第7話 スライム群と静電気の洗礼
ぬめりと、湿りと、嫌な臭いが、森の奥からじわりと近づいてきた。
半透明の塊が、地面を這いながらこちらへじわじわとにじり寄る。
大きさは子どもの胴体くらい。
だが、その数が問題だった。
「……多いね」
リアナが短剣を構えながら、口笛を吹く。
「十……いや十五以上いるわね」
セレスが淡々と数える。
目を細め、手のひらの上に小さな炎の球をいくつも灯した。
「スライムって、こんなに出るものでしたっけ」
ハヤトは思わず身をすくめる。
粘液が、べちゃり、と木の根を覆う様子は、見ているだけで気持ち悪い。
『ふむ、悪くない“実験台”じゃ』
『湿っておるものは電気が通りやすいのじゃ。お前の静電気にはうってつけよ』
そんなやり取りをしているうちにも、スライムたちはじわじわと距離を詰めてくる。
うねうねと揺れる体。
内部には、黒ずんだ核のようなものがぷかぷかと浮かんでいた。
「配置」
セレスが短く声をかける。
「リアナは左から回り込んで、飛び出したやつを斬る。
ミナは私の後ろ。ハヤトは──」
「えっと、俺は?」
「スライムの“動き”を邪魔して。
固めて焼きたいから、散らばらないように足止めしてちょうだい」
「了解」
リアナは軽く手を振ってから、スライムたちの左側に走り出した。
ミナは杖を胸の前で抱きしめ、小声で祈りを紡ぐ。
「森の精霊たち、枝葉のささやきを……私たちの身体に、少しだけ貸してください」
淡い緑の光が、三人──ハヤト、セレス、リアナの足元をふわりと包んだ。
足取りが、少しだけ軽くなる。
「いつもながら助かるわ、ミナ」
「無茶しなければ、ですけどね」
そんな会話を交わしながら、セレスは一歩前に出た。
「まずは様子見。──燃えろ、《フレア・ショット》」
放物線を描いて飛んだ火球が、先頭のスライムのひとつに命中する。
ぼふっ──!
火が爆ぜ、粘液が一瞬で沸騰し、悲鳴のような泡を立ててはじけ飛ぶ。
内部の核が黒く縮み、地面に落ちた。
「ひとつ」
セレスは表情ひとつ変えずに呟く。
だが、残りのスライムたちは怯むどころか、逆にざわざわと波打った。
「怒った?」
「怒ってるように見えるだけよ。あれは“反応”」
セレスは冷静に答える。
「ただ、火に向かって突っ込んでくるのは確かね」
じゅるじゅると音を立てて、スライムたちが一斉に広がるように動き出す。
さっきまでは細い道を列になって進んできたが、今は左右の茂みにまで広がり始める。
「うわ、散らばってきた!」
「セレス!」
「分かってるわ──けど、数が多い」
火球を連射しながらも、狙いはどうしてもばらける。
一発で焼き切れるのは一体か二体。
その間にも、後続がじりじりと距離を詰めてくる。
「こっちからも行く!」
リアナが茂みから飛び出し、スライムの横っ腹に短剣を突き立てた。
ぬちり、と嫌な手応え。
半透明の身体が裂け、粘液が飛び散る。
だが、核を外すとあまり効かないようだ。
ぐらりと揺れたスライムは、形を崩しながらも再びまとまろうとする。
「うわ、きもっ……!」
「リアナ、深追いしないで!」
「分かってるって!」
リアナは後ろへ下がりながら、追ってきたスライムを木の根へ誘導する。
「ハヤト!」
「は、はい!」
ハヤトは大きく息を吸い込んだ。
足元の土。湿った地面。
そこにじわりと、静電気を染み込ませていくイメージ。
──地面と、スライムの“底面”。
そこに、違う性質を持つ電気を与える。
指先を、スライムの群れの手前に向ける。
「──静電拘束!」
ぱちっ、と乾いた音が走った。
先頭のスライムの底面が、一瞬ぴたりと地面に貼りついたかのように止まる。
その後ろから押し寄せていた二体、三体が、どすん、とぶつかって重なり合う。
「んぐ……っ」
粘液同士が潰れ合い、形がぐにゃりと歪む。
前へ進もうとしても、仲間同士で足を引っ張っている状態だ。
「今!」
セレスの火球がそこへ飛んだ。
ぼうっ──!
