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第49話 針電探の初仕事



 ギルド長室の扉は、重かった。

 木の厚みというより、ここで交わされる“決定”の重さで。

 セレスが先に入る。

 背筋は真っすぐ、声は淡々。



「ギルド長。安全手順の追加提案がある」



 ギルド長は机から顔を上げ、セレスの後ろ――ハヤトの手元にある布包みを見た。



「……また妙なもんを持ってきたな、坊主」



 リアナが腕を組んで言う。



「妙なもんほど役に立つんだよ、この人」



「“この人”とか言うな!」



 リアナが自分で赤くなって言い直す。



「……こいつ!」



 ミナが小さく笑って、間に入る。



「ギルド長さん、まず説明を聞いてください。危険を減らす道具です」



 ハヤトは布包みを机の上に置き、そっと開いた。

 木板に固定された二本の針。

 樹脂板と布で挟んだ小さな“溜め板”。

 細い針金の巻き。

 見た目は玩具に近い。

 でも、仕組みは“確か”だ。



「名前は《針電探》です」



 ギルド長が眉を上げる。



「……針が電気を探す? お前、また変な……」



 セレスが一瞬だけ視線で黙らせる。



「笑うのは後。使えるなら、記録に残す価値がある」



 ギルド長が咳払いして頷いた。



「よし。説明しろ」



 ハヤトは机の上の紙――手順書を差し出した。



「目的は、罠の事前検知の補助です。

 壁面ワイヤー、金属罠、導電ライン――“電気が引かれる場所”を、針の向きで見ます」



「見えるのか?」



「完全には見えません。ですが、“方向”と“危険の濃さ”が分かります」



 ギルド長が腕を組む。



「……口だけなら何とでも言える。実演できるか」



 ハヤトは頷いた。



「はい。ギルドの訓練場で。針が反応する距離は短いので、安全です」



 セレスが続けて言う。



「重要なのは“報告書”にできること。

 救助班と新人向けに、手順として残せる」



 ギルド長はしばらく考え、机を指で叩いた。



「……いい。訓練場へ行く。

 ただし、派手な噂になるようなことはするな」



「しません」



 ハヤトは即答した。











ギルド裏の訓練場は、砂地で、木柵があり、簡単な模擬罠が置かれていた。

 新人の訓練に使う、踏み板、吊り紐、木矢の射出装置――そんなもの。


 ギルド長が腕を振る。



「よし。適当に“金属”を隠す。見つけてみろ」



 護衛役の職員が、木柵の影に細い金属線を張り、別の場所には小さな刃を埋めた。

 最後に、水を少し撒いて導電ラインを作る。

 準備が終わると、ギルド長が顎をしゃくる。



「やれ」



 ハヤトは《針電探》を両手で持ち、溜め板に指輪の尖端を軽く当てた。

 火花は出ない。

 “溜める”だけ。

 針先が、ほんの僅かに生き物みたいな張りを持つ。

 ハヤトはゆっくり歩き、針先の“引かれ方”を感じ取った。

 針が右へ吸われる。

 わずかな差が、方向として分かる。



「……右奥。木柵の影」



 職員が目を丸くした。



「え、当たりです。金属線そこに……」



 リアナが口笛を吹く。



「うわ、地味にすご」



 針先が急に“下”へ引かれる。



「……ここ。踏むと危ない」



 ハヤトが足先で砂を払うと、薄い金属片が埋まっていた。



「……当たり」



 職員が呟く。

 ギルド長が腕を組んだまま、低く言う。



「導電ラインはどうだ」



 ハヤトは少し離れて《針電探》をかざした。

 針先が、広く、曖昧に引かれる。



「……水は“道”になりやすいです。

 罠というより、危険な場所の“境目”として分かる」



 ミナが頷く。



「水場は滑りやすいし、魔物も寄ります。手順に入れる意味がありますね」



 セレスはすぐに言った。



「“検知結果に応じたルール”を作れる。

 危険が濃い場所は停止、印追加、照明確認、隊列変更」



 ギルド長がしばらく黙り、そして短く笑った。



「……坊主。お前、嫌いじゃない」



「ありがとうございます」



「ただし、これは“道具”だ。万能じゃない」



 ハヤトは頷く。



「はい。万能にしません。

 手順とセットで運用します」



 ギルド長は職員に向かって言った。



「救助班の隊長を呼べ。新人講習にも組み込む。

 ……報告書の様式も作れ。セレス、お前が監修しろ」



 セレスが即答する。



「了解」



 ギルド長の視線が、ハヤトへ戻る。



「これで一つ、“記録に残る仕事”になった。

 ルーベンだか何だか知らんが……坊主の名は、ギルドの紙に残る」



 胸の奥が、少しだけ軽くなる。

 剣で勝ったんじゃない。

 紙と手順で、居場所を作った。










訓練場を出たところで、セレスが足を止めた。

 周囲に人がいないのを確かめてから、声を落とす。



「……ありがとう」



 またその言い方。

 短くて、不器用で、でも本物の言葉。

 ハヤトは答える前に、少しだけ迷った。

 礼を言われると、前に出たくなる自分がいる。

 でも、今日は違う。



「これなら、邪魔にならないと思います」



 セレスの目が細くなる。



「邪魔にならないだけじゃない。助けになる。

 “危険を減らした”って形にできる」



 リアナが後ろから割り込む。



「形にできるの、強いよ。

 剣で勝つよりムカつくくらい強い」



「褒めてるの? けなしてるの?」



「褒めてる! たぶん!」



 ミナがくすっと笑い、空気が少し柔らかくなる。

 その瞬間、通りの向こうに、見覚えのある男がいた。

 ルーベンの伝言役――あの冷たい目。

 男は何も言わず、ただこちらを見て、静かに去った。

 セレスが、すぐに気づく。



「……見られてるわね」



 リアナが舌打ちする。



「気持ち悪」



 ハヤトは、あえて表情を変えなかった。

 今日の成果は、派手な噂じゃない。

 ギルドの記録に残る“安全の改善”だ。

 消そうとすれば、消そうとした側が不自然になる。



『上手い』



 教授の声が、短く褒める。



『これが“攻め”じゃ。燃やすのは後でよい。

 まずは、消えない道を作れ』



 ハヤトは指輪の尖端をそっと握り、前を見た。

 セレスの戦場は言葉と契約。

 自分の戦場は手順と記録。

 同じ場所に立てる。

 邪魔をせずに、支えられる。

 その確信だけが、静かに胸に残っていた。



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