第6話 火術貴族セレスと治癒術士ミナ
冒険者ギルドの受付前は、朝からいつにも増して騒がしかった。
「はい、新人さんたちはこっちに並んでくださーい!」
エリナの声が、喧噪の中でもよく通る。
ハヤトは、手の中の木札をそっと握りしめた。
そこには、まだ削りたての文字でこう刻まれている。
──ハヤト
──職能:特殊系魔術(静電気)/治療補助
──ランク:F
信じられない、という気持ちと、足元がふわふわするような実感のなさ。
それでも、胸の奥がじんわりと熱かった。
『ふむ。形はどうあれ、“証”というものは悪くないのう』
『儂は本じゃからな。木札は持てん』
くだらないやり取りで、緊張が少し和らいだ。
「ほら、ぼーっとしてないで前詰める!」
背後から、ぐいっと肩を押される。
「リアナ……」
「新人説明会って、毎回こんな感じなんだよ。私は前にも受けたけどね」
「なんで一緒にいるんですか、リアナ先輩」
「“先輩”いいね、それ」
調子のいい笑みを浮かべながら、リアナは自分の腰の短剣を軽く叩いた。
「ほら、あんたが変なこと言って変な契約結ばされそうになったら、止めてあげる係」
「ひどい信用のされ方だな……」
列の先頭では、オズが書類を抱えて立っていた。
「静かにしろ。今から新人向けの説明を行う。
ギルドの規約、安全管理、基本的な依頼の流れ……面倒だが大事な話だ。耳を閉じるなよ」
新米らしい顔ぶれが、ぞろぞろと集まってくる。
その中に──見覚えのある銀髪が混じっていた。
ハヤトと目が合った瞬間、彼女はわずかに眉を上げた。
「昨日の、静電気坊やじゃない」
「セレス様」
火術貴族、セレス・フォン・アルステリア。
貧民街で助けてもらったときの姿そのままで、今日はギルドのホールに立っている。
「あなたも、冒険者登録したのね」
「は、はい。……あのときは助けていただいて」
「礼はもう聞いたわ。何度も言わなくていい」
そっけない口調だが、声に棘はない。
「セレス様、新人説明会なんて珍しいですね」
エリナがひょこっと顔を出す。
「貴族は推薦状だけで登録できるんじゃなかったでしたっけ?」
「推薦だけで現場知らないで死なれたら、家の面子に関わるのよ。
最低限のルールぐらい、自分で聞いておくわ」
きっぱりと言い切る姿は、いかにも“ちゃんとした貴族”という感じだった。
「で、その隣の子は?」
「あ、えっと……」
セレスの視線が、ハヤトの後ろに立つ少女に向く。
修道服風のローブに身を包んだ、柔らかい雰囲気の少女。
肩のあたりで切り揃えた栗色の髪が、ふわりと揺れた。
「ミナです。木術系の治癒術がちょっとだけ使えます」
「“ちょっとだけ”なんて謙遜やめなよ。
この前だって、私の傷ほとんど一晩で塞いだくせに」
リアナが口を挟む。
「リアナさんの無茶な突っ込みに比べれば、ちょっとだけですよ」
ミナは、くすっと笑った。
その笑顔は、見ているだけで肩の力が抜けるような柔らかさがあった。
「リアナが無茶なのは今に始まったことじゃないわね」
セレスが肩をすくめる。
「……つまりこのメンツ、全員新人ってこと?」
「セレス、私とミナは一応先に登録してるから、一学年上ってとこかな。
ハヤトが一番下の“静電気坊や”」
「だからその呼び方やめてくださいって!」
抗議するハヤトに、リアナとミナがくすくす笑う。
セレスだけはわずかに口元を緩めただけだが、どこか楽しげだ。
『悪くない顔ぶれじゃな』
『剣の娘、火の娘、治癒の娘。
そこに静電気坊主。……面白い“回路”が組めそうじゃ』
『人もまた、流れを生むものじゃよ』
オズがパンパンと手を叩いた。
「そこ、私語はあとにしろ。説明を始めるぞ」
◇
新人説明会は、退屈で、だが重要な話の連続だった。
ギルドへの依頼の流れ。
報酬の分配ルール。
依頼の難易度とランクの関係。
何よりも繰り返し強調されたのは、
「危険と撤退」
についてだ。
「いいか。お前たちが死んでも、ギルドは痛くない。
だが、死に過ぎると“ギルドの評判”が落ちる。だから俺たちは、お前たちに利口な撤退を覚えさせなきゃならん」
オズは嫌味ったらしく笑いながらも、言葉には薄い皮肉と相応の真剣さが混じっていた。
「目の前の依頼に意地になって、全滅して戻ってこないバカもいる。
そういうのは、大抵“自分は特別だ”と思ってる連中だ。忘れるな。
──お前たちは、まだ全員弱い」
その一言に、場の空気が少しだけ引き締まる。
ハヤトはややうつむいた。
基礎体力は平均以下。
剣技なし。
