道、雲を呼んであげて」

 奥三足までひとっ飛びだった。

 バスターズは飲み直した。


 第6話 殿堂


 §1 都会の刺激

 龍神の接待にあずかった翌朝、バスターズは二日酔いでダウンしていた。

「今日は我らよんどころない用事ができまして、午後から出勤させていただきたいのですが」

 ピヨピヨ寛道に電話を入れた。

「いや。実は拙者も、その、よんどころない用事で……」

 寛道も午後出勤のようだった。


 バスターズは寝転がって、アルコールが抜けるのを待っていた。

「龍子さんの妹は、約束されていた龍神のポストをよく捨てたよなあ」

 モンキには腑に落ちないらしい。

「ライブか。田舎の若い妖怪は憧れるやろ。人間に化けてでも会場に入りたい、いうのも無理ないで。ワシらがドヤ街の三密酒場に通うたんと同じや。あの雰囲気は最高や」

 ドクはライブ会場と安酒場を同列に考えている。

「そりゃ、ドク。盛り上がっている点では変わりないけど。龍神の妹さんの趣味は高級だよ」

「ジキータ! 文化会館みたいなものを作り、若者から高齢妖怪まで楽しめる、いろいろな企画をやってはどうかな」


 バスターズは王国に急いだ。

 ピヨピヨ寛道はバスターズに叩き起こされ、思考回路はまだ閉じていた。

いまだに都会に憧れている妖怪は多い。それに、田舎では飲むことしか楽しみがないから、つい度を過ごしてしまう。これからは、ワクワクするような刺激の場が不可欠では――重要なことに気付き、用事もそこそこに駆けつけた次第でござる」


 §2 ミュージアム

 研修センターの会議室で午後一番のミーティングをした。

「いや。拙者もかねがね、貴殿たちと同じことを考えておった。酒は百害あって、利といえば精々五十か六十でござろう。さっそく、検討に入るといたそう」

 ピヨピヨ寛道も乗り気だった。


 建設用地の候補に研修センターのとなりがあがった。

 施設は、古き妖怪遺産を継承しつつ、新しい妖怪文化を創造・発信することをコンセプトとした。


 展示室には王国で出土した妖怪遺跡、王国に伝わる民具、世界の妖怪の実物大模型などが集められる。

 資料室には妖怪に関する自然・社会・人文科学的側面からの研究成果が集大成され、妖怪研究のメッカをめざした。

 関係者の注目を集めたのは妖怪芸能室だった。古今東西、世界中の妖怪音楽がデータベース化され、自由に視聴できる。質・量とも、現在では最高峰・ニューヨークの妖怪ミュージアムを凌駕りょうがするものをめざした。

 さらに出色だったのは、対象を人間の音楽にも広げた点だ。妖怪・人間を問わず、最新のヒット曲が網羅され、特設ブースではライブ会場の雰囲気を再現、コンサートホールも設けられ、随時、内外から一流アーティストを招くことになっていた。


「これだけのものが完成すれば、鳴門の渦潮と並ぶ四国の観光名所になりますな。国内の妖怪と人間だけでなく、インバウンドも期待できます」

 ピヨピヨ寛道は頬を紅潮させた。


 §3 難工事

 工事が始まった。

 王国の生態系に影響を及ぼさないよう、慎重に工事は進められた。このため、草木一本、石ころひとつに至るまで、現状からの変更は許されなかった。特にがけ崩れや地滑りの現場では補修などは厳禁とされた。妖怪王国の魅力が失われてしまうからだ。作業員泣かせだった。


「だいぶ、進んでおりますな」

 ピヨピヨ寛道は満足げに工事を見ている。

「どうです? 最近、龍神のご機嫌は」

 ジキータは接待を受けて以来、拝顔していない。

「とても喜んでおられますよ。王国に文化施設ができるなんて夢のようだ、と申しておられます。もともと文化方面に関心が高く、スナックは何も好き好んで始めたわけではないのです」

 大事な話でもあるのか、ピヨピヨ寛道が居住まいを正した。


 その4 悲恋

「ここだけの話にしておいてくださいよ。絶対に」

 ピヨピヨ寛道が小声で続けた。


 王国の掟に背いた龍子さんは、神殿に出入り禁止となる。小さな本屋兼レコードショップの開業資金を貯めるため、手っ取り早く、スナックを始めた。ところが、客は地元の飲んだくれ妖怪ばかり。客単価は安く、おまけにツケで飲む者がほとんどだった。嫌気がさして、転職を考えていた矢先、盲導犬を連れた人間を見かけた。調べてみると、近くの町に住む鍼灸師だった。妖怪王国に往診した帰りだった。何日待っても、鍼灸師は通りかからない。仲間から情報を集め、往診先の近くに店を移動させることにした。