重なり合ったスライムが、まとめて火に包まれる。
粘液が爆ぜ、黒い核が連鎖するように弾けた。
「三体同時、っと」
「やるじゃない、静電気坊や」
「だからその呼び方やめてって……!」
言い合いながらも、ハヤトの心臓は高鳴っていた。
本当に、止められた。
人間だけじゃなく、魔物の動きも。
自分の静電気で。
『見たか。湿った身体は、電気をよく通す。
お前の“押し引き”が、スライム全体に行き渡りやすい』
『うむ。今は細かい理屈はよい。
“効く相手”の感覚を忘れんようにな』
教授の声に頷きながら、ハヤトはさらに魔力を指先に集めた。
スライムたちは、まだ半分以上残っている。
だが、動きには混乱が生じ始めていた。
火球を恐れているのか、距離を取ろうとする個体。
仲間の潰れた粘液に足を取られ、うまく前進できない個体。
ハヤトは、スライムたちの少し手前の地面に“同じ性質”の電気を集めた。
そして、スライム側の底面にも同じ性質を。
「静電反発!」
ぱちり、と土の上で火花が散る。
勢いが削れ、その場でもたつく。
飛び跳ねるほどの力はない。
それでも──“踏み込み”を弱めるには十分だった。
「いいね、それ!」
リアナが横から飛び込み、半端に進んだスライムの核を、正確に突き刺す。
――ぬん。
半透明の身体が萎み、核だけが地面に転がった。
「ミナ、傷は?」
「まだ大丈夫。小さな切り傷だけなら治せます」
ミナが、リアナの腕にできた浅い傷へ手をかざす。
淡い緑光が滲み、血が止まり、皮膚がふさがっていく。
「助かる」
「セレス様、魔力は?」
「この程度、どうということはないわ」
短いやり取り。
それぞれが自分の役割を果たし、戦局を少しずつこちら側へ傾けていく。
ハヤトは、その輪の中に自分もいることを、はっきりと感じていた。
足を止め。
踏み込みをずらし。
火と刃のための“隙”を生んでいる。
胸が熱くなる。
◇
数分後。
最後のスライムの核が、リアナの短剣によって割られた。
「ふぅー……終わったぁ!」
リアナがその場にどさりと座り込む。
「数で押されると、さすがに疲れるわね」
セレスが髪をかき上げ、額の汗を拭った。
「お疲れさまです」
ミナが、三人の側に集まる。
微細な擦り傷や打撲痕は、木術の治癒で手早く処置された。
「ハヤト君も、擦り傷ありますよ」
「あ、これは……」
戦闘中に転びかけたとき、木の根で膝を擦ったのだろう。
痛みは大したことないが、じんじんとした違和感はある。
「少しじっとしててください」
ミナが手をかざすと、膝のあたりがじんわりと温かくなった。
「……不思議ですね」
「なにが?」
「俺の魔力だと、電気を流して“押したり引いたり”する感じなのに。
ミナさんのは、内側から“伸びてくる”感じがするというか」
「木術だから、かな」
ミナは小さく笑う。
「木の枝が伸びるみたいに、少しだけ“伸びて、繋いで、埋める”のが得意なんです」
『ふむ。電気とはまた別系統じゃな。興味深い』
『こうして他の系統と組み合わさってこそ、電気も活きるのじゃ』
ハヤトは、指先を見つめた。
自分の静電気。
火術の炎。
木術の治癒。
短剣の一撃。
ばらばらに見えて、どこかで一本の線に繋がるような感覚。
「ハヤト」
セレスが声をかけてくる。
「さっきの“足止め”、なかなかだったわ。
スライム相手であれだけできるなら、人型の相手にも十分通用するでしょうね」
「ほ、本当ですか?」
「ええ。踏み込みをずらされるのが、どれだけ怖いか……剣を振るう者なら誰でも知ってるわ」
セレスは、少しだけ口元を緩めた。
「静電気、侮れないわね」
「“最弱魔力”返上だね」
リアナが笑いながら言う。
「少なくとも、私の中じゃ“便利魔力”に格上げされたよ」
「……便利、ですか」
「悪くないでしょ?」
からかうような口調に、ハヤトは思わず笑ってしまう。
「悪くないです」
『よかったのう、静電気坊主』
『便利でも最弱でも構わん。名はあとから付いてくる。
大事なのは、“使い方”じゃ』
教授の言葉を噛みしめながら、ハヤトは森の奥を見た。
スライムの粘液が乾きかけ、黒い核だけがあちこちに散らばっている。
これが、自分たちが初めて倒した
「魔物」
の残骸。
冒険者としての、一歩目の足跡。
「よし、それじゃあ」
リアナが立ち上がり、手を伸ばしてきた。
「初仕事の記念に──“パーティ結成”、正式に言っとこっか」
「え?」
「セレス、ミナ、ハヤト」
リアナは、三人の顔を順番に見た。
「私と一緒に、しばらく組んでくれる?」
「……そうね」
セレスは少しだけ考える素振りを見せてから、静かに頷いた。
「火術だけじゃ手が回らないところも多いし。
治癒と、静電気の足止めがあるなら、悪くない編成だわ」
「私はもちろん賛成です」
ミナは嬉しそうに微笑む。
「リアナさんひとりだと、すぐ無茶しますから」
「ちょっとミナ、それ前から思ってた?」
「前からです」
「容赦ねえ!」
三人のやり取りを見ながら、ハヤトは自分の胸に問いかけた。
――どうしたい?
答えは、もう決まっていた。
ハヤトは深く頭を下げる。
「俺をパーティに入れてください。
静電気しかできないですけど、必ず役に立つように頑張ります!」
リアナが、にっと笑った。
「よし、決まり!」
四人の視線が交わる。
剣の少女。
火術の貴族。
癒やしの術士。
最弱魔力の静電気使い。
まだ名前も形も決まっていない、小さなパーティ。
だが、それは確かに、一つの“回路”として繋がり始めていた。
『さて──』
教授の声が、静かに囁く。
『これで、“流す先”は揃ったわけじゃ。
あとは、お前がどれだけ電気を理解し、世界を押し引きできるか、じゃな』
ハヤトは木々の隙間から見える空を見上げた。
まだ小さな静電気。
けれど、この指先から伸びる見えない糸は、いつかもっと遠くまで届くのかもしれない。
このときの彼は、まだ知らない。
スライム退治で使った
「静電拘束」
の感触が、
のちに巨大なダンジョンボスの動きを止める鍵になり──
さらに、その先で“世界の理”そのものを揺さぶる一手になることを。
ただ、今は。
初仕事を終えた四人の笑い声が、森の中に心地よく響き渡っていた。