魔力は静電気だけ。
それでも。
『弱いこと自体は、罪ではない』
教授の声がそっと囁く。
『問題は、“弱いままで良いと思うか”じゃ』
ハヤトは、心の中で小さく拳を握った。
「さて、次だ」
説明が一通り終わると、エリナが新人たちを依頼掲示板の前に引っ張っていった。
「実際の依頼を見てみましょうか。
新人が受けられるのは、基本的にF〜Eランクの簡単なものだけですけど」
掲示板には紙がぎっしりと貼られている。
「近郊の森の小型魔物退治」
「家畜の見張り」
「荷物運びの護衛」
「古井戸の調査」
── 内容は様々だが、どれも「冒険者らしい匂い」がした。
「うわ……本当に、なんでもありなんだな」
「なんでもありよ」
ハヤトの隣で、リアナが紙を眺める。
「でも、“なんでも”ってのは、“死ぬ目にも遭う”ってことでもあるけどね」
「さらっと怖いこと言いますね」
「事実だし。ほら、あんたにちょうどいいのありそうだよ」
リアナが指さした紙には、こう書かれていた。
──依頼:近郊の森に出現したスライムの群れの駆除
──対象:F〜Eランクパーティ
──報酬:銅貨××枚
「スライムなら、私たちの相手にもなりませんし」
ミナが控えめに言う。
「セレス様の火術があれば、一網打尽ですよね」
「簡単そうな言い方はやめて。数を侮ると痛い目見るわよ」
セレスは冷静に釘を刺す。
「でも、最初の依頼にはちょうどいいかもしれないわね。
魔物の感触を覚えるのにも、動き回る練習にもなるし」
そう言って、セレスは紙を剥がし取った。
「パーティ申請、まだだったわね。……エリナ」
「はいはい、新人四人パーティね?」
エリナはにっこりと笑う。
「短剣のリアナ、火術士セレス、治癒術士ミナ、特殊静電気ハヤト。
名前どうする? “静電気マッサージ隊”とかにする?」
「絶対嫌です!」
即答だった。
「……何か考えがあるの?」
セレスがハヤトを横目で見る。
「え、いや、俺が決めるんですか?」
「最弱魔力でしょ? 最初の依頼くらい、少しは目立ったほうがいいわ」
さらりと痛いことを言いながら、どこか悪くない笑みを浮かべる。
ハヤトは悩んだ。だが、すぐに答えは出ない。
「パーティ名は、とりあえず後で。今は中身重視で行きましょう」
ミナが柔らかくまとめ、リアナが勢いよく頷く。
「そうそう。まずは働いて稼がないと。名前はそのあと付いてくるって」
「……そういうもんですかね」
『名前は、後から意味を持つものじゃ』
『儂も、後から付けられたからのう。“教授”とな』
ハヤトは、ふと木札を見た。
まだ何の重みもない、自分の冒険者証。
ここからどれだけの“意味”を持たせられるかは、自分次第だ。
◇
依頼を受ける手続きを終えると、四人はギルドを出て森へ向かった。
街の外れに広がる雑木林。
風が梢を揺らし、小さな葉擦れの音が耳に心地良い。
「ここが、依頼に書いてあった“スライム出没エリア”ね」
セレスが地図を確認しながら言う。
「ミナ、魔物の気配は?」
「ええと……あ、います。あっちに」
ミナは目を閉じ、木術系の感覚で周囲を探る。
ハヤトも、そっと指先に意識を集中させた。
静電気を霧のように空気中に散らすイメージ。
葉や枝、湿った土。
そこに混じる、ぬめりのある反応。
「……ぼよんとした感じの、いますね。たくさん」
「ぼよん?」
リアナが首をかしげる。
「スライムの群れ、十以上……ってとこかな」
『ふむ、湿った相手には電気が通りやすい。
良い実験対象じゃ』
「じゃあ」
セレスが一歩前に出る。
「私が先に火であぶるから、リアナはこぼれたのを斬って。
ミナは余裕のあるうちに支援。ハヤトは──」
「俺は……?」
「様子見ながら、“足止め”を試してみなさい」
セレスはきっぱりと言った。
「スライムに足はないけど、“動き”はある。
それを止めたり、流れを変えたりできるなら、あなたの魔術は本物よ」
「……分かりました」
ハヤトは唾を飲み込んだ。
森の奥から、にちゃり、という音が聞こえてくる。
半透明の塊が、地面の上をじわじわと近づいてくるのが見えた。
「ようこそ、初めての“魔物退治”へ」
リアナが短剣を抜く。
ミナは杖を構え、淡い光をまとわせる。
セレスの手のひらには、小さな炎の球が生まれた。
ハヤトは──指先に静電気を集める。
押し引きする力。
見えない糸。
人間ではなく、魔物の動きを止めるために。
最弱魔力と笑われた静電気が、本当に“戦いの場”で通用するのか。
その答えを知るための、一歩目だった。