 案の定、鍼灸師は店に寄った。酒はいける口のようだった。話をしていると楽しかった。いやされるひと時だった。

 スナックの住所は、夜啼き爺の像の近くで、保健所に届け出ていた。誰かがチクったのか、保健所からクレームが入った。

「移動式スナックは認められない」

 ということだった。

 龍子さんが困り果てていると、母の龍神が密かに助け舟を出してくれた。

「所長いる? いちいち細かいこと言うんじゃないよ!」

 龍神直々の電話に保健所長は震え上がったらしい。


 龍子さんは毎日が夢のようだった。しかし、好事魔多こうじまおおし。幸せな時間は長く続かなかった。ポスト龍神、乙姫だった妹が事業家をめざして、静岡に行ってしまったのである。

 王国が崩壊の危機に瀕していた。病床にあった龍神は、龍子さんを許して呼び戻そうとした。王国を取るか、鍼灸師を取るか、悩み抜いた龍子さんだった。やはり王族の血は争えなかった。龍子さんは泣く泣く、鍼灸師と別れる決心をした。


「そんなことがあったのですか。で、龍子さんの気持ち、山谷鍼灸師は分かっていたんでしょうか」

 ジキータ、最大の関心事である。

「それは、どうでしょうね」

 ピヨピヨ寛道は言葉を濁した。

「いずれにしても、鍼灸師には妻子がありますし」


 第7話 パンドラの箱


 §1 ハレの日に

 妖怪ミュージアムが全貌を現し始めていた。

 ジキータたちはこのところ、奥三足にこもりきりである。妖怪王国に出勤しても、やることがない。研修センターの来賓室に通され、名産のお茶を飲むだけなのである。

 帰りがよくない。ピヨピヨ寛道が移動スナック「百夜鬼」に誘う。龍子さんと山谷鍼灸師の姿がちらつき、腰を落ち着けて飲める気分ではなかった。


 妖怪ミュージアムが完成した。式典で龍神は感激のあまり涙を流し、ピヨピヨ寛道が用意した草稿を逸脱してスピーチをしてしまった。

「このような慶事に当たり、恩赦を実施したい。ついては、悪さをして瓶に封じ込められているという大蛇二匹を無罪放免にしたい」


 §2 消えた大蛇

 龍神は子供の頃、先代の龍神から二匹の大蛇の話はよく聞かされていた。信賞必罰とはいえ、ヘビは身内同然である。もう許してやってもよいのでは、と龍神は密かに考えていたのだった。


 ピヨピヨ寛道はまず、村娘にちょっかいを出し、祖先の寛道に懲らしめられた大蛇を訪ねた。恩赦の旨を告げると、瓶の中でのたくって喜んだ。


 次に、ひよひよ寛道が封じ込めた大蛇を訪ねた。ところが伝え聞く場所には空の瓶しかなかった。

 この大蛇は村に凶事をもたらしていた。好色大蛇などはまだ可愛い方だった。それが消えていたのである。


 罪が許されたことを知らない大蛇は、執念深く復讐の機会をうかがっているに違いない。この先、世の中にどんな災いが降りかかるか、修験道の頂点を極めたピヨピヨ寛道の想像を絶した。

 すでに思い当たることはある。最近、世界中で起きている紛争・戦争、自然災害である。ピヨピヨ寛道は邪悪な何者かの作為を感じている。

 世界中をかき回す一方で、身近な敵に対しても、戦闘準備を進めているはずだ。まず目の敵にしているのは、天敵だったひよひよ寛道の子どもである自分。このところ行動を共にしているバスターズも仲間と見做(みな)されていることだろう。

 もとより自分の命は惜しくない。大蛇と対決して果てるのも運命である。しかし、バスターズを巻き込むことは心が痛んだ。


 §3 引退生活

 バスターズは妖怪王国に退職願を出し、三か月後にようやく了承された。ピヨピヨ寛道はそれからも「お変わりござらぬか」などと連絡を欠かしたことがない。なんとも律儀な修験者である。


 ドクがヘッドホンを付け、リズムを取っている。

「何、聴いてるの」

 モンキが大声で話しかける。

 ドクがヘッドホンを外した。

「徳島のシンガーソングライターや。米酢こめず健市けんしちゅう名前」

 モンキが首を傾げている。

「米酢?」


 ジキータのスマホから、スキータ・デイヴィスが漏れている。

「米酢もええけど、やっぱ、ジキータもええなあ」

 ドクがうっとりしている。ジキータもモンキも、ドクの間違いを指摘しようとは思わなかった。

 ドヤ街の三密酒場で出会ってから、数え切れないくらいの月日が経とうとしていた。

 

[本編詳細はこちら]

過疎化バスターズ https://ncode.syosetu.com/n5587kb/11/

妖怪王国診療譚 https://ncode.syosetu.com/n5587kb/4/

 


 



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